ID番号 | : | 08812 |
事件名 | : | 遺族補償年金等不支給処分取消請求控訴事件 |
いわゆる事件名 | : | 国・旭川労働基準監督署長(NTT東日本北海道支店)事件 |
争点 | : | 基礎疾患のある電信電話会社労働者の死亡につき妻が遺族補償給付不支給の取消し等を求めた事案(妻勝訴) |
事案概要 | : | 電信電話会社Aに勤務していた陳旧性心筋梗塞等の基礎疾患のある労働者Bが、研修期間中の帰省先で急性心筋虚血により死亡したことについて、妻が、労基署長の決定した遺族補償給付及び葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審札幌地裁は、B本人にとっては身体への負担が大きかった研修に参加したこと、50歳以上の従業員として雇用形態の選択を求められたことからはじまり研修中も続いていた異動の可能性への不安が、大きな肉体的ストレス・精神的ストレスとなり、その結果、陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させ、急性の虚血性心臓疾患を発症させたといえるとして、死亡と業務との間の相当因果関係を認め、妻の請求を認めた。 第二審札幌高裁は、Bの陳旧性心筋梗塞が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により急性心筋虚血を発症させる寸前にまで増悪していたことをうかがわせる事情は見出し難く、そうである以上、研修への参加、雇用形態の選択から研修中も継続していた異動の可能性等への不安による肉体的及び精神的ストレスがBの陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させ、急性の虚血性心臓疾患を発症させたものとみるのが相当であるとして因果関係を認め、原審判断を維持した。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法7条 労働者災害補償保険法12条の8 労働者災害補償保険法16条の2 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険
/業務上・外認定
/業務起因性 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等 労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付) |
裁判年月日 | : | 2010年8月10日 |
裁判所名 | : | 札幌高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成21(行コ)20 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 労働判例1012号5頁 |
審級関係 | : | 一審/札幌地平成21.11.12/平成20年(行ウ)第18号 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕 9 まとめ 以上の検討結果によれば、太郎にとっては身体への負担が大きかった本件研修に参加したこと、雇用形態の選択を求められたことから始まり本件研修中も続いていた異動の可能性等への不安が、太郎にとって大きな肉体的及び精神的ストレスとなり、これらが太郎の陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させる要因となり得たものというべきである。他方、太郎は、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)に罹患していたが、太郎のコレステロール値は一定程度コントロールされていたと評価することが可能であるから、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)に罹患していたというだけでは急性心筋虚血の確たる発症因子ということはできないし、また、太郎は、30年近い喫煙歴があったものの、死亡当時には喫煙によるリスクは相当程度減少していたといえるから、喫煙習慣も急性心筋虚血の確たる発症因子ということはできず、他に急性心筋虚血の確たる発症因子の存在がうかがわれないところである。そして、太郎の陳旧性心筋梗塞が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により急性心筋虚血を発症させる寸前にまで増悪していたことをうかがわせる事情は見出し難い(この点につき、控訴人は、太郎の急性心筋虚血は太郎の基礎疾患の自然経過により発症したものと認められる旨主張するが、控訴人の主張が採用できないことは後述のとおりである。)以上、本件研修への参加、雇用形態の選択から本件研修中も継続していた異動の可能性等への不安による肉体的及び精神的ストレスが太郎の陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させ、急性の虚血性心臓疾患を発症させたものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができるというべきである。 したがって、太郎の死亡は、労災保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきである。 10 控訴人の主張について 控訴人は、次のとおり、太郎の急性心筋虚血の発症は太郎の従事していた業務に起因するものではない旨主張するので、以下、控訴人の主張について検討する。 (1) 控訴人は、新認定基準等に照らせば、太郎には急性心筋虚血の発症前6か月間をみても時間外労働時間はほとんどなく、また、本件研修に着目するにしても、時間外研修もないなど、本件研修を含む太郎の従事していた業務が疲労の蓄積を伴うほど過重であったとはいえない旨主張する。 そこで、検討するに、厚生労働省は、脳・心臓疾患の業務起因性の判定について、平成13年当時の最新の医学的知見を踏まえた専門検討会報告書(〈証拠略〉)に基づき、新認定基準を定めており(〈証拠略〉)、この基準は、その作成経緯及び検討過程等に照らし、十分参考とされるべきものではあるが、新認定基準は、厚生労働省が処分を行う下級行政機関に対して運用基準を示した通達であって、労災保険不支給決定取消訴訟においては、当該事案に即した個別的な検討が必要となることはいうまでもない。 そこで、検討を加えるに、前記で説示したとおり、労働者が従事した業務が過重であったため、基礎となる血管病変等をその自然の経過を超えて増悪させ、急性心筋虚血を発症させた場合には、業務に内在する危険が現実化したものとして、業務と急性心筋虚血との相当因果関係を認めることができるところ、確かに、本件においては、本件研修前の業務は、太郎にとって過重な業務負荷があったとは認められない(前記2)上、本件研修の内容自体は、太郎にとって過重なストレスであったとは認められず(同3)、本件研修の場所、移動手段及び移動時間も、自然的経過を超えて太郎の心疾患を悪化させるほど負担が大きいものであったとは認められない(同4)。また、本件研修中の宿泊状況も、太郎の死亡につながるほど大きなストレスを与えるものであったとは認められない(同5)。 しかしながら、本件研修は、宿泊を伴う長期の研修と頻繁な移動を伴うものであり、これによって、普段であれば生じない(特に注意して避けていた)疲労が太郎の身体に蓄積し、これが休養によって回復しない状態が約1か月にわたって続き、太郎の循環器にとって過大な負担が生じていたものと認められる(同6)上、雇用形態選択に端を発し本件研修中にも増大した精神的ストレスは、太郎の心臓疾患を自然的経過を超えて増悪させたことに相当程度悪影響を及ぼしたものと認められる(同7)ことなどに照らすと、太郎の本件研修への参加、雇用形態の選択から本件研修中も継続していた異動の可能性等への不安による肉体的及び精神的ストレスが太郎の陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させ、急性の虚血性心臓疾患を発症させたものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができるというべきである。 したがって、控訴人の主張は採用できない。 (2) 控訴人は、太郎の既往歴や基礎疾患等からすると、太郎の場合、遺伝的要因をも背景に異常に高くなっていたLDLコレステロール値と長期間かつ相当数にのぼる喫煙などによって、冠状動脈内にプラーク(血管の内側にできる限局性の肥厚)が形成され、プラークの脂質化が進行し、プラークがいつ破綻してもおかしくない状態にまで至っていたというべきであるところ、太郎は、その自然的な経過によりプラークが破綻して、血栓が形成されたことにより冠血流が低下し、それに伴い発現した致死的不整脈によって死亡した旨主張し、これに沿う医師作成の意見書(〈証拠略〉)を提出する。 そこで、検討を加えるに、太郎が急性心筋虚血の発症により死亡したことは前記認定のとおりであるところ、前記認定にかかる太郎の過去の既往歴及びその治療経過、コレステロール値並びに喫煙歴等に照らすと、太郎の冠状動脈内にプラークが形成されその脂質化が相当程度進行していたことは推認されるけれども、他方、前記認定の事実によれば、太郎は、平成5年12月2日から同月14日までの間に市立旭川病院に3回目の入院をした後、平成14年6月9日に死亡するまでの約8年半以上にわたり、定期的に診察及び投薬を受け、医師の指示に従って健康に留意した生活を送っていたこと、この間、太郎は、禁煙を継続し、太郎の心臓は比較的安定していた上、太郎のコレステロール値も一定程度コントロールされていたことが認められるのであり、これらの事実に照らしてみると、太郎の冠状動脈内に形成されていたプラークが確たる発症因子がなくても、その自然的な経過により破綻する寸前にまで至っていたと断ずることはできないというべきである(前記のとおり、太郎は、急性心筋虚血を発症して死亡したものであるが、急性心筋虚血を引き起こした直接的な原因(トリガー)については、太郎の本件研修への参加、雇用形態の選択から本件研修中も継続していた異動の可能性等への不安による肉体的及び精神的ストレスのほかに、これを見出すことが困難というべきであるところ、上記意見書においては、かかるトリガーが何であるのかについても首肯できる説明がされていないといわざるを得ない。)。 したがって、控訴人の主張は採用することができない。」 |