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ID番号 : 08879
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : Y社事件
争点 : 飲食店経営会社から自宅待機命令、賃金一部不払いを受けた社員が所定の賃金等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 飲食店、キャバクラ等を経営する会社Yから自宅待機を命じられ、賃金の6割相当額のみ支給されるようになった監査担当社員Xが、賃金請求権に基づく所定賃金と既支給済額との差額(将来分を含む)の支払いを求めるとともに、Yの自宅待機命令が不法行為に当たるとして、損害賠償等を請求した事案である。 大阪地裁は、Yは、本件自宅待機命令は、法務の即戦力として採用した原告の知識・能力不足により、遂行可能な業務が見当らないことから、Yの業務上の不利益を防止すべく、やむなく発したものである旨主張するが、まず自宅待機命令がやむを得ないものであったかどうかについて、遂行可能な業務がないということもできずそれ以外の対応策も考えられ、自宅待機命令を発して労務提供の受領を拒絶したことに正当な理由はないことから、Yの責めに帰すべき事由によって雇用契約に基づく労務を提供することができなかったというべきであるとして、Xは自宅待機命令期間中の賃金請求権を失わないとした(遅延損害金も認容)。一方、Xに精神的苦痛が生じたとしても、それは未払賃金及び遅延損害金の支払いを受けることで基本的には慰謝されるというべきであり、仮にXが不払による生存の危機に陥いる恐れがあったとしても、賃金一部不払いが始まって1年以上経過するのにもかかわらず、この間賃金仮払仮処分等なんら手立てを講じなかったことからすれば、そのことをYの行為と相当因果関係のある損害であるということはできないとして、不法行為を前提とする慰謝料等の請求を斥けた。
参照法条 : 民法536条2項
民法709条
労働基準法26条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /自宅待機命令・出勤停止命令
裁判年月日 : 2012年4月26日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)8605
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働経済判例速報2147号24頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐自宅待機命令・出勤停止命令〕
 2 争点(1)について
 労働者が雇用契約に基づく労務を提供した場合に賃金請求権を有することはもちろん、労務を提供しなかったとしても、使用者側の責に帰すべき事由による履行不能の場合は、賃金請求権を失わない(民法536条2項)。
 被告は、原告が、雇用契約の本旨に従った労務を提供していないので、賃金請求権を有しないと主張するが、原告が労務を提供していないのは、本件自宅待機命令を発せられたためであるから、この間の賃金請求権の有無は、つまるところ、本件自宅待機命令を発したことが被告の責めに帰すべき事由によるものか否かによって決せられる。
 被告は、本件自宅待機命令は、法務の即戦力として採用した原告の知識・能力不足により、遂行可能な業務が見当たらないことから、被告の業務上の不利益を防止すべく、やむなく発したものである旨主張する。確かに、労働者の労務提供が、雇用契約に基づく債務の本旨に従った履行の提供といえない場合には、使用者が自宅待機を命じて労務提供の受領を拒絶し得る場合も考えられる。そして、原告が作成した文書を見ると、法務の専門知識を期待される労働者のものとしては高い評価に値するものではないし、専門性以前に業務上の文書作成の基礎的能力にも欠ける面も窺われるが(書証略)、さりとて、これを雇用契約の本旨に従った労務の提供でないとまで評価するのは、極端な見方であると言うほかない。加えて、配置転換により単純で対内的な業務に従事させること等により、被告の業務上の不利益を防止することも可能であるから、自宅待機を命ずる以外の対応策も考えられ、遂行可能な業務がないということもできない。
 そうすると、被告が本件自宅待機命令を発して労務提供の受領を拒絶したことに正当な理由があるということはできず、被告の責めに帰すべき事由によって、原告は雇用契約に基づく労務を提供することができなかったというべきであるから、原告は、本件自宅待機命令期間中の賃金請求権を失わない。
 3 争点(2)について
 賃金不払によって、労働者に精神的苦痛が生じたとしても、未払賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を受けることで、基本的に慰謝されるというべきである。
 原告は、本件自宅待機命令により、毎月7万円を割り込む金額しか支払を受けることができず、生存の危機に陥ったとして、その精神的苦痛に対する慰謝料を請求する。しかし、被告に違法な賃金不払があっても、原告は賃金請求権を失わないし、不払により生存の危機に陥る恐れがある場合には、賃金仮払仮処分の方法も存在するところ、原告は、組合交渉を通じて被告に対し賃金の一部不払の不当性を主張しながら(書証略)、かかる措置を講じることのないまま本件訴訟を提起し、本件自宅待機命令から1年以上を経過していることからすると、原告が本件自宅待機命令に伴う賃金一部不払により、生存の危機に陥った精神的苦痛があるとしても、それを被告の行為と相当因果関係のある損害であるということはできない。
 そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、争点(2)に関する原告の主張は理由がない。
 4 結論
 以上によれば、本件自宅待機命令以後、原告が被告から支給された金額と所定の賃金額との差額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める請求は、既に支払日が到来している分はもちろん、一部不払の継続状況に照らせば、本判決確定日までの将来分請求についても、理由がある。一方、被告の本件自宅待機命令及びその後の賃金一部不払が不法行為であることを前提にする慰謝料請求及び弁護士費用相当額の損害賠償請求は、理由がない。