全 情 報

ID番号 : 08828
事件名 : 退職金返還請求事件(19063号、19493号、36647号)、退職金請求事件(953号)
いわゆる事件名 : ソフトウエア興行(蒲田ソフトウエア)事件
争点 : 引き抜き行為をして退職した情報処理システム会社元従業員らが退職金の支払を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 各種情報処理システムのハードウェア、ソフトウェア、通信機器の設計、製造、開発、賃貸借、販売及び輸出入等を目的とする株式会社X1が、元従業員Y1~Y3らに支払済み退職金の返還を求め(甲~丙事件)、他方、同社ほか1社に対して元従業員2名が未払い退職金の支払を求めた(丁事件)事案である。 東京地裁は、まず甲、乙、丙事件のY1、Y3について、在職中にその地位を利用して部下の従業員らに対して積極的に新会社への勧誘(引き抜き)行為をし、しかもX1との雇用関係による地位、人間関係、取引関係等も利用しており、これらの行為は就業規則の懲戒解雇事由に該当するとして、給付した退職金全額の返還を認めた。またY2については、少なくとも積極的に新会社に移るよう勧誘したことは認められないが、X1退職後すぐにX1の許可なく同業である新会社に就職したのであるから、退職金規則上、退職後2年以内に同業他社に就職した者に該当するとして退職金の2分の1相当額を返還すべき義務があると認めた。一方、丁事件原告2名については、新会社の準備を計画的に進め、従業員らを勧誘し、また取引先に対して新会社の利益のために営業活動をしていたものであり、この結果、担当取引先からのX1の売上が大幅に落ち込んでおり、著しく信義に反する行為があったと認めるのが相当であるとして、退職金請求を斥けた。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
体系項目 : 賃金(民事) /退職金 /懲戒等の際の支給制限
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
裁判年月日 : 2011年5月12日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)19063/平成21(ワ)19493/平成21(ワ)36647/平成22(ワ)953
裁判結果 : 認容(19063号、36647号)、一部認容、一部棄却(19493号)、棄却(953号)
出典 : 労働判例1032号5頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)‐退職金‐懲戒等の際の支給制限〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
 8 被告A及び同Cについて
 上記認定事実によれば、被告Aは、チームのミーティング等において部下の従業員に、原告を退職して新会社に移ることを話し、新会社の説明会を開催する等し、さらに、原告在職中に、G社を担当する従業員に対して、新会社に移るよう勧誘する等したものであり、在職中にその地位を利用して部下の従業員らに対して積極的に勧誘行為をしたものといわざるを得ない。また、被告Cに関していえば、従業員の一人から、新会社に誘ったことに対するお礼のメールを受信する等していたことが認められ(〈証拠略〉)、H社を担当する従業員に対し、その地位を利用して積極的に新会社に移るよう勧誘行為を行ったものと認められる。そして、両被告とも、その在職中に行った行為は、業務時間外に限定して原告との雇用関係を前提とする人間関係、取引関係等を利用しないよう配慮する等して行われたとする痕跡は全然存せず、むしろ、原告との雇用関係を前提とする地位、職場のメール、人間関係、取引関係等も利用する等して行われたものと評価することができる。また、両被告とも原告退職後間もなく新会社に就職するとともに、従前原告に委託していた業務に従事する従業員が新会社に移籍することを認識する等して、業務委託先を原告から新会社に変更した取引先の業務に原告在籍時と同様に従事していることからすると、両被告が、各別にそれぞれの事情で原告を退職することを決意し、偶然に新会社に就職したものとは到底認めがたく、両被告とも、在職中に原告において従事していた業務及び新会社において当該業務を継続するに足りる従業員がいずれも新会社に移行することに関与した上で原告を退職し、新会社に就職したものと認めることができるのである。〔中略〕
 両被告の、在職中積極的に部下の従業員に対して新会社に移るよう勧誘する等したことは、就業規則45条①号・44条⑥号、45条③号・同条⑯号の懲戒解雇事由に該当する。
 また、上記認定事実のとおり、G社を担当していた従業員中18名がほぼ同時期に原告を退職して新会社に移り、また、H社を担当していた従業員中12名が同一日に原告を退職して新会社に移ったこと、両被告とも、G社又はH社担当の従業員が上記のように一斉に原告を退職すれば、その結果、原告のG社又はH社に対する業務に支障が生じることを十分に認識していたと推認されること、両被告の行為により、原告のG社及びH社からの平成21年度の売上げが0円になったことという各事情に照らせば、両被告について、いずれもそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったと認めるのが相当である。〔中略〕
 9 被告Bについて
 上記認定事実によれば、被告Bの従業員引き抜き行為について、証拠上、認められるのは、被告Cの求めに応じて、H社を担当する従業員らが新会社に移る可能性につき、予想して管理していたことに尽きるのであり、少なくとも積極的に従業員に対して、新会社に移るよう勧誘したことを認めるだけの証拠はないのであるから、被告Bについて、就業規則45条⑯号の懲戒解雇事由が認められるとは言い難いし、少なくともそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったというのは困難であるといわなければならない。そうすると、原告の、懲戒解雇事由があることを前提とする退職金返還請求には理由がないことになる。
 次に、被告Bは、原告を退職後すぐに、原告の許可なく原告と同業である新会社に就職したのであるから、上記判断のとおり、原告の退職金規則上、退職後2年以内に同業他社に就職した者に該当するから、被告Bが受領可能な退職金は、第3号退職者の退職金の限度であり、したがって、被告Bが受領した退職金の2分の1相当額を返還すべき義務があるという結論になる。
 以上から、原告は、被告Bに対し、支払った退職金の2分の1である58万4235円についてのみ返還を求めることができる。
 10 丁事件原告らの退職金請求について
 (1) 判断枠組み
 丁事件原告Eに関していえば、上記判断のとおり、雇用先は原告であるといえるから、丁事件被告を相手方とする請求には理由がないことになるが、少なくとも法形式上は、丁事件被告に対しても、退職金請求をする余地がないとはいえないことから、以下の検討を加えることとする。
 丁事件原告Eは、前記前提事実によれば、原告から懲戒解雇の意思表示を受けており、退職金規則の退職金の支給対象から除外されているが、そもそも丁事件原告Eについて、懲戒解雇事由が存するか否か、また、上記判断のとおり、原告の退職金規則による退職金が、功労報償的な性格を有している一方で、賃金の後払いとしての性格も併せ有していることに照らせば、当該懲戒解雇事由が、それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為でなければ、退職金不支給事由とはなり得ないものと解するのが相当であるから、これらについて検討しなければならなくなる。
 次に、丁事件原告Dに関していえば、懲戒解雇を受けた訳ではなく、退職金規則を形式的に当てはめれば、不支給事由が存する訳ではないが、上記判断のとおり、丁事件原告Dについて懲戒解雇事由が存し、しかも、当該懲戒解雇事由が、それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為であることが認められれば、当該退職金は、返還の対象となることに鑑みれば、上記の各事情が認められれば、丁事件原告Dの退職金請求は信義則上認められないと解するべきである。してみると、丁事件原告Dについても、上記の各事情が認められるかを検討することになる。
 (2) 丁事件原告Dの退職金請求について
 上記認定事実によれば、丁事件原告Dは、原告在職中に、Fと協議して、原告の取引先を新会社に移すことも含めて、新会社の準備を計画的に進め、I社、J社等を担当する原告の従業員らに対して新会社に移るよう積極的に勧誘し、しかも取引先に対して新会社の利益のために営業活動をしていたこと等が認められるから、就業規則45条①・44条⑥号、45条③号、同条⑯号の懲戒解雇事由に該当する行為をしているということができる。
 そして、上記認定事実のとおり、丁事件原告Dの行為により、I社及びK社を担当していた従業員のうち、それぞれ8名と26名が、それぞれ近接した時期に原告を退職して新会社に移ったこと、原告のI社から及びK社からの各売上が大幅に落ち込んでいることに加え、丁事件原告Dの行為態様は、従業員の引き抜き行為についても、また、取引先確保のために、新会社の利益を図る目的で行った行為は、極めて主導的であることに鑑みれば、丁事件原告Dの上記懲戒解雇事由には、それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったと認めるのが相当である。
 以上によれば、丁事件原告Dの原告に対する退職金請求は、上述のとおり、信義則上、許されないというべきである。
 (3) 丁事件原告Eについて
 上記認定事実によれば、丁事件原告Eは、原告の課長としてK社の開発業務を担当していた部下の従業員に関して、新会社へ移籍についての管理を行い、新会社移籍予定の原告従業員に対し、新会社の業務に関する説明を行い、原告に対して、これらの移籍予定の従業員に関する虚偽の報告をし、取引先のK社に対して、移籍予定の従業員の情報を提供する等、従業員の引き抜き行為に積極的に重要な役割を果たしたことが認められるし、上述のとおり、取引先のK社に対して、新会社との取引を行うことの働きかけを行うことに重要な役割を果たしたことが認められるのである。
 以上のような丁事件原告Eの行為は、就業規則45条①号・44条⑥号、45条③号、同条⑯号の懲戒解雇事由に該当する行為をしているということができるし、上記事情及び原告のK社からの売上が、大幅に落ち込んでいることに照らせば、丁事件原告Eの上記懲戒解雇事由には、それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があったと認めるのが相当である。
 上記のような観点からしても、丁事件原告Eの退職金請求には、理由がないという結論になる。