全 情 報

ID番号 : 08850
事件名 : 損害賠償請求控訴事件、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 : コーセーアールイー事件
争点 : 不動産会社から内々定を取り消された就活大学生が損害賠償金を請求した事案(就活大学生一部勝訴)
事案概要 :  不動産売買等を業とする株式会社Yより内々定を得ていた就活大学生Xが、内々定の取消しは違法であるとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償金を請求した事案の控訴審である。  第一審福岡地裁は、Xの請求の一部(不法行為に基づく慰謝料及び弁護士費用)を認めたため、Yが控訴(Xは附帯控訴)。  第二審福岡高裁は、内々定の合意の実体は、内定までの間に新卒者が他の企業に流れることを防止することを目的とする事実上のものであって、直接的かつ確定的な法的効果を伴わないものであり、Xの請求のうち、労働契約に基づくものは理由がないとした。他方、労働契約締結過程の一方当事者である会社側としては、就活大学生らにつき内々定取消しの可能性がある旨を人事担当者に伝えて、内々定者への対応につき遺漏なきよう期すべきところ、Yはこのような事情を人事担当者に告知せず、このため担当者は従前の計画に基づき本件連絡を行ったもので、このようなYの対応は、労働契約締結過程における信義則に照らし不誠実といわざるを得ないとした。その上で、当事者双方が正式な労働契約締結を目指す上での信義則違反による不法行為に基づく慰謝料請求を認め、原判決が認容した慰謝料額等を本件事実関係に相応した額に変更して請求を一部認めた。
参照法条 : 民法709条
民法710条
民法1条
労働契約法6条
体系項目 : 労働契約(民事) /採用内定 /内々定
裁判年月日 : 2011年2月16日
裁判所名 : 福岡高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ネ)663/平成22(ネ)878
裁判結果 : 原判決変更、附帯控訴棄却
出典 : 労働判例1023号82頁/労働経済判例速報2101号32頁/判例時報2121号137頁/判例タイムズ1363号90頁
審級関係 : 一審/福岡地平成22.6.2/平成21年(ワ)第1737号
評釈論文 : 山本圭子・労働法学研究会報62巻8号24~29頁2011年4月15日
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐採用内定‐内々定〕
 1 当裁判所は、被控訴人の請求は主文の限度で認容すべきものと判断する。その理由は、2のとおり原判決を加除訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
 2(1) 原判決13頁25行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
 「 もっとも、入社承諾書の返送後、被控訴人は、就職活動を終了したことを、Bら控訴人側に明確に伝えてはおらず、また、控訴人から、被控訴人に対し、就職活動を止めるよう求めたこともなかった。そして、本件内々定通知後、同年9月25日ころにBから被控訴人に対し電話連絡をする(下記エ)までの間、説明会への参加要請がなされた(下記ウ)ほかは、控訴人から被控訴人に対し何ら連絡をすることもなく、通例、企業が新卒者の内定後に行うことがある社内報等の送付、近況報告やレポート等の提出、研修等各種行事への参加を求めたこともなかった。」
 (2) 同14頁1行目の「今年度」を「当年度」と改める。
 (3) 同16頁13行目から同17頁8行目までを以下のとおり改める。
 「(2)ア 上記(1)の認定事実によれば、控訴人は、被控訴人に対し、倫理憲章の存在等を理由とし、同年10月1日付けで内定を行うことを前提として、本件内々定通知を発したものであるところ、本件内々定後に具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続等は行われておらず、控訴人が入社承諾書の提出を求めているものの、その内容も、内定の場合に多く見られるように、入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものでもない。
 イ 本件内々定通知及び入社誓約書提出後の控訴人と被控訴人との接触状況をみると、説明会((1)ウ)が1回開催されたほかは、いわゆる入社前教育等は全く行われず、控訴人によって被控訴人が他社への就職活動を制限されることもなかったもので、本件内々定後、控訴人が同社への入社を前提として被控訴人を拘束する関係はうかがわれない。
 ウ 被控訴人は、原審本人尋問において、本件内々定は正式な内定ではないこと、本件内々定を受け取っていても、控訴人から入社を翻意される可能性があることは認識していた旨供述している。
 エ 平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では、複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し、平成20年(平成21年4月入社)の就職活動も、当初は前年度と同様の状況であり、Aを含めて内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかった。被控訴人においても、内々定を受けた複数の企業から就職先を選択する新卒者の存在を認識していた。
 以上によれば、本件内々定は、内定(労働契約に関する確定的な意思の合致があること)とは明らかにその性質を異にするものであって、内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防こうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきである。したがって、控訴人が確定的な採用の意思表示(被控訴人の申込みに対する承諾の意思表示)をしたと解することはできず、また、被控訴人は、これを十分に認識していたといえるから、控訴人及び被控訴人が本件内々定によって労働契約の確定的な拘束関係に入ったとの意識に至っていないことが明らかといえる。本件において、被控訴人主張の始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。
 そうすると、争点(2)について判断するまでもなく、労働契約の成立を前提とする被控訴人の主張は理由がない。」
 (4) 同9行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
 「 上記にみたとおり、本件内々定によって始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえないが、契約当事者は、契約締結のための交渉を開始した時点から信頼関係に立ち、契約締結という共同目的に向かって協力関係にあるから、契約締結に至る過程は契約上の信義則の適用を受けるものと解すべきである。かかる法理は労働契約締結過程においても異ならない。」
 (5) 同15、16行目の「同年9月25日には、」から同17行目までを以下のとおり改める。
 「同年9月25日には、Bから被控訴人及びAに架電した上、同年10月1日の同人らの内定を前提として、採用内定通知書交付の日程調整を行い、その日程を同月2日に決めている(以下、Bの被控訴人に対する上記連絡を「本件連絡」という。)。」
 (6) 同20行目の「採用」を「内定」と改め、「態度を」の次に「同人らに対し」と加え、同26行目から同18頁1行目の「行っているところ、」までを以下のとおり改める。
 「 それにもかかわらず、控訴人は、本件連絡からわずか5日後で、採用内定書交付予定日の2日前の同月30日ころ、突然、本件取消通知を被控訴人に送付し、本件内々定取消しを行っている。控訴人は、同取消しは、急激な景気悪化に伴う収益の落ち込み等によってやむを得ず行ったものであると主張するが、前記認定(1(1)エ)によれば、遅くとも平成20年8月ころには、取締役会等において、新卒者の採用見直しを含めた更なる経営改善策が検討されており、他方、本件連絡の前後で経営環境が激変したとも認め難いところである。かかる事情からすれば、本件連絡の当時、控訴人において、被控訴人らの採用内定の可否につき検討が行われており、内々定を取り消す可能性があることも十分認識されていたものと認められる。
 このような事情の下、労働契約締結過程の一方当事者である控訴人としては、被控訴人らにつき内々定取消しの可能性がある旨を人事担当者であるBに伝えて、被控訴人ら内々定者への対応につき遺漏なきよう期すべきものといえるところ、控訴人は、かかる事情をBに告知せず、このため同人において従前の計画に基づき本件連絡をなしたもので、かかる控訴人の対応は、労働契約締結過程における信義則に照らし不誠実といわざるを得ない。〔中略〕
 第4 結論
 よって、本件における内々定の合意の実体は、内定までの間に企業が新卒者が他の企業に流れることを防止することを目的とする事実上のものであって、直接的かつ確定的な法的効果を伴わないものである。したがって、被控訴人の請求のうち、労働契約に基づくものは理由がないが、当事者双方が正式な労働契約締結を目指す上での信義則違反による不法行為に基づく慰謝料請求は理由がある。そこで、原判決が認容した慰謝料額等を本件における事実関係に相応した額に変更することとして、主文のとおり判決する。