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ID番号 : 08794
事件名 : 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 : フィリップ・モリス・ジャパン事件
争点 : たばこ販売促進会社労働者が、諭旨退職を無効として仮の地位確認と賃金仮払を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 :  たばこの販売促進業務等を目的とするY社との雇用契約に基づき、たばこのルート営業(コンビニエンスストア等に対してたばこの陳列等の営業をすること)等に従事していた労働者Xが、就業規則違反があったとして諭旨退職の通告を受け、Yに対し退職願を提出して退職の意思表示をした後に、退職の意思表示は人事部長の強迫により強制されたものであるとして取り消し又は錯誤により無効であるとして、仮の地位確認と賃金仮払を求めた事案である。  東京地裁は、Xは営業成績を上げるために部下に禁止行為を指示したこと、また指示しておきながら自身の関与を認めなかったこと、社内調査の際には部下に虚偽の報告を求めたこと、自宅待機中禁止されていた他の社員との連絡を行ったことなど、Xの行為には「業務上の命令に従わ(ない)」(就業規則第9章第4条(o))と「会社諸規程・方針に対し重大な違反を行った」(同条(r))などの諭旨退職事由が認められるとした。さらに、退職の際の意思表示は、諭旨退職事由の存在をふまえその自由意思に基づき有効にされたものと認められ、錯誤無効は成立せず、被保全権利の存在を認めることはできないとして申立を却下した。
参照法条 : 民法95条
民法96条
労働契約法16条
体系項目 : 解雇(民事) /解雇事由 /業務命令違反
解雇(民事) /解雇手続 /解雇理由の明示
裁判年月日 : 2010年2月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成21(ヨ)21167
裁判結果 : 申立却下
出典 : 労働経済判例速報2068号34頁/判例時報2077号158頁/判例タイムズ1336号156頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇事由‐業務命令違反〕
 〔解雇(民事)‐解雇手続‐解雇理由の明示〕
 2 上記事実に基づく判断
 (1) 争点(1)ア(諭旨退職事由の有無)について
 ア 上記事実のとおり、債権者は、営業成績を上げるために、部下に対し、禁じられているにもかかわらずパックレールの使用を指示したが、それだけでなく、債務者の調査において自身の関与を認めず、その責任を部下に負わせようとした。また、債権者は、この件に関してコンプライアンス調査を受けた際、その内容を部下に漏らしたあげくに、部下に対し、上司について、上司が暴力をふるった等の虚偽の報告をするよう求めた。さらに、債権者は、自宅待機中、他の社員との連絡を禁じる旨の命令に違反して、部下に何度も電話をかけた。
 このような事実によれば、債権者は、自己保身のために、部下に対し上司について虚偽の報告をするよう求め、さらにみずからも虚偽の報告をして、会社諸規程・方針(前記第2の2(3)イ〔書証略〕等)に違反したものということができる。特に、債権者は、債務者の奨励する「スピークアップ」を悪用して、債務者のコンプライアンス調査を誤らせようとしたものと考えられるのであり、その違反の程度は重大というべきである。
 また、債権者は、債務者の命令に違反して部下に電話をかけており、これによって業務命令に従わなかったことが明らかである。
 イ したがって、債権者には、「業務上の命令に従わ(ない)」(就業規則第9章第4条(o))と「会社諸規程・方針に対し重大な違反を行った」(同条(r))の諭旨退職事由が認められる。
 債権者は、パックレールの使用は他の社員間にも横行しており、交通事故のようなものであるとか、Dの行状には問題があり、その報告等をそのまま信用した債務者の判断は根拠薄弱であるなどという主張等をしている。
 しかし、コンプライアンスやインテグリティ(高潔さ、廉直さ)を重視する債務者において、ユニットマネージャーである債権者が、部下に対しパックレールの使用を指示しておきながら関与を認めず、さらにこれを交通事故のようなものというのは、債務者の方針等に合わない無責任な態度といわざるを得ない。また、債務者は、Dの報告を受けて、同人だけでなく、CやEからも事情聴取を行っているのであり(書証略)、Dの報告等だけによって債権者を諭旨退職にするという判断をしたわけでもない。債権者の上記主張等は失当というべきである。
 (2) 争点(1)イ(J部長の強迫、または、債権者の錯誤の有無)について
 前記1(5)(債権者の退職願の提出等)のとおり、債権者は、J部長の退職願の速やかな提出の説得に対して、その場で妻に電話をかけて退職の連絡をしたうえ、J部長から受け取った用紙に、一身上の都合により退職するという退職願を作成して提出したこと、債権者は、これに引き続き、健康保険の継続等、退職に伴う諸手続をしたことなどに照らして、本件退職の意思表示が、J部長の強迫により強制されたものであるとか、債権者の錯誤により誤って表示されたものとは認められない。
 (3) そうだとすると、債権者の退職の意思表示は、諭旨退職事由の存在をふまえて、その自由意思に基づき有効にされたものと認められる。したがって、本件において被保全権利の存在を認めることはできない。
 第4 本件の結論
 以上のとおりであるから、そのほかの争点(保全の必要性の存否)について判断するまでもなく、債権者の申立ては、いずれも理由がない。