全 情 報

ID番号 : 08837
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : NTT東日本(出張旅費不正請求)事件
争点 : 電話事業会社から出張旅費の不正・流用を理由に懲戒解雇された労働者が地位確認等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 電話事業会社Yから、日帰り出張旅費を不正に請求して私的流用をしたとして懲戒解雇された労働者Xが、不正請求・私的流用はないとして雇用契約上の地位確認、未払賃金等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、旅費の請求額が他の営業担当社員に比べてかなり高額であったこと、及びこのことへの弁明の機会の付与など一連の経緯を認定したうえで、いずれも私的流用の事実を否定するに十分な主張がないとして不正請求・私的流用があったと認めた。また、同種事案で出勤停止処分を受けたにすぎない者との取扱いが不公平であり懲戒権の濫用があるなどのXの主張に対しては、旅費の調査で私的流用の事実が認められた4人(Xを含む)は、いずれも懲戒解雇処分を受けたことが認められるから懲戒権の濫用には当たらないとして、訴えをいずれも棄却した。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /職務上の不正行為
裁判年月日 : 2011年3月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)18094
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例1032号91頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐職務上の不正行為〕
 1 懲戒事由(私的流用)の存否(争点(1))について〔中略〕
 エ 上記ア~ウによれば、原告は、70万円を上回る額(上記イの90万円程度から営業上の費用約15万円を差し引いた額)の旅費の過大請求をして、その私的流用をしたものと認めることができる。
 この行為は、就業規則76条①号(法令又は会社の業務上の規定に違反したとき)、⑦号(業務取扱いに関し不正があったとき)、⑪号(社員としての品位を傷つけ、又は信用を失うような非行があったとき)に該当するものというべきである。したがって、本件懲戒解雇は、懲戒事由の存在が認められる。
 2 弁明の機会の付与の有無(争点(2))について
 (1) 前提となる事実、証拠(各所に記載したもの、〈証拠・人証略〉)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 ア A課長は、平成19年3月、原告の旅費の申請額が高額であることに気付いて(原告の申請が、顧客との間を何度も往復したことになっていた点を問題視した)、原告に直接確認をしたが、不正請求はしていないという回答であった。
 また、A課長は、他の課長の依頼を受けて、同年9月、上記と同様の確認をしたが、原告は不正請求を否定した。
 イ A課長らは、平成19年10月18日、原告と面談して不正(過大)請求の有無を調査した。これに対し、原告は、当初否認していたが、原告の申請と日報の記載に食い違いがあることなどを指摘されて、不正請求をしていたことを認めた。10月26日の再確認では、原告は、不正請求の事実を再び否認したものの、後にD部長に謝罪したいと述べるなどして不正請求を認める態度を示した。
 ウ 原告は、日報や手帳の記載に基づきできるだけ事実に近い再請求をするよう指示を受けて、翌11月から、その資料作成を開始した。その結果が、「旅費請求の内訳」(〈証拠略〉)である。その内訳金額の確定に当たっては、A課長が、原告の意見を聞きながら助言をしたこと(例えば、タクシー代について、月平均1回程度しか利用していないという原告の意見に基づき、これを月額1000円と推計するなど)もあった。
 また、原告は、平成20年3月24日、A課長から、始末書の作成を命じられて、被告から示された文案に基づき案を作成して意見を聴いて必要な訂正をするという作業を繰り返し、3月28日、始末書を完成させた。その過程で、原告は、A課長らの意見を受け容れて、「私事に流用してしまいました」、「いかなる処分もお受けする所存でございます」という文言を加えることになった(〈証拠略〉)
 (2) 認定事実に基づく判断
 ア 認定事実によれば、原告は、始末書や旅費請求(再請求)の内訳の作成過程を通じて、私的流用をしたか否か、営業上の費用の額はいくらか、その内訳はどのようなものかなどについて、弁明の機会を付与されていたことが明らかである。
 原告は、A課長が原告に対し、事実を認めて謝罪しなければ懲戒解雇になると脅したり、始末書を提出すれば処分が軽くなるなどという利益誘導をしたりして、旅費の私的流用の自白を強要し、その旨の始末書を提出させたなどと主張するが、このような事実を認めるべき証拠はない。
 イ また、原告は、被告においては、社員が立替払分を旅費として申請し被告の承諾のもと埋め合わせをするという慣行ができており、原告もこの慣行に従って立替払分の埋め合わせをしていたと主張して、B証人の陳述書(〈証拠略〉)の記述や法廷での証言、C証人の陳述書(〈証拠略〉)の記述や法廷での証言には、この主張と同趣旨の部分がある。
 しかし、これらの証言等は、裏付けが全くなく(本件において匿名の陳述書の証拠価値は認められない)、同証人らの意見を述べたものにすぎず、そのまま採用することができない。原告が主張するような慣行の存在は認められないし、ましてや、被告は、この慣行が露見しないように、原告に旅費の私的流用の責任を負わせて懲戒解雇処分をすることにしたなどと認めるべき証拠がない。
 ウ したがって、本件懲戒解雇は、原告に弁明の機会が付与されており、手続上の問題がない。
 3 争点についての補足
 なお、原告は、同種事案で出勤停止処分を受けたにすぎない者との取扱いが不公平であり懲戒権の濫用があるなどと主張する。
 しかし、この主張は、原告が旅費の私的流用をしていなかったことを前提にしており(原告準備書面5・23ページ等)、その当否は、結局のところ懲戒事由(私的流用)の存否の問題に帰着する。そして、前記のとおり、原告は、旅費の私的流用をしたというべきであるから、本件懲戒解雇は、懲戒事由の存在が認められる。そうすると、原告の上記主張は失当といわざるを得ず、懲戒権の濫用の有無を独立の争点とする必要がない。
 なお、証拠(〈証拠略〉)によれば、旅費の調査で私的流用の事実が認められた4人(原告を含む)は、いずれも平成20年5月、懲戒解雇処分を受けたことが認められる。