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ID番号 : 08809
事件名 : 地位確認請求上告事件
いわゆる事件名 : 日本アイ・ビー・エム事件
争点 : コンピュータ会社従業員が会社承継による移籍を無効として元会社での地位確認等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 :  コンピュータ製造販売会社YがHDD事業を分割して新会社(設立会社)Aに承継させたことに伴い、A社に移籍することとなったXら労働者6名が、承継には瑕疵があるとして、Yに対して地位確認と不法行為による損害賠償を求めた事案の上告審である。  第一審横浜地裁、第二審東京高裁ともに、会社の措置が不十分であった事実は認められないなどとして、労働者の請求を棄却した。これに対しXらが上告。  最高裁第二小法廷は、会社承継の際に特定の労働者との関係において商法等の一部を改正する法律(平成12年法律90号。平成17年法律87号による改正前のもの。)附則5条1項に定める労働契約の承継に関する労働者との協議(「5条協議」)が全く行われなかったときには、労働者は会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるとした上で、会社は、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ、その結果多くの従業員が承継に同意する意向を示しており、また、上告人らに対しては、代理する組合支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどしており、これらは協議における説明事項を定めた指針の趣旨にかなうものといえ、したがって協議が不十分であるとはいえず、また上告人らのA社への労働契約承継の効力が生じないということはできないとして、上告を棄却した(不法行為についても否認)。
参照法条 : 民法625条
会社法763条
会社法764条
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律2条
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律3条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /使用者 /新会社の設立
配転・出向・転籍・派遣 /転籍 /転籍
労働契約(民事) /労働契約の承継 /新会社設立
裁判年月日 : 2010年7月12日
裁判所名 : 最高二小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(受)1704
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例1010号5頁/労働経済判例速報2081号3頁/裁判所時報1511号5頁/判例時報2096号145頁/判例タイムズ1335号72頁/裁判所ウェブサイト掲載判例
審級関係 : 一審/横浜地平成19.5.29/平成15年(ワ)第1833号 控訴審/0846/東京高平成20.6.26/平成19年(ネ)第3596号
評釈論文 : 川島いづみ・商事法研究87号1~10頁2010年10月石毛和夫・銀行法務21.54巻12号63頁2010年10月岩出誠・旬刊商事法務1915号4~13頁2010年11月25日高谷知佐子・ビジネス法務10巻11号30~35頁2010年11月木村貴弘・経営法曹166号15~26頁2010年12月近藤元樹/〔◇×判例実務研究会〕・労働法令通信2236号22~23頁2011年1月8日本久洋一・労働法律旬報1732号6~17頁2010年11月25日山内一浩・労働法律旬報1732号18~27頁2010年11月25日
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐使用者‐新会社の設立〕
 〔配転・出向・転籍・派遣‐転籍‐転籍〕
 〔労働契約(民事)‐労働契約の承継‐新会社設立〕
 3(1) 新設分割の方法による会社の分割は、会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条。以下、会社の分割を行う会社を「分割会社」、新設分割によって設立される会社を「設立会社」という。)。これは、営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが、個々の労働者の労働契約の承継については、分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして、承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条)、当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また、上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには、異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。
 (2) 法は、労働契約の承継につき以上のように定める一方で、5条協議として、会社の分割に伴う労働契約の承継に関し、分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは、上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち、承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。
 ところで、承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、上記のような5条協議の趣旨からすると、承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
 また、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
 (3) 他方、分割会社は、7条措置として、会社の分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条)、これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。
 (4) なお、7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(平成12年労働省告示第127号。平成18年厚生労働省告示第343号による改正前のもの。なお、同改正前の表題は「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」。以下「指針」という。)が定めている。指針は、7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として、会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げ、また5条協議においては、承継される営業に従事する労働者に対して、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し、その希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めているが、その定めるところは、以上説示したところに照らして基本的に合理性を有するものであり、個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては、それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。
 4(1) これを本件についてみると、前記事実関係によれば、被上告人は、7条措置として、前記2(2)のとおり本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い、情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか、C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い、その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは、7条措置の対象事項を前記のとおり挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり、被上告人が行った7条措置が不十分であったとはいえない。
 (2) 次に5条協議についてみると、前記事実関係によれば、被上告人は、従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ、多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり、また、被上告人は、上告人らに対する関係では、これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし、C社の概要や上告人らの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。
 そこでは、前記2(3)のとおり、分割後に勤務するC社の概要や上告人らが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが、これは5条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり、他に被上告人の説明が不十分であったがために上告人らが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお、被上告人は、C社の経営見通しなどにつき上告人らが求めた形での回答には応じず、上告人らを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが、被上告人が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、また、在籍出向等の要求に応じなかったことについては、本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり、分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことや、前記の本件会社分割に係るその他の諸事情にも照らすと、相応の理由があったというべきである。そうすると、本件における5条協議に際しての被上告人からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。
 以上によれば、被上告人の5条協議が不十分であるとはいえず、上告人らのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また、5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。