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ID番号 : 08823
事件名 : 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 九九プラス事件
争点 : コンビニの店長が、時間外・休日割増賃金、うつ病発症による慰謝料を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : コンビニ型店舗をチェーン展開して経営する株式会社Yの店舗で店長として勤務していたXが、割増賃金及び休日割増賃金、付加金及び遅延損害金の支払、及び長時間・過重労働によりうつ病を発症したことに対する債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為に基づく慰謝料の支払を求めた事案である。 東京地裁立川支部は、まずXの実労働時間について、概ね勤怠管理システムに記録されたとおりの労働時間を認定した上で、その職務内容、責任、権限、勤務態様及び賃金等待遇に照らして考えると、Xは管理監督者には当たらないとして割増賃金の支払を命じた(付加金も5割を認定)。また、Xのうつ病罹患については、密度の高い労働を継続してきたとまでは認められないものの、午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見され、また、不規則な勤務形態は、正常な生活リズムに支障を生じさせて疲労を増幅させたとし、一方、精神疾患の既往歴はなく業務以外の発症の要因は認められないことから、業務との相当因果関係を認めた。Yはこの状況について認識可能であり是正すべき義務を負っていたというべきであるから安全配慮義務に違反するとして、民法415条により損害を賠償すべき責任を負うとして慰謝料の支払を命じた。
参照法条 : 労働基準法37条
労働基準法41条
労働基準法114条
民法415条
民法709条
体系項目 : 労働時間(民事) /労働時間の概念 /店長の就業時間
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /安全配慮(保護)義務・使用者の責任
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2011年5月31日
裁判所名 : 東京地立川支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)1102
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1030号5頁/判例時報2136号129頁
審級関係 :
評釈論文 : 笹山尚人・労働法律旬報1747号36~37頁2011年7月10日
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐労働時間の概念‐店長の就業時間〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 2 争点(1)(原告の実労働時間)について〔中略〕
 (5) 以上のとおりであるから、別紙勤務時間一覧表(原告主張)のうち、平成19年3月31日から同年8月15日までの期間、休憩時間が記録されていない日について、1労働日当たり40分を控除する。〔中略〕
 3 争点(2)(原告が管理監督者に当たるか)について〔中略〕
 (5) 以上のような職務内容、責任、権限、勤務態様及び賃金等の待遇に照らして考えると、被告の店長として業務に従事していた原告が管理監督者に当たるとは認められない。
 したがって、原告に対しては、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が支払われるべきである。〔中略〕
 5 争点(4)(付加金の要否)について
 上記3で判示したとおり、被告は、原告に対して労働基準法37条に定める時間外割増賃金及び休日割増賃金の支払義務を負っていながら、その支払義務を怠っていたものであり、原告の勤務には裁量の余地が少なかったこと、原告が任された店舗の状況は原告の経験等に照らせば負担の少なくない店舗であったこと、結果として、原告の労働時間が長時間になったことなどにかんがみれば、被告が原告を店長として扱うようになって以降、本来支払うべき割増賃金を支払っていなかった期間が約4か月と必ずしも長期間に及ぶものではないこと、被告において、殊更時間外手当の支給を免れるために労働者を店長職に就任させるなどの運用がされていたわけではないこと、店長に対しては、一般社員には給付されない手当(役割給)が支給されていたこと、そのようなこともあり店長に時間外手当を支給しないことについて被告が労働基準法に違反すると認識していたとは未だ認め難いことなどの事情を考慮したとしても、上記4で認定した時間外手当(44万8376円)の約5割に相当する20万円の付加金の支払を命ずるのが相当である。
 6 争点(5)(原告の業務とうつ病罹患との因果関係)について〔中略〕
 (キ) 以上によれば、原告が、上記労働時間内に一貫して密度の高い労働を継続してきたとまでは認められないものの、原告の勤務形態は午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見され、また、不規則な労働に従事していたといった勤務形態は、正常な生活リズムに支障を生じさせて、疲労を増幅させることになると考えられるから、疲労の蓄積の程度が増加し、労働者の心身の健康に何らかの悪影響を与える危険を内在していたといえる。
 また、短期間での頻繁な勤務先の変更は、人的関係や新たな店舗運営の構築の必要な、心理的負荷がかかる出来事であることに加え、原告の変更先の店舗は必ずしも店舗経営が安定した店舗ばかりではなかったこと、原告は、入社後短期間で、十分な研修を経ないまま店舗責任者として店舗運営を任され、クレーム対応やシフト管理といった責任を負わされた。
 上記のような原告の勤務形態は、原告よりも経験豊富なLが長時間労働等を理由に被告を退社し、また、原告と同様被告入社以前に社員としての経験のないCが、原告よりも約4か月早く入社し、店舗責任者としてとなるまで原告よりも5か月も長く社員としてOJTを受ける機会があったにもかかわらず、クレーム対応や不正行為に対する対応や研修不足を理由に店長職を辞退したことからもうかがわれるように、経験の浅い原告への心身にかかる負荷は相当なものであったと想像される。
 イ 他方、前記認定事実のとおり、原告に精神疾患の既往歴はなく、他に業務以外の本件発症の要因は認められない。
 ウ 以上によれば、原告の業務と本件発症との間には相当因果関係が認められる。
 7 争点(6)(被告の安全配慮義務違反の有無)について
 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の同注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。
 前記認定事実のとおり、原告が長時間かつ不規則な労働をしていることは、勤怠管理システムを通じて原告の上司であるエリアマネージャーも把握していたこと、頻繁な勤務先の変更について、被告は当然把握しており、変更になった勤務先の店舗の状況(閉店前か、社員やPAの退職等、PAの不正行為等)や、原告の経験の程度等は、異動を指示する前提として上司であるエリアマネージャーないし本部で把握しており、又は把握可能であったといえる。とりわけ、原告の直属の上司であるエリアマネージャーのBは、原告から、平成19年8月には労働時間が長いことや休みが取れないことなどを聞き、また同年9月にはA医師からうつ状態(うつ病)の診断を受けた旨及び店長職を辞したい旨を聞かされたのであるから、原告において業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が相当程度に蓄積しているのではないかとの疑いを抱いてしかるべきであった。
 ところが、被告は、原告が勤務していた当時、健康診断を年に1度実施するほかは、特別な健康配慮を行っていたとの事情はうかがわれないばかりか、Bが原告から上記の話を聞いた際にも、その状況把握に努めて対策を検討した上、例えば休暇の取得を強く勧奨するなどの指導や持続的に原告の負担を軽減させるための措置をとるでもなく、かえって人件費率やM/H等で人件費を抑えるよう注意したり、また店長を辞めて通常の社員になったとしても、それだけで業務が直ちに減るわけではないことを説明したりするなど、逆により一層の長時間労働をせざるを得ないとの心理的強制を原告に与え、原告の申出に真摯に対応したとは思われない姿勢に終始したことは先に認定したとおりである。
 長時間かつ不規則な労働は、頻繁な勤務先の変更、それ自体労働者の心身の健康を害する危険が内在しているというべきであり、被告は、このような原告の就労状況を認識し、又は少なくとも認識可能であったのであるから、これを是正すべき義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず、被告は、特別な健康配慮を行わないなど、上記義務を怠り、原告の長時間労働を是正するために有効な措置を講じなかったものであり、その結果、原告は、被告における業務を原因として、本件発症に至ったものと認められる。
 したがって、被告は、原告に対する安全配慮義務に違反したものであるから、民法415条により、本件発症によって原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うと認めるのが相当である。
 8 争点(7)(慰謝料額)について
 前記7で認定した安全配慮義務違反行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、被告の安全配慮義務違反の内容、程度に加え、原告の勤務実態及び時間外労働の程度、原告がうつ状態(うつ病)の症状を自覚するようになってから4年弱が経過し、本件口頭弁論終結時点においても原告のうつ状態(うつ病)が治癒していることをうかがわせる証拠はないことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、100万円と認めるのが相当である。