ID番号 | : | 08797 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | J学園(うつ病・解雇)事件 |
争点 | : | うつ病を発症し解雇された教員が、安全配慮義務違反による損害賠償と地位確認等を求めた事案(労働者一部勝訴) |
事案概要 | : | 在職中にうつ病を発症し、その後心身の故障のため職務の遂行に支障があるとの理由で解雇された中高一貫校の国語科元教員Xが、学校法人Yの解雇に至る一連の行為が雇用契約上の安全配慮義務違反又は不法行為に当たるとして、慰謝料等の損害賠償と雇用契約上の地位確認等を求めた事案である。 東京地裁は、うつ病の原因となる安全配慮義務違反について、Yの硬直的な教育方針や人権侵害的な生徒指導によってXがうつ病を発症したとは認められないし、Yの業務がうつ病の原因になるほど過酷(過重)であったとも認められず、結局Yでの業務による心理的負荷が非常に強度であったとは認められないから、業務とうつ病との条件関係は認められるが、業務起因性まで認めることはできないとして斥けた。また、うつ病の悪化及び休職について、YはXのうつ病発症を知らず、Xが休職に至るまでの間、A教頭らが理不尽な叱責等をしたこともないことから、うつ病の悪化及び休職に関する安全配慮義務違反もないとした。一方、Yは、本件解雇に当たって、Xの回復可能性について相当の熟慮のうえで行うべきであったにもかかわらず、やや性急に解雇したといわざるを得ず、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当でなく無効であるとして、Xの地位確認と賃金支払請求を認容した。 |
参照法条 | : | 労働契約法16条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)
/労働契約上の権利義務
/安全配慮(保護)義務・使用者の責任 解雇(民事) /解雇事由 /病気 |
裁判年月日 | : | 2010年3月24日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成20(ワ)36449 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却 |
出典 | : | 労働判例1008号35頁/判例タイムズ1333号153頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 〔解雇(民事)‐解雇事由‐病気〕 第3 争点についての判断〔中略〕 2 安全配慮義務違反等の有無(争点(1))についての判断 (1) うつ病の原因について〔中略〕 エ 原告のうつ病の業務起因性 上記ア~ウのとおりであるから、被告の業務による原告の心理的負荷が非常に強度であったとは認められない。 そうだとすると、本件において、ストレス脆弱性の程度を、原告を基準として判断するとしても、原告のうつ病が、業務に起因して発症したもの(業務上の傷病)と認めるのは相当でない。これを認める趣旨のA医師の意見書は、全体的に原告の主張に依拠したものであって、裁判所の事実認定と異なる点が多いことから、業務起因性の有無の判断に関する限り、そのまま採用することができない。また、原告について、仕事以外に心理的負荷を与える出来事がなかったことは、上記判断を覆さない(業務とうつ病との条件関係は認められるが、業務起因性まで認めることはできない)。 オ 安全配慮義務違反等 したがって、そのほかの業務起因性否定要素の有無ないし当否(前記4【被告の主張】(1)オ)について判断するまでもなく、原告がうつ病を発症したことについて、被告の安全配慮義務違反等は認められない。 (2) うつ病の悪化及び休職について〔中略〕 エ 安全配慮義務違反等 上記ア~ウによれば、被告は、平成15年11月、原告がうつ病を発症したと知ったとはいえないし、原告の休職に至るまでの間、M教頭らが理不尽な叱責等をしたこともないのであるから、原告のうつ病の悪化及び休職について、被告の安全配慮義務違反等は認められない。 (3) 休職以降の問題について 後記3「本件解雇の相当性についての判断(1)原告の回復可能性の有無について」において、合わせて判断する。 3 本件解雇の相当性(争点(2))についての判断 (1) 原告の回復可能性の有無について ア 休職中の事実経過 前記のとおり、原告のうつ病は業務上の傷病とは認められないから、就業規則35条(2)によって、原告は1年しか休職できない立場であった。しかし、その休職は、同34条(2)によって、引続き90日間の欠勤を前提にするものであるから、被告が平成18年12月に原告に対してした休職期間が1年である(平成19年9月までに復職しなければ退職させるとの趣旨)という通知は、原告のうつ病が業務外の傷病であるとしても、就業規則の解釈を誤ったものといわざるを得ない。〔中略〕 被告は、引続き90日の欠勤を置かずに原告を休職したものと取り扱っているが、これは、就業規則の解釈を誤ったものであり、この誤りがなければ、原告は、復職の時期を、平成19年12月ころまで延ばすことができたはずである。原告は、本件解雇後、かなり回復したことが認められ、平成21年3月17日を最後に、うつ病治療のために通院をした形跡がない。本件の証拠調べ期日における供述態度等によれば、原告の社会への適応に大きな問題があるとは見受けられない(弁論の全趣旨)。A医師は、証人尋問において、かなり慎重な表現ではあるが、復職の可能性を肯定する趣旨の証言をしている。 以上の事実を総合すれば、原告の回復可能性は認められるということができる。 エ 三者面談の必要性 鈴木安名医師(甲13の1・添付資料「職場復帰の手順と方法-メンタルヘルス不全による休業者を復帰させるには」)は、職場復帰の可否の判断において、主治医との連携を必要なものとしており、そのポイントとして、職場の安全衛生担当者が本人とともに主治医と三者面談を実施して、信頼関係を形成したうえで、復職可能性、復職後の職務の内容・程度等を慎重に判断していくことを推奨している。また、原告は、「精神疾患に偏見を持たず、主治医の意見を一度でも聴いてもらいたかった。信頼して待つという姿勢が見られなかったことが残念でならない」(〈証拠略〉)と記述している。ところが、被告は、原告の退職の当否等を検討するに当たり、主治医であるA医師から、治療経過や回復可能性等について意見を聴取していない。これには、F校医が連絡しても回答を得られなかったという事情が認められるが、そうだとしても(三者面談までは行わないとしても)、被告の人事担当者であるM教頭らが、A医師に対し、一度も問い合わせ等をしなかったというのは、現代のメンタルヘルス対策の在り方として、不備なものといわざるを得ない。 オ 本件解雇の相当性 上記ウのとおり、原告は、教員としての資質、能力、実績等に問題がなかったのであるから、うつ病を発症しなければ、この時期に解雇されることはなかったということができる。そうだとすると、被告は、本件解雇に当たって、原告の回復可能性について相当の熟慮のうえで、これを行うべきであったと考えられる。しかし、上記ウ、エのとおり、被告は、原告に対し、休職期間について誤った通知をしたうえ、原告の回復可能性が認められるにもかかわらず、メンタルヘルス対策の不備もあってこれをないものと断定して、再検討の交渉にも応じることなく、本件解雇に踏み切った。被告が平成20年度末に本件解雇をしたのは、年度の変わり目において人員配置や予算執行計画を確定するためであったとも考えられるところであるが、このような事情は、原告の回復可能性等に優先するものとはいいがたい。 以上によれば、原告を退職させるとの意思決定(平成20年1月26日)に基づく本件解雇は、やや性急なものであったといわざるを得ず、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものというべきである。 カ 安全配慮義務違反等 上記アのとおり、原告は、休職期間満了により退職させられることを避けるために、かなり無理な復職をしているが、被告は、その当時、その経緯の詳細を知らなかったものと推測される。上記ウのとおり、被告は、原告が無理なく復職できるように、かなり慎重な配慮をしている。それにもかかわらず、原告は、平成20年1月になっても、円滑に復職することができず、欠勤して生徒に迷惑をかけることもあったのであるから、被告が、そのころ、これ以上業務を続けさせることは無理と結論付けて、退職させるとの意思決定をしたことは、やむを得ない面もあると考えられる。 そうだとすると、被告は、原告に対し、無理な復職を余儀なくさせたとか、解雇無効の判断に加えて損害賠償を要するほどの違法な解雇をしたとまでいうことはできない。したがって、原告の休職以降の問題について、被告の安全配慮義務違反等は認められない。 4 争点についての判断のまとめ 以上のとおりであるから、そのほかの争点について判断するまでもなく、本件解雇は無効であり、被告の安全配慮義務違反等は認められない。 ところで、原告の賃金請求は、「原告が、被告に対し、解雇の翌月である平成20年4月から本判決確定まで、毎月23日限り賃金月額55万9160円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める」というものである。 まず、その賃金月額について、原告は、本件解雇後の昇給可能性等を考慮して55万9160円と主張するが、本件においては、本件解雇の月に支給されていた月額53万8490円(弁論の全趣旨)を認めるのが相当である。 次に、証拠(〈証拠略〉)によれば、被告は、平成20年4月30日、原告に対し、退職金979万2600円を支払ったことが認められる。本件解雇後の賃金等債務が発生する以上、この支払金は、その債務の支払いに充当されると理解するのが、当事者の合理的意思に合致すると考えられる。そうだとすると、この支払金は、まず、平成20年4月23日支払分の53万8490円及びこれに対する同月24日から同月30日まで7日分の遅延損害金516円に充当され、この充当後の925万3594円が、順次、平成20年5月分から平成21年9月分までの17か月分(915万4330円)と、平成21年10月分のうち9万9264円に充当される。したがって、原告が被告に対し請求できるのは、平成21年10月分の未充当額43万9226円と、平成21年11月分以降の賃金月額53万8490円(及びこれらに対する遅延損害金)の支払いということになる。 |