全 情 報

ID番号 : 08853
事件名 : 残業代請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人関西学園(寮監・仮眠時間)事件
争点 : 学校法人を解雇された常勤講師兼寮監が時間外、休日、深夜割増賃金等の支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  学校法人Yの常勤講師として雇用され、後に常勤講師兼寮監となった労働者Xが、Yを解雇されたのを受けて時間外、休日及び深夜の割増賃金及び付加金の支払を求めた事案である。  岡山地裁は、まず1か月単位の変形労働時間制について、就業規則においては個別に定める旨が定められているのみであり、具体的勤務割である個人別勤務表が作成されていたとしても、就業規則による各週、各日の所定労働時間の特定がされていると評価することはおよそできず、結局、変形労働時間制を適用する要件を満たしていないとした。その上で、仮眠時間が労基法上の労働時間に該当するか否かについて、寮監の業務実態として仮眠時間が全体として労働からの解放が保障されているとはいえないから労基法上の労働時間に当たるとし、また労働契約において仮眠時間に対する賃金支払をしないものと認識されていたとも認定し得ないし、仮にそうだとしても労基法13条は、同法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効としているとして、時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金の支払義務を認めた。一方、付加金については、割増賃金の不払によりXが受けた不利益の程度は必ずしも大きくなく、また割増賃金を支払わなかった態様が悪質でもなかったとして棄却した。
参照法条 : 労働基準法32条の2
労働基準法37条
労働基準法114条
体系項目 : 雑則(民事) /付加金 /付加金
労働時間(民事) /労働時間・休憩・休日の適用除外 /管理監督者
賃金(民事) /割増賃金 /支払い義務
裁判年月日 : 2011年2月14日
裁判所名 : 岡山地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)1446
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1033号89頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
〔労働時間(民事)‐労働時間・休憩・休日の適用除外‐管理監督者〕
〔賃金(民事)‐割増賃金‐支払い義務〕
 1 争点1(変形労働時間制の適用の有無)について
 被告は、原告については、本件就業規則第8条の定め及び個人別勤務表により1か月を通じての変形労働時間制が適用されていたと主張するので、この点について検討する。
 労基法32条の2の定める1箇月単位の変形労働時間制は、使用者が、労働者の過半数で組織する労働組合等との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、1箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間を、又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があるものと解される。
 しかるに、前記争いのない事実等によれば、本件就業規則においては、寮監の勤務時間については変形労働時間制とし個別に定める旨が定められているにとどまるところ、そのような定めをもって直ちに変形労働時間制を適用する要件が具備されているものと解することは相当ではない。もっとも、前記争いのない事実等によれば、被告においては、具体的勤務割である個人別勤務表が作成されていたというのであるが、そうだとしても、本件就業規則には、単位期間及びその起算日の定めすらなく、また、作成される個人別勤務表の内容、作成時期や作成手続等に関する定めすらないのであるから、本件就業規則による各週、各日の所定労働時間の特定がされていると評価することはおよそできないのであって、個人別勤務表の作成によって変形労働時間制を適用する要件が具備されていたとみることもできず、結局、原告について変形労働時間制を適用する要件が具備されているものと解することはできない。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
 2 争点2(本件仮眠時間が労基法上の労働時間に該当するか否か)について〔中略〕
 (2) 判断
 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(最高裁平成9年(オ)第608号、第609号同14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。
 そこで、本件仮眠時間についてみるに、上記認定事実によれば、原告は、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、寮監部屋における在室と寮生からの病気・けがの訴え、天災や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、原告は、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて被告の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである。
 3 争点3(本件労働契約において本件仮眠時間に対する賃金支払をしないものとされていたか)について
 被告は、本件労働契約においては、本件仮眠時間に対しては賃金を支給しないものとされていたと主張し、原告以外の寮監作成の本件仮眠時間は労働時間に当たらず割増賃金を請求できないと認識している旨の確認書(〈証拠略〉)を提出するが、労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当であり、原告以外の寮監が本件仮眠時間は労働時間に当たらず割増賃金を請求できないと認識しているとしても、そのことをもって直ちに当該労働契約において本件仮眠時間に対する賃金支払をしないものとされていると解することは相当とはいえない。そして、他に被告と原告との本件労働契約において本件仮眠時間に対して賃金を支給しないものとされていたことを認めるに足りる証拠はない。
 のみならず、仮に被告の主張事実が認められるとしても、労基法13条は、労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とし、無効となった部分は労基法で定める基準によることとし、労基法37条は、法定時間外労働、法定休日労働及び深夜労働に対して使用者は同条所定の割増賃金を支払うべきことを定めている。したがって、本件労働契約において本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について時間外勤務手当、休日勤務手当、深夜就業手当を支払うことを定めていないとしても、本件仮眠時間が労基法上の労働時間と評価される以上、被告は本件仮眠時間について労基法13条、37条に基づいて時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金を支払うべき義務があり、被告の主張はそれ自体失当というほかない。
 また、被告の上記主張は、原告の基本給には、時間外、休日及び深夜の割増賃金に当たる分も含まれているから、原告の請求に係る割増賃金は既に支払済みである旨の主張であると解する余地もあるところ、確かに、原告の寮監という職務内容に照らせば、原告の基本給に対応する労働には、時間外、休日及び深夜の各労働がそもそも予定されていたとみる余地もないではないが、他方で、〈1〉本件就業規則においてその旨を明示する記載はないこと、〈2〉本件就業規則には原告が1か月にどの程度の泊まり勤務をすべきかについての規定もないこと、したがって基本給のうち通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外、休日及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことなどに照らせば、原告の基本給に時間外、休日及び深夜の割増賃金に当たる分も含まれていると解することもできない。〔中略〕
 5 付加金について
 前記争いのない事実等、認定事実に加え、証拠(〈証拠略〉、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉本件仮眠時間の労働密度は必ずしも高くないこと、〈2〉寮監の給料表は教員のそれと同一のものであり、寮監の基本給自体が相当程度高額に設定されていること、〈3〉被告は就業規則に不十分ながらも変形労働時間制に関する定めを設けていることが認められ、これらの事情によれば、本件仮眠時間に対する割増賃金の不払により原告が受けた不利益の程度は必ずしも大きくなく、他方で、被告としては、基本給に割増賃金を組み込んで支給しているとの認識を有したり、原告に変形労働時間制の適用があるとの認識を有したりしていたことにも一定の根拠があり、被告が割増賃金を支払わなかった態様が悪質であるとまではいえないから、本件においては、被告に対し付加金という制裁を課すことが相当でない特段の事情がある。
 したがって、被告に対し、労基法114条に基づく付加金の支払を命ずることはしないこととする。