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ID番号 : 08836
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 国・川崎北労働基準監督署長(富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ)事件
争点 : 過量服薬により死亡したソフトウェア会社労働者の実母が、遺族補償不支給等の取消しを求めた事案(母勝訴)
事案概要 : コンピューターソフトウェア関連事業会社Aに雇用され、過量服薬による急性薬物中毒により死亡した労働者Bの死亡は、会社における過重な業務に起因して発病した精神障害を原因とするものであると主張して、Bの母親Xが、労働基準監督署長の決定した遺族補償給付及び葬祭料不支処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、Bの精神障害発病前の業務の心理的負荷の総合評価は「強」であり、また、Bの精神障害発病から死亡に至るまでの事実経過に照らせば、業務によって発病した精神障害の症状としての睡眠障害や希死念慮等に苦しみながら、その影響下において薬物依存傾向を示すようになり、過量服薬の結果、死亡するに至った経緯が認められ、Bの精神障害発症及び死亡が、その業務の中で、同種の平均的労働者にとって、一般的に精神障害を発病させる危険性を有する心理的負荷を受けたことに起因して生じたものと認めるのが相当であり、Bの業務と疾病発病及び死亡との間に相当因果関係を認めることができるとして、不支給処分の取消しを命じた。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法18条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2011年3月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(行ウ)75
裁判結果 : 認容
出典 : 労働判例1032号65頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 (2) Aの精神障害の傷病名及び発病時期〔中略〕
 (エ) 以上のとおり検討したところを総合すれば、Aは、遅くとも平成15年9月ころまでには、判断指針・改正判断指針に基づき業務との関連で発病する可能性のある精神障害である「うつ病」又は少なくとも「混合性不安抑うつ障害」を発病していたと認めるのが相当である。
 (3) 争点1(Aの精神障害の発病が業務に起因するものと認められるか否か)〔中略〕
 カ まとめ
 以上のとおり、Aの精神障害発病前の業務の心理的負荷の総合評価は「強」であり、その他精神障害の発病につながる業務以外の心理的負荷や個体側要因も特段認められないのであるから、判断指針・改正判断指針によっても、Aの精神障害発病が同人の業務に起因するものであると認めるのが相当である。
 (4) 争点(2)(Aの過量服薬による死亡が精神障害の影響によるものと認められるか否か)について
 Aは、平成16年2月に業務軽減措置を条件として1回目の再出勤をし、同年4月には、いったん同措置を解除されるに至ったが、再出勤後も、本件会社の喫煙所で傾眠しているような様子が頻繁にうかがわれるなどしていたことは、前記1(3)記載のとおりであって、Aの勤務状況は低調であったということができる。そのような中、Aは、同年5月ころから、「抑うつ感情」「不眠」の症状が現れるようになったため、同年6月21日にB神経科診療所を受診して「抑うつ病」の診断を受け、同年8月6日には、Cメンタルクリニックを受診して「神経症性うつ病」の診断を受け、以後、同クリニックで月2回程度の通院治療を受けるようになった。また、同年7月から同年9月にかけては、月45時間を超える時間外労働もあった。このころのAのブログ(〈証拠略〉)中には、「眠れない」「死にたい」等の睡眠障害や希死念慮をうかがわせる記載があるほか、睡眠障害に苦しみながらも、過量服薬を誘引する様子を記述した部分もある。そして、Aは、同年9月3日に過量服薬をしたため、病院に救急搬送されて必要な治療処置を受けた経緯があり、その後、産業医と面談して、いったんは勤務継続したまま様子を見ることとしたが、勤務状況は相変わらず低調であり、その間のブログ中にも、「だるい」「死んでしまいたい」等の記載や、睡眠障害や希死念慮の症状に苦しみつつも過量服薬をしている様子を記述した記載がある。Aは、その後も周囲に精神的不調を訴え続け、平成17年8月には、2回目の休業をするに至り、同年11月に再出勤したものの、睡眠障害や希死念慮の症状が改善されることはなく、これらの症状に苦しみながら過量服薬を継続し、平成18年1月25日にも過量服薬をした結果、急性薬物中毒となり、翌26日に死亡した。
 以上判示したAの精神障害発病から死亡に至るまでの事実経過に照らせば、Aは、業務によって発病した精神障害による睡眠障害や自殺念慮等の症状に苦しみながら、その影響下において、次第に薬物依存傾向を示すようになり、これが回復しないまま、過量服薬に及んだ結果として死亡するに至ったものと解するのが相当である。
 したがって、Aの死亡の結果についても、精神障害の影響によるものとして、業務起因性を認めることができる。
 この点、被告は、Aの発病した精神障害を原因として必ず過量服薬の傾向が生じるわけではないし、Aが、処方されていない薬物を自ら入手してまで服用したり、処方された薬物を過剰に所持したりしていた上、産業医のほか、主治医の指導にもかかわらず、過量服薬を継続して、時には入院治療を勧められながらもこれを拒否して自ら適切な治療の機会を逸したことなどの諸事情によれば、Aの過量服薬は、A個人のパーソナリティを原因とするものであると解すべきであり、Aの発病した精神障害と過量服薬による死亡との間には、相当因果関係が認められないと主張する。
 しかし、本件全証拠をもってしても、Aに発病した精神障害以外に過量服薬の原因となるような疾病の存在はうかがわれないし、被告主張に係るAのパーソナリティがその過量服薬の傾向に如何なる機序で影響を及ぼしているかについての医学的知見は存在せず、必ずしも明らかになっているとはいえないといわなければならない。そして、これまで判示してきたところによれば、Aが、自らに発病した精神障害の症状としての睡眠障害や希死念慮等に苦しみながら、その影響下において薬物依存傾向を示すようになり、過量服薬の結果、死亡するに至った経緯が認められるのであるから、精神障害の発病と過量服薬の結果としての死亡との間に、法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)を肯定することができるというべきである。
 (5) まとめ
 Aの本件疾病の発病及びこれに伴う薬物依存傾向による過量服薬による死亡は、Aが、その業務の中で、同種の平均的労働者にとって、一般的に精神障害を発病させる危険性を有する心理的負荷を受けたことに起因して生じたものと認めるのが相当であり、Aの業務と本件疾病発病及び死亡との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。
 第4 結語
 以上の次第で、Aの精神障害の発病及び死亡が業務上の事由によるものとは認められないとして原告に対する遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとした本件各処分は違法であり、取消しを免れない。