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ID番号 : 08827
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 技術翻訳事件
争点 : 翻訳、印刷関連会社の元従業員が、賃金減額の無効、退職金の差額等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 翻訳、印刷及びその企画、制作等を行う会社Yの制作部で、翻訳物の手配、編集等を行っていた従業員Xが、〔1〕賃金減額の無効を理由とする差額、〔2〕Xの退職は会社都合であるとして自己都合退職として支払われた退職金との差額、〔3〕賃金など労働条件を一方的に切り下げられ、退職を余儀なくされたことは不法行為に当たるとして慰謝料、及び〔4〕未払時間外手当及び同額の付加金の支払を求めた事案である。 東京地裁は、まず〔1〕について、Yが減額の承諾を求めなかったことの合理的な理由も、他に黙示の承諾の成立を認め得る積極的な事情もないことから減額の黙示の承諾があったとは認められず、その後3カ月で退職するまでXが抗議等を行っていなくとも事後的な追認がされたとは認められないとして、賃金減額は無効と認定し、また〔4〕について、待遇面、賃金面いずれを見てもXの管理監督者性は認められないとして時間外手当の支給を認定した(付加金も認定)。他方、〔2〕については、退職はYからの雇用条件通告を契機とするものではあるが、最終的にはX自身の意思に基づく退職であるとし、〔3〕についても、雇用条件通告の書面は不同意を許容しないようにも読めるが、詐欺的、脅迫的なものではなく、労働条件切下げの申入れの方法、態様において、社会通念を逸脱したものとまでは認められないとしてXの主張を斥け、不法行為の成立を否認した。
参照法条 : 労働基準法114条
労働基準法41条
民法709条
体系項目 : 賃金(民事) /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
雑則(民事) /付加金 /付加金
労働時間(民事) /労働時間・休憩・休日の適用除外 /管理監督者
裁判年月日 : 2011年5月17日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)3579
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1033号42頁/労働経済判例速報2116号21頁
審級関係 :
評釈論文 : 慶谷典之・労働法令通信2255号24~25頁2011年7月28日
判決理由 : 〔賃金(民事)‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
〔労働時間(民事)‐労働時間・休憩・休日の適用除外‐管理監督者〕
 2 争点(1)(本件賃金減額の有効性)について〔中略〕
 上記代表者会議において、被告が原告に対し、書面等による明示の承諾を求めなかったことに合理的な理由があったとは認められず、他に、黙示の承諾の成立を認め得るだけの積極的な事情の存すると認められない本件においては、本件賃金減額に対する黙示の承諾があったと認めることはできないというべきである。
 ウ また、本件賃金減額の実施から本件退職までの間が3か月余りにすぎないこと等からすれば、原告が、その間、本件賃金減額による減額後の賃金を受領し、被告に対し抗議等を行っていない(前記1(5))としても、他に特段の事情の認められない本件において、本件賃金減額に対し事後的な追認がされたと認めることはできない。
 (3) 以上によれば、本件においては、本件賃金減額に対する原告の承諾ないし追認の事実を認めるに足りないというべきであるから、本件賃金減額を有効であると解することはできない。〔中略〕
 4 争点(3)(被告による労働条件切下げの不法行為該当性等)について〔中略〕
 (2) 進んで、本件雇用条件通告の方法、態様が、原告に対する不法行為に該当するかについて検討する。
 本件雇用条件通告は、法的には、使用者から労働者に対する労働条件変更の申込みに該当するものと解されるところ、本件雇用条件通告に係る「2010年度・労働条件通知書」と題する書面(書証略)は、そこで示された労働条件のいずれにも同意しないという選択を労働者に許容しないようにも読めるという点において、いささか穏当を欠く点もないではないが、詐欺的あるいは脅迫的な言辞は格別見当たらず、労働条件切下げの申入れの方法、態様において、社会通念を逸脱したものとまでは認められない。また、実際、本件において原告は、自ら労働法に関する知識を習得することによって、本件雇用条件通告において示された契約内容の変更に同意しなければならない義務は必ずしも存しないことを明確に理解した上で、当該雇用条件の変更に承諾できない旨を被告に回答している(前記1(9))のであるから、本件雇用条件通告が本件賃金減額に引き続いて行われたものであることを考慮しても、本件雇用条件通告による労働条件変更の申込みの方法、態様が、原告に対する不法行為を構成するとまでは認められないというべきである。
 (3) なお、本件賃金減額については、前記2で検討したとおり効力を有しないというべきであるが、本件賃金減額が無効であれば、原告には減額分の賃金請求権が存するのであり、そうである以上、原告には損害がないというべきである。したがって、仮に原告の上記(1)の主張が、本件賃金減額に係る被告の行為が独立して不法行為を構成するとの主張を含むものであるとしても、当該主張を採用することはできない。
 5 争点(4)(原告の管理監督者性)について〔中略〕
 (3) 上記(2)で認定した事実によれば、原告は、被告においては経理部長、営業部長と並ぶ高位の役職である制作部次長の地位にあって、制作部のトップとして制作部の担当業務を統括し、部下の労務管理面や、新規翻訳者の採用といった人事面をも含め、相当程度の裁量権を有する重要な職務を担当していたものと認められる。ただ、原告が実質的な制作部のトップとなったのは、原告の入社後、それほど年月が経たない昭和59年ないし同60年ころからであるところ、次長昇進後に原告の職務の性質がそれまでとは質的に変化したと認めるべき証拠もないことからすれば、当該職務においては、部下の労務管理等の側面よりも、むしろ、翻訳者の選定業務等におけるスペシャリストとしての側面が重視されていた節もうかがわれる。
 他方、労働時間の管理面を見ると、原告は出退勤時にタイムカードを打刻するものとされ、遅刻に対しては減給処理がされていたものであるし、原告が休日出勤をした際には、休日労働時間を基準に算定した休日手当が支給されていたというのであるから、原告は、被告によって労働時間の管理を受けていたというべきである。さらに、賃金上の処遇を見ても、原告は、一般従業員とは異なる役職手当の支給を受けてはいたものの、次長職の役職手当の額は、時間外手当の支給対象であった課長職の役職手当の額よりも僅かに6000円多いだけであり、また現に、役職のない従業員の中には、時間外手当の支給を受けることにより原告より多額の給与を受けている者もいたというのであるから、原告に支給されていた役職手当の額は、時間外手当の支給を受けない管理監督者に対する処遇として十分なものであったとは到底認め難いと言わざるを得ない。
 これに対し、被告は、タイムカードの使用は、原告の遅刻への対策として、原告自らが申し出たものであり、原告に対する休日手当の支給は、当時の社長であるA会長の判断で恩恵的に支給することとしたものにすぎない旨を主張するが、仮に被告の主張のとおりであるとしても、原告が被告によって労働時間の管理を受けていたことに変わりはないから、被告の当該主張は、上記判断を左右しない。
 以上によれば、原告を、時間外手当を支給する必要のない管理監督者であると認めることは困難であるというべきである。〔中略〕
 7 争点(6)(付加金請求の可否)について
 原告に対する時間外手当は、原告が制作部次長に昇進した平成3年ころ以降、長期にわたって支払われていないことなど、本件諸般の事情に照らすと、労働基準法114条に基づき、被告に対し、上記6と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。