全 情 報

ID番号 : 08787
事件名 : 地位確認及び退職金・賃金支払請求事件
いわゆる事件名 : 岩国市農業協同組合事件
争点 : 農業協同組合に懲戒解雇された元職員が、地位確認、賃金等の支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 農協から懲戒解雇された元職員が、就業規則上の根拠はなく無効だとして、職員たる地位確認、定年までの賃金、退職金及び定年退職後の嘱託職員として再雇用されることを前提とした賃金等の支払を求めた事案である。 山口地裁岩国支部は、まず懲戒解雇事由とする就業規則上の「『組合外』への個人情報漏えい」に該当するかについて、個人名が記載された契約書等の文書を理事・監事候補者に配布した行為を「漏洩」とまで評価することはできないとした。また、裁判の過程で「再三にわたる処分を受けても改善の見込みがない」との農協の追加主張も、元職員には本件懲戒解雇前に何度も懲戒処分に付されたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、結局のところ、同懲戒解雇前に就業規則所定の処分を受けた事実は認められず、したがって同規則改善の見込みがないとする条項を直接適用する余地はなく、また元職員からのそれ以外の立証もないことから、本件懲戒解雇は要件を具備せず無効であるとした。
参照法条 : 個人情報の保護に関する法律23条
労働基準法2章
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/職務能力
裁判年月日 : 2009年6月8日
裁判所名 : 山口地岩国支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)193
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例991号85頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務能力〕
1 本件規則63条1項7号(「組合外」への個人情報漏えい)該当事由の有無について〔中略〕
 したがって、問題は、上記のとおり、来るべき総代会で理事・監事に選任されることにより、経営・監査という、組織の基幹的作用に参画することが事実上決定済みで、組織体としての被告と既に密接な接触を有するに至っている(しかも組合員資格を有する)理事・監事候補者に対し、当該選任手続がされる総代会直前に個人情報を提供する行為をもって、被告内部の出来事ではなく、「部外者」、「外部の者」への情報提供とみることができるか否か、さらに、行為規範としての本件規則63条1項7号の名宛人たる平均的な被告職員がそのように理解する(そのうえで、そのような情報提供行為に出ないように反対動機を形成する)ことができるか否か、という点にあるというべきである。そして、当裁判所は、上記のような行為は、これを「部外者」への情報提供と評価することは困難であり、被告内部の出来事に過ぎないものと受け止めることが自然であって(実際、本件報告文書には、同文書が、Bの振舞いを黙過できないという心情に基づく「内部通報」である旨記載されている。)、本件規則63条1項7号の規定に接した平均的な被告職員は、本件で問題となっているような理事・監事候補者への情報提供行為が同号によって禁じられているとは容易に理解し得ないであろうと考えるのである〔中略〕
(6)ア 以上の検討によれば、少なくとも、本件の理事・監事候補者の程度にまで組織体としての被告と密接な接触を持つに至った者に対し、本件各文書を配布した行為について、これを「組合外」に情報を漏らしたものと評価することは相当でないと考える。したがって、これらの者に対して本件各文書を配布した行為は、本件規則63条1項7号に該当するものということはできない。〔中略〕
本件規則63条1項7号は、被告職員を懲戒解雇という最も峻厳な処分に処するための要件を規定するものであることに鑑みれば、そこにいう個人情報を「漏らそうとした」の意義は厳格に理解すべきであり、被告の外部への個人情報漏えいの危険が現実化した段階、換言すれば漏えい行為の実行に着手した段階に至ることが必要と解すべきであって、単なる漏えい行為の予備的な段階にあるだけでは足りないし、まして、将来において漏えい行為を行う可能性があることを表明しただけでは到底足りないと判断される。したがって、上記原告の言動はAらの個人情報を組合外に「漏らそうとした」ものには当たらないというべきである。〔中略〕
2 本件規則63条1項18号、16号(本件規則62条所定の処分を再三にわたり受けても改善の見込みがない場合に準ずる程度の不都合な行為)該当事由の有無及び本件懲戒解雇の社会的相当性の有無について〔中略〕
 イ しかるところ、被告は、さらに、本件懲戒解雇の社会的相当性を基礎づける事実として、上記始末書提出の原因となった事実をも含み、原告がこれまで種々の不祥事を繰り返していたことを具体的に主張している。
 被告の上記主張の趣旨は必ずしも明らかでなく、本件懲戒解雇の時点で被告が解雇の根拠(懲戒解雇事由)として示していた事実以外の事実も、それが「懲戒解雇の社会的相当性」を基礎づけるに足るものであれば、別途懲戒解雇を根拠づける事由となり得る、とする立場に立っているようにも解する余地がある。
 しかしながら、使用者が労働者に対して行う懲戒処分は、当該労働者の具体的な企業秩序違反行為を理由として、これに対する一種の秩序罰を課するものであり、ある懲戒処分の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒解雇の意思表示がされた後に、裁判の過程で新たに懲戒解雇事由として主張された事実は、解雇時に解雇事由として摘示された事実と密接に関連し、実質的には摘示事実に包摂されていると認められる場合でない限り、懲戒解雇事由としてこれを考慮することは許されないものというべきである。以上の意味において当該懲戒解雇の解雇事由として扱うことのできない周辺事実が裁判上考慮される余地があるとすれば、それは、解雇事由が存在することを前提に、当該懲戒解雇がなお社会通念上相当として是認しえない場合であるかどうか(解雇権の濫用となるか否か)を検討すべき局面か、あるいは一種の情状として考慮すべき局面においてであるに過ぎないと考えられる。
 ウ 以上を前提とすると、被告が本件懲戒解雇の社会的相当性を基礎づける事実として一連の事実を主張している趣旨は、(本件懲戒解雇を解雇権の濫用であるとする再抗弁に対する再々抗弁を先行的に主張するとともに)本件懲戒解雇時に被告が原告に対して摘示した事実と密接な関連性があり、実質的にはこれらの事実に包摂されるべきものとして、本件規則63条1項18号、16号に該当する懲戒事由を提示することにあるものと解される。〔中略〕
 エ 以上によれば、原告は、被告が本件懲戒解雇に当たって通知した書面に記載されているとおり、同解雇以前に、3度の始末書を提出し、うち1回は昇給制限処分を受けたものであると認められる。そして、他の2回の始末書提出の際に行われた処分の内容を示す書面や記録は見当たらないが、そのことは、後に具体的な処分の痕跡を残さない程度の軽い処分がされたことを推認させるから、この2回の始末書提出の際にされた処分は、譴責にとどまるものであったと認められる。
 オ ほかに、本件懲戒解雇前に、原告が懲戒処分に付されたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、結局、原告において、同懲戒解雇前に本件規則62条所定の処分(減給、昇給制限、降職、降格、出勤停止)を再三にわたって受けた事実は認められず、原告の行為に同規則63条1項16号を直接適用する余地はなく、問題は、原告のした行為が同項16号の場合と等価値と評価できるほどに不都合なもの(同項18号)であったといえるかにあることになる。〔中略〕
  (イ) しかしながら、本件規則63条1項16号の趣旨は、職員が同規則62条所定の重大な処分を複数回にわたって受け、したがって被用者としての問題点の改善を複数回にわたって強く求められていながら、なお非違行為を繰り返すことをもって、当該職員が企業秩序維持の重大な障害となっており、改善が期待できない事態に至っていることの徴表と位置づける点にあると解される。したがって、同号の適用に当たっては、それまでに一定の重い処分を繰り返し受けたという事実が本質的に重要であるというべきである。しかるところ、上記(ア)記載の一連の事実が存在することによっては、そのような重い処分を繰り返し受けながら新たな非違行為に出たことにはならないから、同号の場合と等価値と評価するための基礎を欠いているといわざるを得ないし、上記(ア)の事実全部を考慮しても、なお、同号の場合と同程度に原告が被告の企業秩序維持における障害となっていることが徴表されているとまではいいがたいものと判断される。
 そうすると、原告において、本件規則63条1項16号の場合に準ずる程度の不都合な行為を行ったものということはできないから、同項18号該当の事由があるとする被告の主張も採用することはできない。〔中略〕
(4) 以上によれば、原告の行為が本件規則63条1項18号、16号に該当するということもできないというべきである。
3 本件懲戒解雇の有効性(小括)
 以上のほか、原告の行為が本件規則63条1項各号に該当する旨の的確な主張立証はない。そうすると、本件懲戒解雇は、その要件を具備しないものというべきであるから、無効である。そして、ほかに、原告の定年予定時期(平成20年3月末)に至るまでに原被告間の雇用関係が終了したことを基礎づける主張立証はないから、原告は同時期まで被告との雇用関係にあったというべきである。〔中略〕
6 結論
 以上のとおりであり、〈1〉原告の雇用関係上の地位確認請求は、既に定年退職し、その後再雇用された事実が存しない以上、理由がなく、〈2〉金銭請求は、原告の定年退職時までに支払われるべきであった賃金、年末手当、賞与等合計3350万3793円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年9月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分の限度で理由があり、その余の部分については理由がない。