全 情 報

ID番号 : 08800
事件名 : 遺族補償年金等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 豊橋労働基準監督署長事件
争点 : 家電量販店販売員(雇用障害者)の不整脈発症・死亡につき妻が遺族補償年金等の支給を求めた事案(妻勝訴)
事案概要 :  家電量販店の販売員A(雇用障害者)が、慢性心不全を基礎疾患とする致死性不整脈発症により死亡したのは業務に起因するものであるとして、妻が、労基署長の決定した遺族補償年金及び葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案の控訴審である。  第一審名古屋地裁は、業務起因性について、労働時間の実態、店の繁忙さ、立ち仕事の過重性の実態から業務の量的過重性・質的過重性について検討し、本件災害は、Aの慢性心不全が有する致死的不整脈の発症の危険がその自然の経過において現実化したものとして、業務と本件災害との相当因果関係を否定し訴えを棄却した。これに対し妻が控訴。  第二審名古屋高裁は、業務起因性の判断基準を第一審と同じく「当該労働者」としながらも、慢性心不全の疾病に罹患している場合は、心室細動等の致死性の不整脈が発症しやすくなり、ストレスによる心筋の電気的不安定状態は致死的不整脈の出現を招来するという関係にあり、その精神的負荷やストレスは過重なる業務及びそれによる疲労が原因となっても発生するものであるとした。その上で、Aの致死的不整脈による死は業務に起因したものと認定して、原判決を取り消し妻の請求を認めた。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
裁判年月日 : 2010年4月16日
裁判所名 : 名古屋高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(行コ)22
裁判結果 : 取消
出典 : 労働判例1006号5頁/労働経済判例速報2074号3頁/判例タイムズ1329号121頁/裁判所ウェブ掲載判例
審級関係 : 一審/名古屋地平成20.3.26/平成17年(行ウ)第58号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
 「1 業務起因性の判断基準
 労働基準法は、労働者が「業務上死亡した場合」には、使用者は遺族補償を行い(同法79条)、葬祭料を支払わなければならない(同法80条)とし、労災保険法も労務災害に関する保険給付である遺族補償給付及び葬祭料は、「労働者の業務上の死亡」に対して給付される(労災保険法7条1項1号、12条1項4、5号)ものであるとしている。そして、「業務上の死亡」とは当該被災者の死亡が業務による(業務起因性)ものであることを意味し、業務によるといえるためには業務と死亡との間に相当因果関係があることを要すると解すべきである。
 その相当因果関係の有無を判断する基準として、控訴人は、労災保険法の趣旨が被災労働者や遺族の生活を補償することにあり、労働者は個人ごとにそれぞれ異なるとして、当該被災労働者を基準に判断すべきである旨主張し、これに対し、被控訴人は、労働基準法や労災保険法の趣旨が危険責任の考え方に立っていることを前提として、因果関係が認められるためには、災害が当該業務に内在する危険の現実化したものであることを要するとし、平均的労働者を基準に判断すべきであるとする。
 そして、災害が脳・心疾患によるものである場合には、控訴人は、当該労働者を基準として、他に確たる発症因子が無く、当該労働者が従事していた業務が、同人の有していた基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させる要因となりうる負荷(過重負荷)のある業務であったと認められるときは、その基礎疾患が自然的経過により疾患を発症させる寸前まで進行していたと認められない限り、業務と死亡との間に相当因果関係があると認めるべきである旨主張する。これに対し、被控訴人は、当該業務に内在する危険が現実化したといえるためには、第1に、当該業務に危険が内在していること(危険性の要件)、すなわち、当該業務による負荷が、当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し、通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者又は基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる労働者(平均的労働者)にとって、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷であると認められること(平均的労働者基準説)、第2に、同発症が当該業務に内在する危険の現実化によるものと認められること(現実化の要件)、すなわち、当該労働者の喫煙・高血圧などの私的なリスクファクターや先天的な素因等の業務外の要因の寄与が考えられる場合は、業務の危険性が、これらの要因に比して、当該発症にとって相対的に有力な原因となったことが認められること(相対的有力原因説)を要すると解すべきである旨主張する。
 そこで、相当因果関係の判断の基準について判断するに、確かに、労働基準法及び労災保険法が、業務上災害が発生した場合に、使用者に保険費用を負担させた上、無過失の補償責任を認めていることからすると、基本的には、業務上の災害といえるためには、災害が業務に内在または随伴する危険が現実化したものであることを要すると解すべきであり、その判断の基準としては平均的な労働者を基準とするのが自然であると解される。しかしながら、労働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく、身体に障害を抱えている労働者もいるわけであるから、仮に、被控訴人の主張が、身体障害者である労働者が遭遇する災害についての業務起因性の判断の基準においても、常に平均的労働者が基準となるというものであれば、その主張は相当とはいえない。このことは、憲法27条1項が「すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負ふ。」と定め、国が身体障害者雇用促進法等により身体障害者の就労を積極的に援助し、企業もその協力を求められている時代にあっては一層明らかというべきである。したがって、少なくとも、身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合に、その障害とされている基礎疾患が悪化して災害が発生した場合には、その業務起因性の判断基準は、当該労働者が基準となるというべきである。何故なら、もしそうでないとすれば、そのような障害者は最初から労災保険の適用から除外されたと同じことになるからである。
 そして、本件においては、Dは、障害者の就職のための集団面接会を経て本件事業者に身体障害者枠で採用された者であるから、当該業務による負荷が過重なものであるかどうかを判断するについても、Dを基準とすべきであり、本件Dの死亡が、その過重な負荷によって自然的経過を超えて災害が発生したものであるか否かを判断すべきである。
 2 本件災害の業務起因性について〔中略〕
 (9) Dの業務の過重性についての判断〔中略〕
 イ Dの本件災害前11日間の労働と過重労働
 前記のとおり、NYHAⅡ基準に基づく運動の規制は少なくとも継続8時間を限度と考えるべきであるところ、Dは、前記(付加訂正後の原判決)認定のとおり、本件事業主に就職後、本件災害前1か月間に1日30分から2時間半の間で、合計33時間の時間外労働をしているものであり、これが心不全の患者であり心臓機能に障害のあるDにとって過重な労働であることは前記のとおりであるが、特に、平成12年12月14日から本件災害までの11日間(内2日間が休日)を見ると、それまでが30分から1時間(1日だけ2時間半の日がある)の時間外労働であったのに対し、2日間(1時間づつ)を除き、毎日1時間半から2時間半の時間外労働をしていることが認められ、これは、慢性心不全の患者であるDにとってはかなりの過重労働であったものと推認できる。
 ウ 本件災害と前記業務の過重との関係
 以上のとおり、Dは本件災害に遭遇する以前に過重な業務を遂行していたものであるが、業務上の災害といえるためには、過重な業務によってそれまでの疾病を自然的経過を超えて増悪させたといえることが必要である。
 そこで、その点について検討するに、Dは、致死性の不整脈を発症させて死亡したものと認められるが、前記認定のとおり、慢性心不全の疾病に罹患している場合は、心室細動等の致死性の不整脈が発症しやすいことが認められ、また、ストレスによる交感神経緊張並びに自律神経の調節異常は心筋の電気的不安定状態を惹起し、それが致死的不整脈の出現を招来するという関係にある。そして、その精神的負荷やストレスは過重なる業務及びそれによる疲労が原因となっても発生するものであることも前記認定のとおりである。
 そして、前記のとおり、Dの心機能は、長年にわたる甲状腺機能亢進症による心筋酸素消費量の過剰から疲弊し、弁膜症も合併し、心機能が低下していたものではあるが、B病院を退院した後、X社での勤務を経て、本件事業主に就職した後も、平成12年12月13日ころまでは特に慢性心不全も悪化することなく経過してきていることからすると、Dの前記致死的不整脈による死という結果は、前記過重業務による疲労ないしストレスの蓄積からその自然的悪化を超えて発生したものと認めるのが相当である。
 以上によれば、Dの本件災害は、業務に起因したものと認められる。
 確かに、Dが被控訴人主張の日に引越をしたことは争いがないが、証拠(〈証拠略〉、原審における控訴人本人尋問)によれば、荷物といっても大きなものはタンスと布団くらいで、タンスは引き出しを抜いてDと控訴人の父とが運んだこと、また、本件災害日の忘年会や実家によったのは、車で行ったものであり、飲酒もしていないものであることが認められ、プライベートな作業の場合には、自分のペースでいろいろなことができるので、一見同じようなことをやっていても、負荷に関しては割合軽く済む場合が多い(〈証拠略〉)ことなどからすると、それが負荷になっていないとはいえないものの、それほど大きな負荷になっているものとも認め難い。そして、Dの前記行動、特に買い物等は、通常の日常生活をしていく上で当然に必要となるものであるから、それらによる負荷を業務外の負荷として業務の過重性判断の上で重視することは相当とは思われない。
 以上によれば、Dの本件災害は、業務上の災害と認めるのが相当である。〈以上引用〉
 第4 よって、以上と結論を異にする原判決は相当でなく、控訴人の本件控訴は理由があるから原判決を取消すこととし、主文のとおり判決する。