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ID番号 : 08801
事件名 : 損害賠償等、資格取得費返還請求控訴事件
いわゆる事件名 : 東亜交通事件
争点 : タクシー会社の元乗務員らが虚偽の募集広告等を理由に不法行為と不当利得を訴えた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  タクシー会社を退職した元乗務員(X1・X2)が、会社に対して2種免許取得のための教習費等の消費貸借契約に基づく貸金の返還を会社が求めたのは不当利得だとした再返還と、虚偽の募集広告に係る不法行為に基づく慰謝料の支払を求めた事案の控訴審である。  第一審大阪地裁は、会社が支出し貸し付けたとされる教習費等について、金銭消費貸借契約書が交わされている以上返還義務はあるとし、また不法行為についても、募集広告の虚偽性及び教習費等返還合意による不法行為を否認して、元乗務員らの訴えを斥けた。これに対し元乗務員らが控訴。  第二審大阪高裁は、まず、金銭消費貸借契約書には内訳の記載がなく、その後支給された「就職支度金」についてもその領収証には貸付金であることを示す記載はないことなどから、教習費及び就職支度金は賃金的性格を有し、Xらに返還すべきものであるとした(ただし、貸付金のうち教習所授業料及び交通費については消費貸借契約が成立しており、また、その返還合意も労基法16条違反に当たらないとした)。また、不法行為については、会社には一部労基法の規定に反する事実は認められるが、そのことにより元乗務員らに直接財産的損害が発生したとは認められず、また、慰謝料請求を理由づけるような内容の違法行為があったとも認められないとし、その上で、原判決を変更し、既に教習費等の全額を返済していたX2についての遅延損害金のみ認め、それ以外の請求を棄却した(会社のX1に対する金銭消費貸借上の貸付金返還も認容)。
参照法条 : 労働基準法15条
労働基準法16条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
賃金(民事) /賃金の範囲 /賃金の範囲
裁判年月日 : 2010年4月22日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ネ)2558
裁判結果 : 原判決一部変更、一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1008号15頁
審級関係 : 一審/大阪地平成21.9.3/平成19年(ワ)第16144号/平成20年(ワ第)1084号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 〔賃金(民事)‐賃金の範囲‐賃金の範囲〕
 以上によれば、Aの具体的な説明内容や方法については、これを認めるに足りる的確な証拠はないというべきであり、この面談の段階では、控訴人らが被控訴人から受領した書面もなく、金銭消費貸借契約書の作成も後日のことであって、控訴人らとしては、求人広告や被控訴人本社の看板の記載の印象が強く残っていたと推認できるから、証拠上、控訴人らが同募集要項の内容、特に金銭消費貸借契約の貸付の対象となる費目について正確に理解できたとは認められない。
 2 争点(1)(被控訴人の支出した教習費等は控訴人らに返還を求めることができるものか)について
 (1) 教習費等の賃金性について
 上記1で認定した事実によれば、①被控訴人は、「2種免許取得費会社負担」「教習期間中日給1万支給」「支度金20万円住宅提供可」などと記載された新聞広告や看板を出し、控訴人らはそれにより被控訴人に就職すれば上記のような待遇を受けられると誤解した可能性があること、②Aは控訴人らとの面談の際上記広告等の記載内容と異なる点について控訴人らが正確に理解できる程度に説明したとは証拠上認められないこと、③その後被控訴人が控訴人らから徴求した金銭消費貸借契約書には、50万円との記載はあるが、その内訳の記載はなく、かつ、この段階では教習費等は支給や立替払いもされていないこと、④その後控訴人らは教習費等の支給等を受け、「就職支度金」と明記された領収証を作成して被控訴人に交付したが、この領収証にも貸付金であることを示す記載はないこと、⑤一方、被控訴人は控訴人らに教習費や就職支度金を下車勤手当欄に記載した給与支給明細書を渡していたこと、⑥すべての教習費等の支給等が終わった直後の平成16年7月初めに、被控訴人は控訴人らから貸付金の明細を記載した明細書(本件甲野明細書及び本件乙山明細書)を徴求したが、この段階では控訴人らが初乗務した日から4か月を経過していたことが認められる。
 そして、「教習期間中日給1万支給」「支度金20万円」との記載は、教習費や就職支度金が賃金であるとの誤解を招きかねないものであり、一方被控訴人は控訴人らに対し、社内教習(この時点では控訴人らは被控訴人の指揮監督下にあったと認めるのが相当である。)のときまでに、実際の労働条件が上記の記載とは異なることを明確に説明していないというべきであるから、被控訴人は労基法15条1項に規定する労働条件明示義務を尽くしていないといわざるをえない。加えて、教習費及び就職支度金については、給与支給明細書上手当欄に記載され、必然的に諸々の控除の対象となっているし、特に控訴人甲野の平成16年2月27日支給(乙17の給与規定によれば、1月21日から2月20日までの期間を対象とするものであるところ、被控訴人の主張によれば、同控訴人が乗務を開始した2月28日をもって労働契約を締結したというのであるから、本来2月末の給与支給はないはずである。)に係る給与支給明細書では、所得税等の控除の項目に記載があるほか、収入の項目としては下車勤手当欄にしか記載がない(〈証拠略〉)。
 以上によれば、教習費及び就職支度金については、賃金的性格を有するもので、被控訴人は控訴人らにそのように表示してきたものであり、就職後4か月以上も経過した後に徴求した本件甲野明細書及び本件乙山明細書の記載をもって、これが貸付金であると主張することは、信義則上も許されないというほかない。控訴人らが上記各明細書を作成交付したことは、上記判断を左右するものではない。
 一方、自動車教習所の授業料及び交通費については、自動車教習所の教習を受けることは控訴人らの自由意思に委ねられ、被控訴人の指揮監督下にもないから業務とはいえず、また、2種免許の取得は控訴人らに固有の資格として、控訴人らに利益となることであるから、本来控訴人らが負担すべき費用であって、元々賃金的性格を有するとはいえない。新聞広告等でも「2種免許取得費会社負担」とされていたが、一旦は会社が負担するという意味では虚偽の記載をしたとまではいえない。控訴人乙山本人(原審)も、これらの費用については、ある程度納得して本件乙山明細書を作成したと述べている。したがって、これらの費用については、被控訴人が消費貸借の対象とすることも許されるというべきである。
 (2) 自動車教習所の授業料及び交通費に関する消費貸借契約の成立について
 前記1の認定事実によれば、控訴人乙山は平成16年1月17日に、控訴人甲野は同月23日に、それぞれ被控訴人に対し金銭消費貸借契約書を差し入れて借入れの申込みをし、被控訴人が自動車教習所の授業料を立て替えて支払い、交通費を控訴人乙山に支給したことにより、各金額について消費貸借契約が成立したと認めるのが相当である。
 (3) 労基法16条違反の主張について
 控訴人らは、800日乗務日数の完了を返還免除の条件とする教習費等の返還合意は、労基法16条に違反し無効であると主張する。
 しかし、前記(1)で説示したとおり、自動車教習所の授業料及び交通費を金銭消費貸借の目的とすることは許されるもので、その返還合意は控訴人らに不利益を及ぼすものではないから、控訴人らの上記主張は採用できない。
 (4) まとめ
 以上によれば、控訴人乙山は、被控訴人に対し、不当利得金31万円の返還を請求できる。しかし、被控訴人は本件乙山明細書により貸付の対象を確認し、返還請求できる根拠があると考えていたものといえるから、悪意の受益者であるとは認められない。したがって、同控訴人は、本訴状送達の日の翌日である平成19年12月23日以降の民法所定年5分の割合(不当利得金の性質に照らして商事法定利率は採用できない。)による遅延損害金を請求できるにとどまる。また、被控訴人は控訴人甲野に対し、金銭消費貸借契約に基づき、21万5250円及びこれに対する平成20年2月7日以降の遅延損害金の支払を求めることができる。
 3 争点(2)(被控訴人による不法行為)について
 (1) 虚偽広告について
 前記1の認定によれば、被控訴人が教習費及び就職支度金の支給について虚偽の広告をしたということはできるが、被控訴人はその返還を控訴人らに請求できないから、控訴人らに損害はない。また、自動車教習所の授業料等については虚偽であるとは認められない。
 (2) 労基法16条違反について
 前記のとおり労基法16条違反の事実は認められない。
 (3) 違法な労働契約について
 証拠(〈証拠略〉)によれば、控訴人らが被控訴人と労働契約を締結するに際して作成交付した契約書には、「本期間中何時解雇されても解雇手当てやその他の要求は一切致しません」との記載があることが認められ、この記載内容は違法であると認められるが、この記載により控訴人らが劣悪な労働環境の下で勤務せざるをえなくなったとまでは認められない。
 (4) まとめ
 以上のとおりであり、被控訴人には労基法の規定に反するような事実があったことは認められるものの、そのことにより直接財産的損害が発生したとは認められず、また、慰謝料請求を理由づけるような内容の違法行為があったとも認められない。