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ID番号 : 08842
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : エス・エー・ディー情報システムズ事件
争点 : ソフトウェア、情報提供サービス会社の元従業員が未払分給与と損害賠償を請求した事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  コンピューターのソフトウェア、情報提供サービス等を業とする会社Yの従業員であったXが、賞与、給与、通勤手当、時間外割増賃金等未払分の支払と、Y社代表者が虚偽の発言を繰り返して賃金支払を引き延ばし、Xの就職先に虚偽の内容のメールを送信してXの名誉を毀損したなどとして損害賠償を請求した事案である。  東京地裁は、まずXの管理監督者該当性について、Xは、品質管理・進捗管理という重要な役割を期待されており、また、他の従業員に比して厚遇を受けていたということはできるが、これらの事情を総合考慮してもなおXが管理監督者に該当するということはできないとしたうえで、未払分の日時・時間を確定し、未払給与等の支払を命じた。また不法行為(賃金未払等、誹謗中傷)については、Y社代表者が、害意をもってL社関係者にメールを送信したこと、また、同メールの記載内容が、L社に再就職したXにとってその信用ないし社会的評価を毀損するものであることは明らかであるというべきであり、Xに対して事前に事実関係を確認することもしないまま、上記内容を含むメールをL社の関係者に転送するという行為は、不法行為(名誉毀損)としての違法評価を免れ得ないものであるして、慰謝料の支払も認めた。
参照法条 : 労働基準法41条1項2号
民法709条
民法710条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
雑則(民事) /付加金 /付加金
労働時間(民事) /労働時間・休憩・休日の適用除外 /管理監督者
裁判年月日 : 2011年3月9日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)36218
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1030号27頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
〔労働時間(民事)‐労働時間・休憩・休日の適用除外‐管理監督者〕
 (2) 上述した視点から、原告が管理監督者(労働基準法41条2号)に該当するか否かについて以下検討する。
 ア 原告の職務内容、権限・責任等〔中略〕
 (イ) 上記認定に基づき、原告の職務内容、権限・責任等について検討するに、原告は、本件A社業務のいわば危機的状況を打開するために被告に入社したのであり、本件A社業務の立上げ等に関与していたわけではない(例えば、被告代表乙山は「このプロジェクトに関しては火消しとして入ってくださいよと、最初に頼んだんです。」等と供述している〔被告代表者乙山〕。)。さらに、本件A社業務ではなく、被告の会社組織(第1SI事業部又は第2SI事業部)という観点から検討するに、原告の被告内部における権限ないし責任の有無・具体的内容は明らかではないといわざるを得ない。
 この点、A社の関係者が作成した文書(〈証拠略〉)には、「業務系リーダ」(プロジェクトマネージャ)として、原告及びBが記載されており、また、A社の関係者が作成したメール(〈証拠略〉)の文面(例えば、「甲野さんについて 業務製造グループ(C系)のリーダーとして専念していただく。グループの作業計画、進捗、品質の統括管理 設計とのつなぎ、コミュニケーション、作業推進」「プロジェクトとしての甲野さんの位置はタイミングによって共通系が主であったり業務系が主であったりするが、S&D社内部体制としては両方を統括的に甲野さんが管理し、全体把握・調整を行う。A社からの第一窓口は甲野さんという認識で進めることとする。」等の記載部分)にかんがみると、原告は、本件A社業務において、単なる一部分を担当するというよりは、品質管理及び進捗管理(業務遅滞の軽減ないし解消)という観点から、調整ないし統括としての役割をA社から期待されていたものと解される。しかしながら、原告が被告に入社した前記経緯にかんがみれば、これらの事情は、(被告におけるプロジェクトの一つである)本件A社業務における原告の役割に関するものにすぎず、原告の管理監督者性を直ちに基礎付けるものであるとはいい難い。
 なお、被告は、原告が機密事項等に接していた旨主張するが、プロジェクトマネージャとしての関与を超えて、他の従業員が接することができない機密事項等に接していたことを認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 イ 原告の労務管理への関与の実態等〔中略〕
 上記認定に基づき検討するに、原告は、従業員の労務管理の一部分(本件月間実績報告書の点検及び確認)を担当してはいるものの、従業員の出退勤の管理自体は、従業員自身の申告(メール送信)によって行われている。そして、前記検討のとおり、本件A社業務は、品質低下及び業務遅滞を軽減ないし解消しなければならない状況にあったこと、原告は、本件A社業務に途中から関与したこと、原告についても本件月間実績報告書が作成され管理されていたことを併せ考えると、原告が従業員の労務管理において広範な裁量権を有していたとは解し難く、被告の従業員の自己申告を取りまとめたもの(本件月間実績報告書)を形式的に点検・確認していたのが実情であったと解される。
 これら検討にかんがみると、原告が従業員の労務管理の一部分を担当していたことが、管理監督者性を基礎付ける重要な事情であるとまではいい難い。
 ウ 原告の勤務態様等〔中略〕
 (イ) 原告は、原告にはフレックス制度の適用があった旨主張しているが、これを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、訴状において、「フレックスタイムに準じた形態での就労」などと記載しており、原告による上記主張は、出勤時間の柔軟な調整が可能であったという事実を指摘するものにすぎないと解される。
 エ 原告の待遇について
 (ア) 上記検討のとおり、本件労働契約における月額賃金は、〈1〉基本給30万円、〈2〉職務手当12万5000円、〈3〉住宅手当2万円及び〈4〉食事手当5000円の合計45万円であるところ、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、B、C及び原告以外の従業員については、「職務手当」は支給されていなかったものと認められ、原告は、他の従業員(就業規則は、通常「主任手当」1万円の支給を予定している。)に比べて、相応の厚遇を受けていたということができる。
 (イ) しかしながら、前記検討のとおり、原告は、被告代表乙山の要望を受けて、本件A社業務の品質低下・業務遅滞を解消ないし軽減するために被告に入社したという経緯があること、被告が原告に対し、時間外割増賃金は発生しない(職務手当は管理監督者としての待遇である)旨の説明を行った事実は認められないこと、前記検討のとおり、被告は、A社に対し、本件月間実績報告書に基づき、超過分(時間外労働分)の請求ないし調整を行っていたこと(なお、被告は、プロジェクトマネージャの単価が90万円であると主張しているところ、時間外割増賃金を考慮しても、〔A社から超過分の手当がされなかったと仮定しても、〕賃金額は、上記単価の範囲内に収まると考えられる。)、証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前職(年俸711万円)において、別途、時間外割増賃金の支払を受けていたと認められることを総合考慮すると、本件労働契約による原告の待遇が、管理監督者該当性を直ちに基礎付けるということはできない。
 (3) 上記(2)ア~エにおける検討によれば、原告は、本件A社業務において品質管理・進捗管理という重要な役割を期待されており、また、他の従業員に比して厚遇を受けていたということはできるが、これらの事情を総合考慮してもなお原告が管理監督者(労働基準法41条2号)に該当するということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 (4) 原告は、被告に対して付加金の支払を請求しているところ、付加金は、労働基準法37条等の規定に違反して賃金を支払わない使用者に対して、裁判所が支払を命ずるものである(同法114条)。原告は時間外割増賃金と同額の付加金の支払を求めていること、原告の勤務状況、後述する被告による賃金不払の状況、本件訴訟に至る経緯等を総合考慮すると、被告に対しては、時間外割増賃金として認めた金額(141万0630円)と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である(ただし、付加金に係る遅延損害金の起算日は、判決確定日の翌日と解すべきである。)。〔中略〕
 5 争点5(被告による不法行為〔〈1〉賃金未払等、〈2〉原告への誹謗中傷〕の成否)について
 (1) 原告が主張する不法行為のうち、賃金不払等の点について、まず検討するに、使用者が労働者に対して賃金等を支払わない場合については、使用者が賃金等の支払義務を負担しており、労働者も賃金等を請求することができること等にかんがみると、特段の事情がない限り、同不払の事実自体から、直ちに使用者による不法行為が成立するということはできないというべきである。本件においても、証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告から複数回にわたって、未払賃金の支払を求められたにもかかわらず、これを支払っていなかったことが認められるものの、賃金不払が独立の不法行為を構成すること(未払賃金の支払を命ずることによって慰謝されない損害が発生したこと)を認めるに足りる証拠はない。
 なお、前掲各証拠等によれば、原告は、被告代表乙山の強い要求を受けて、平成21年2月10日、大阪のD社に行ったこと、D社は、同日、被告に対し、本件ダイヤ関連業務に係る契約解除を通告したこと、原告は、同日、被告代表乙山に対し、被告を退職する旨の意思表示をしたが、所持金が数百円であり、その夜は野宿しなければならない状況であったこと、被告の賃金不払は原告の新婚生活にも悪影響を与えたことがそれぞれ認められ、原告にとって過酷な状況であったことは推測される。しかしながら、被告がこのような状況を意図的に作出したものとまでは認められず(なお、証拠〔〈証拠略〉〕によれば、原告は、同日、退職の意思表示をした後、被告代表乙山から繰り返し電話がかかってきたが、この電話に対応しなかったものと認められる。)、これらの事情を踏まえても、被告による賃金不払が独立の不法行為を構成するものと解することはできない。〔中略〕
 (3) 上記認定によれば、被告代表乙山は、平成21年2月11日時点において、D社に対して謝罪の意を表すとともに、本件ダイヤ関連業務への支障を回避するため、原告とD社が直接労働契約を締結すること、関連するプログラムを提供すること等に言及しており、そうである以上、D社が被告に対して契約解除を告知した後、原告がD社に再就職したこと等によって、被告が何らかの損害を被ったとは解し難い(これを認めるに足りる事実ないし証拠もない。)。そして、被告代表乙山は、原告がD社に再就職したことを認識しながら、原告に事前の事実確認等をすることなく、あえて、上記エの内容を含む本件メールを送信したのである。
 以上の事実経緯によれば、被告(被告代表乙山)が、害意をもって、本件メールを原告及びD社の関係者に送信したこと、また、本件メールの記載内容が、D社に再就職した原告にとって、その信用ないし社会的評価を毀損するものであることは、いずれも明らかであるというべきである。
 この点、上記エ(イ)の記載内容については、原告と被告代表者乙山との間において、本件30万円に対する認識の齟齬があった可能性は否定できず、また、被告代表乙山が、被告の元従業員である原告が取引先(D社)に再就職したことにより、被告業務による成果物が利用されているのかなどに関心(疑問)を抱くこと自体は至極自然である。しかしながら、被告が、原告に対し、事前に事実関係を確認することもしないまま、上記内容を含む本件メールをD社の関係者に転送するという行為は、不法行為(名誉毀損)としての違法評価を免れ得ないものであるといわざるを得ない(その他、本件メールの送信行為に係る違法性を阻却すべき事情を認めるに足りる証拠はない。)。
 (4) 原告が本件メールによって被った精神的苦痛を慰謝するには、金20万円が相当であり、また、その1割に相当する金額(2万円)が弁護士費用として相当因果関係のある損害に含まれると解するのが相当である(なお、被告の損害賠償義務は、不法行為の日〔本件メールの送信日〕から遅滞に陥るものの、その遅延損害金は、民事法定利率によるべきである。)。