ID番号 | : | 08825 |
事件名 | : | 賃金等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件 |
争点 | : | ホテルの料理人兼パテシエが、時間外賃金の未払分及び付加金を請求した事案(労働者勝訴) |
事案概要 | : | ホテルで料理人又はパテシエとして就労していた労働者Xが、ホテル経営会社Yを相手取り、時間外賃金の未払分及び労基法114条所定の付加金を請求した事案である。 札幌地裁はまず、賃金減額の説明の場面において、Yは賃金に不公平なばらつきがあることや当初合意された賃金が北海道の賃金水準に照らして割高であることは説明したが、基本給、職務手当、賃金の質、賞与など具体的な説明が口頭でも文書でも特にされなかったこと、また、賃金減額についてXの同意があったとのYの抗弁については、賃金が切り下げられることになるような場合には、口頭での遣り取りから確定的な同意を認定することについては慎重であるべきであって、Xの返事は「会社の説明は良く分かった」という程度の重みのものと考えられ、賃金減額に同意したものとは認められないとして、Yの主張を否認した。また、職務手当の受給に関する合意は、かなり割高ではあるが一定時間の残業に対する時間外賃金を定額時間外賃金の形で支払う旨の合意であると解釈すべきであり、月45時間を超えてされた通常残業及び深夜残業に対しては、別途支払がなされなければならないと認め、付加金の支払も命じた(ただし、一部消滅時効の援用を認め該当部分の請求は斥けた。)。 |
参照法条 | : | 労働基準法36条 労働基準法114条 労働基準法115条 |
体系項目 | : | 雑則(民事)
/付加金
/付加金 賃金(民事) /割増賃金 /固定残業給 賃金(民事) /賃金の支払い原則 /賃金請求権と時効 |
裁判年月日 | : | 2011年5月20日 |
裁判所名 | : | 札幌地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成22(ワ)1359 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却 |
出典 | : | 労働判例1031号81頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕 〔賃金(民事)‐割増賃金‐固定残業給〕 〔賃金(民事)‐賃金の支払い原則‐賃金請求権と時効〕 第2 賃金減額に関する合意について〔中略〕 前記のとおり、平成19年4月に、Aから原告に対し賃金年額を500万円にする旨の説明がされた事実は認められるが、原告がこれに明示的な同意をした事実までは証拠によって認定することができない。原告は、Aの説明に対し「Aが『全部俺に任せてくれないか、悪いようにはしないから』というので『ああ分かりました』と返事した」との趣旨の供述をするが(原告調書26頁ないし27頁)、その程度の返事があったとしても、このことから、原告が賃金減額に同意したとの事実を認定することは困難である。その理由は、次のとおりである。 賃金減額の説明を受けた労働者が、無下に賃金減額を拒否して経営側に楯突く人物として不評を買ったりしないよう、その場では当たり障りのない返事をしておくことは往々にしてあり得ることである。しかし、実際には、賃金は、労働条件の中でも最重要事項であり、賃金減額は労働者の生活を直撃する重大事であるから、二つ返事で軽々に承諾できることではないのである。そのようなことは、多くの事業経営者が良く知るところであり、したがって、通常は(労務管理に腐心している企業では必ずと言って良いくらい)、賃金減額の合意は書面を取り交わして行われるのである。逆に言えば、口頭での遣り取りから、賃金減額に対する労働者の確定的な同意を認定することについては慎重でなければならないということである。原告が供述する程度の返事は「会社の説明は良く分かった」という程度の重みのものと考えるべきであり、この程度の返事がされたからといって、年額にして120万円もの賃金減額に原告が同意した事実を認定すべきではないと思料される。〔中略〕 4 以上のとおり、平成19年4月の時点で賃金減額の同意があったとは認められない。〔中略〕 第4 職務手当受給合意の解釈について〔中略〕 6 そうすると、本件職務手当の受給合意は、労基法36条の上限として広く周知されている月45時間(昭和57年労働省告示第69号・平成4年労働省告示第72号により示されたもの)を超えて具体的な時間外労働義務を発生させるものと解釈すべきではないといわなければならない。 もし、時間外賃金の計算方法に拘泥して職務手当が95時間分の時間外賃金であると解釈するならば、必然的に、職務手当の受給を合意した原告は95時間もの時間外労働義務を負うことになるが、このような長時間の時間外労働を義務付けることは、使用者の業務運営に配慮しながらも労働者の生活と仕事を調和させようとする労基法36条の規定を無意味なものとする。そればかりか、今日では、月45時間以上の時間外労働の長期継続が健康を害するおそれがあることが、労基法及び労働者災害補償保険法の解釈適用に関する通達によって指摘されているところであるから(厚生労働省労働基準局長の都道府県労働局長宛の平成13年12月12日付け通達-基発第1063号)、月95時間もの時間外労働義務を発生させる合意というものは、公序良俗に反するおそれさえあるといわなければならない。したがって、裁判所としては、原告に支払われた職務手当が95時間分の時間外賃金として合意されていると解釈することはできない。 7 以上に説示のとおりであるから、本件職務手当は、基本給を22万4800円とするならば、かなり割高なものとはなるが、これが45時間分の通常残業の対価として合意され、そのようなものとして支払われたと認めるのが相当であり、したがって、月45時間を超えてされた通常残業及び深夜残業に対しては、別途、就業規則や法令の定めに従って計算される時間外賃金の支払がされなければならない。〔中略〕 3 消滅時効 前記第1の10に認定の事実に照らせば、時間外賃金債権については、本件請求債権全部の消滅時効が中断したが、それ以外の賃金債権については、平成19年11月25日に弁済期が到来した分及びそれ以前に弁済期が到来した分が2年の短期消滅時効(労基法115条)により消滅したものといわなければならない。〔中略〕 6 付加金(労基法114条) 原告が付加金の支払を裁判所に請求したのは、平成22年5月21日の訴状に代わる準備書面によってであるから、平成20年月6月25日支払分以降の時間外賃金の未払額が付加金の対象となる(労働審判委員会は裁判所ではないから、労基法114条の付加金の支払を労働審判において命ずることはできないが、労働審判申立書は訴訟移行した場合には訴状とみなされる書面であって、労働審判申立書に付加金の支払を求める旨を記載することは何ら禁じられていない。原告の労働審判申立書にはその旨の記載がされていないから、付加金の請求は訴状に代わる準備書面によって行われたと解するほかない。)。 付加金の対象となる時間外賃金の未払額は61万5244円となり、被告に対しては、これと同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。 |