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ID番号 : 08872
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人M学園
争点 : 説明と異なる労働契約書への不署名を理由に医科系専門学校から解雇された者が損害賠償を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 医科系専門学校Yに視能訓練士科教員として採用されたXが、採用条件と異なる労働契約書に署名をしなかったことを理由に解雇されたのは違法であり、損害を被ったとして不法行為による損害賠償を請求した事案である。 東京地裁は、まず労働契約の成否について、労働契約書が作成されていないことから労働契約は成立していない旨のYの主張を斥け、事務長Aから説明を受けた労働条件によってXは稼働し、これにYが相当賃金を支払っていることから労働契約が成立していたと認定した。次に解雇の適法性について、本件解雇は、試用期間中にYが留保していた解約権を行使したものとみることができるとした上で、留保解約権の行使も、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるとし、Xが現に稼動し、これにYが給与を支払っていた経緯に照らせば、Xが署名に応じないとみるや、用意させていた解雇予告通知書を交付している経緯に照らし、解雇は早急に過ぎたものと評価せざるを得ず、また、Xが契約書への署名を拒んだ理由が賃金という労働契約の基本的要素に係る問題に出でたものであったことにも照らすと、解雇が、客観的・合理的な理由があり、社会通念上相当として是認され得るものとみることは困難であるとした。その上で、不法行為に基づき損害賠償と遅延損害を認めたが、慰謝料については固有の精神的損害はないとして棄却した。
参照法条 : 民法709条
労働契約法16条
体系項目 : 解雇(民事) /解雇事由 /労働契約書への不署名
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2012年7月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)12595
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働経済判例速報2154号18頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇事由‐労働契約書への不署名〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 2 そこで、以上の認定事実を踏まえ、責任原因の有無につき、以下、検討する。
 (1) 労働契約の成否について
 前記認定事実によれば、被告は、採用面接を経て原告を採用することとし(前記1(1)ア、イ)、原告の労働条件につき、少なくとも前記(1)ウのとおりとなることを説明した後(同ア、ウ)、平成22年10月25日以降、原告を視能訓練士科教員として実際に稼働させてその労務提供を受け(同ウ、カ)、かつ、平成23年1月分に至るまで、その間の労務提供に対する賃金を支払っている(同ク)。そして、被告作成に係る採用証明書(書証略)においても原告を平成22年10月25日雇い入れたとする記載があるほか、被告は、原告について、雇用関係のあるものについてされるべき解雇をしている(同カ)。
 してみると、原被告間において労働契約書が最終的には作成されるには至らなかったものの(同カ)、原被告間において、少なくとも前記(1)ウの労働条件によって原告が稼働し、これに対して被告が相当賃金を支払うとの労働契約が成立していたものとみるのが相当である。この点、被告は、労働契約書が作成されていないことを指摘して労働契約は結ばれていない旨主張するが、上記判示の点に照らすと、上記限度では労働契約は成立していたものと認めるのが相当であり、これに反する被告の主張は採用することができない。
 (2) 本件解雇の適法性について
 ア 前記認定事実によれば、被告は、試用期間中である原告に対し、本件規定に該当するとして、解雇予告通知書(書証略)を交付することにより原告を解雇する旨の意思を表示している(前記1(1)カ、(2)イ)。前記前提事実(2)記載のとおり、被告の就業規則には本件規定があるところ、被告の上記所為は、試用期間中、使用者たる被告が本件規定に基づき留保していた解約権を行使する趣旨に出たものとみることができ、かかる認定を左右するに足る証拠はない。
 イ もっとも、留保解約権の行使も、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解される。
 そこで、これを本件につきみるに、原被告間で、原告の稼働に際し、少なくとも前記1(1)ウの労働条件によって原告が稼働し、これに対して被告が同記載のとおり賃金を支払う旨合意をみていたとみることができることは前記説示のとおりである。
 しかるところ、被告が提示した契約書案(書証略)では、平成23年1月24日までを試用期間とする旨の記載はあるものの(第2条3項)、労働契約の期間について期間を定めないものとしており(同条1項)、賃金の額について試用期間中の賃金額である月給30万円とするのみで(第7条)、試用期間経過後の賃金について特段の条項が置かれているわけでもない(同エ)。これによれば、原被告間の労働契約は、原被告間で新たに別途、労働契約書を作成しない限りは試用期間経過後の賃金額についても引き続き30万円とするものとして効力を有することになるとみることのできるものであったということができるであって、この点において、原告がCから重ねて受けていた労働条件に関する説明(同ウ(ア))と沿わない点があったといわざるを得ない。
 しかるところ、原告がこれを問題視する見地から同オ記載のとおり訂正を求めたのに対し、Cは、試用期間が明記されているから上記賃金額が試用期間中のものであることは自ずと判断できる、みんなそれでやっているなどとしてこれに応じず(同オ)、原告の申出を踏まえて真摯に契約書案の意味合い・内容の検討をし、あるいはしようとした形跡も窺われない。かえって、平成22年12月13日、原告が署名に応じないとみるや、用意させていた解雇予告通知書を交付している(同カ)。
 以上の点に照らすと、上記解雇予告通知書に基づく解雇は、上記認定の経緯に照らし、早急に過ぎたものと評価せざるを得ないところであって、かつまた、原告が署名を拒んだのは、原被告間の賃金という労働契約の基本的要素に係る問題に出でたものであったことにも照らすと、上記解雇が、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得るものとみることは困難というべきである(なお、被告は、解雇に値する事由として前記第2、3(2)オのとおり原告の勤務態度や言動等があったなどとも主張するが、かかる事実自体認めるに足らないことは前記1(2)アのとおりである上、かかる事実が解雇理由である旨の告知をした経過もないことは被告自身も自認するところである。いずれにしても、かかる被告主張から上記解雇が社会通念上相当として是認され得るものとみることは困難である。)。
 そして、以上の点に照らすと、少なくとも被告に過失があったものと見ざるを得ない。
 してみると、他に的確な指摘のない本件においては、被告は、不法行為に基づき、これによって原告に生じた損害を賠償すべき責があると認めるのが相当である。