全 情 報

ID番号 : 08865
事件名 : 労災保険休業補償給付不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : さいたま労働基準監督署長事件
争点 : 県や市登録手話通訳業務従事者が頸肩腕症候群による休業補償不支給処分の取消しを求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 :  社会福祉協議会等の要請により県や市の手話通訳業務等に従事していたXが、頸肩腕症候群による休業について休業補償給付を請求したところ、不支給処分を受けため、その取消しを求めた事案である。  東京地裁は、手話通訳業務について、社会福祉協議会臨時職員としてのXの業務のうち手話通訳業務が上肢に過度の負担のかかる業務であるとは認められるものの、手話通訳に従事した時間は、最大でも平成14年7月の18時間25分(10日間)、1日平均1時間50分であり、発症が、上肢に過度の負担のかかる作業態様に内在する危険の現実化と評価することは困難であり、結局、社会福祉協議会臨時職員としての業務と本件傷病との間に業務起因性があるとは認められないとした。また、Xは障害者交流センターの臨時職員としても勤務し、手話通訳業務に従事したことが認められるが、障害交流センター臨時職員としての業務についても、本件傷病の発症時期と合わせて検討すると業務起因性があるとは認められないとし、このことから本件処分に違法はなく、Xの請求には理由がないとして棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法14条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /補償内容・保険給付
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
裁判年月日 : 2011年1月20日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(行ウ)595
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2104号15頁
審級関係 :
評釈論文 : 夏井高人・判例地方自治343号97~99頁2011年7月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐補償内容・保険給付〕
〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
 (3) 検討
 ア 上述のA医師の診断によれば、原告には、平成14年11月時点で、頸肩腕症候群の症状、所見があり、頸椎椎間板症等の頸椎疾患は診察と経過観察の結果から否定でき、他に鑑別すべき疾患がなかったことから、原告の傷病名を頸肩腕症候群と診断したものである。上述のとおり、B医師は、原告の本件傷病を頸肩腕症候群と断定することに疑問を挟んでいるが、実際に原告を診察しているA医師が、最新の知見である日本産業衛生学会頸肩腕障害研究会のガイドラインに基づいて達した上記の診断を覆すだけの根拠はないといわなければならない。
 以上によれば、本件傷病は頸肩腕症候群であり、発症日は平成14年8月ころと認めるのが相当である。
 イ 原告が社会福祉協議会臨時職員として従事した業務の作業態様に、別表(略)3号の4に定める上肢に過度の負担のかかる業務による頸肩腕症候群に関して内在する危険があったか、本件傷病の発症が、その危険が現実化したものと評価し得るかを検討する。
 上記業務のうち、手話通訳業務は、上肢の挙上保持と反復動作の多い作業であり、また、他律的な作業ペースで行われるものであり、迅速かつ正確な判断を必要とするために過度の緊張を伴う作業であると認められるから、上肢に過度の負担のかかる業務として、作業態様に内在する危険があったというべきである。もっとも、以下の点を考慮すると、本件傷病の業務起因性(相当因果関係)を認定するのは困難といわなければならない。
 第1に、原告が手話通訳業務に従事した日数及び時間からすると、本件傷病の発症が手話通訳業務に内在する危険の現実化したものとは評価し難いというべきである。本件傷病を発症した平成14年8月以前に、原告が社会福祉協議会臨時職員の業務として手話通訳に従事した時間は、最大でも平成14年7月の18時間25分(10日間)、1日平均手話通訳時間は1時間50分である。上述のとおり、手話通訳が上肢に過度の負担のかかる業務であるとしても、本件傷病の発症の原因を、1日につき2時間未満の手話通訳業務を3日に1日程度の割合で行ったことのみで説明するのは困難と言わざるを得ない。もとより、手話通訳の内容が医療関係等の重要な案件が多く、緊急性の高い通訳依頼があり、不自然な態勢で行わざるを得ない電話通訳が1週間に2~3回程度あった等の事情を考慮しても、上記の日数、時間数の手話通訳により本件傷病が発症したものと評価することはできない。上記認定事実のとおり、A医師も、一般論として、ある程度の訓練ができており、頸肩腕症候群に罹患したことがなければ、1日平均2時間、週3回程度の手話業務で頸肩腕症候群に罹患することはないと考えられる旨の上記判断に沿う意見を述べているところである。
 第2に、原告は、コーディネイト業務の精神的負担が大きかった旨主張するが、そもそもコーディネイト業務は、上肢に過度の負担のかかる業務として、業務に内在する本件傷病発症の危険があるとは評価し得ないものである。また、上肢に過度の負担のかかる業務とは別の業務による一般的な精神的負担、疲労が、上肢に過度の負担のかかる業務による上肢障害の促進要因となるものと認めるに足りる証拠はない。
 ウ 以上のとおり、本件傷病は、平成14年8月ころに発症した頸肩腕症候群であると認められ、社会福祉協議会臨時職員としての原告の業務のうち手話通訳業務が上肢に過度の負担のかかる業務であるとは認められるものの、本件傷病の発症が、上肢に過度の負担のかかる作業態様に内在する危険の現実化と評価することは困難であり、結局、社会福祉協議会臨時職員としての業務と本件傷病との間に業務起因性があるとは認められない。
 4 障害者交流センター臨時職員の業務について
 原告は、平成14年1月10日~3月29日の間、障害者交流センターの臨時職員として勤務し、手話通訳業務にも従事したことが認められるが、原告が本件傷病を発症したのが同年8月ころであることからすると、障害者交流センター臨時職員としての業務と本件傷病との間に業務起因性があるとは認められないというべきである。