ID番号 | : | 08895 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件(45043号、45262号)、損害賠償請求事件(1582号) |
いわゆる事件名 | : | ヒューマントラスト(懲戒解雇)事件 |
争点 | : | 派遣会社取締役兼従業員が競業へ機密を漏洩したとして為された解雇の無効と地位確認を求めた事案(労働者敗訴) |
事案概要 | : | 労働者派遣事業会社Yにより、無断で競業会社の情報システム構築等の支援を行い会社の機密情報等を不正に社外に持ち出したとして懲戒解雇されたXが、地位確認、賃金、慰謝料を求め、また、経営者には暴行・不法侵入・監禁などを理由に慰謝料を求めた事案である。 東京地裁は、Xは、競業会社がYのSS業務を派遣スタッフごと引き抜く計画であることを承知しており、これを容易にするため積極的に援助していたことが強く推認され、そして、Yに無断で半年間にわたり継続的に競業他社のシステム構築を支援していたのであり、直前までグループ会社の取締役であったことも合わせればその背信性は著しいとした。加えて、本件システムのC社への販売、システム構築への従事及びネットワーク機器の手配、機密情報の持ち出しによりYに多大な損害を与え、また、Yによる調査になかなか協力しようとせず、警察に複数回通報して妨害した等により、転籍間もなく、他に懲戒歴などもないこと等の事情を勘案しても、解雇を選択することもやむなしとして、懲戒解雇事由は正当であり、手続的な正当性も具備された有効なものというべきとして、Xの請求を棄却した(当然に慰謝料請求も棄却)。一方、解雇前にXに対してなされた大幅な賃金の引下げは、人事異動に伴う賃金変動として合理性が認められる範囲をはるかに逸脱しており、労働者である原告の個別の合意がなければ無効というべきとして、差額の支給を命じた。なお、経営者の不法行為については、いずれもその事実がなかったとして否認した。 |
参照法条 | : | 不正競争防止法21条1項2号ロ 民法715条 民法536条2項 民法709条 |
体系項目 | : | 懲戒・懲戒解雇
/懲戒事由
/二重就職・競業避止 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求 賃金(民事) /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 |
裁判年月日 | : | 2012年3月13日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成21(ワ)45043/平成21(ワ)45262/平成22(ワ)1582 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(45043号、45262号)、棄却(1582号) |
出典 | : | 労働判例1050号48頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐二重就職・競業避止〕 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕 2 本件懲戒解雇事由の存否(争点(1))について〔中略〕 (5) 以上によれば、被告が主張する本件懲戒解雇事由のうち、〈1〉本件システムのC社への販売、〈2〉C社のシステム構築への従事及びネットワーク関連機器の手配、〈3〉会社機密情報の持ち出し並びに〈5〉〈1〉及び〈2〉により本件造反を容易にし、被告会社に重大な損害を与えたことについては、客観的にその事実の存在が認められ、いずれも、就業規則70条に定める懲戒事由にあたるといえる。 3 弁明の機会付与の有無(争点(2))について〔中略〕 (4) 他方、本件全証拠を総合しても、被告会社が、平成21年7月22日に本件懲戒解雇の意思表示が原告に到達する前に、データの持出しが懲戒解雇事由となりうる旨を教示したうえでその弁解の機会を与えた、または原告が実質的な弁解を行った事実を認めることはできない。 したがって、本件懲戒解雇事由〈3〉については、弁明の機会が与えられたとはいえないから、これを懲戒解雇の理由とすることは相当ではないというべきである。 4 懲戒権濫用の有無(争点(3))について (1) 懲戒解雇は、企業秩序維持違反行為に対する制裁として労働者を企業外に排除する処分であるから、懲戒当時使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情がない限り、当該懲戒の理由とされたものではないことが明らかというべきであり、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできない(最高裁第一小法廷平成8年9月26日判決最高裁判所裁判集民事180号473頁・山口観光事件)。そして、使用者側が懲戒当時に存在を認識しながら懲戒理由として表示しなかった非違行為についても、それが、懲戒理由とされた他の非違行為と密接に関連した同種の非違行為であるなどの特段の事情がない限り、使用者側があえて懲戒理由から外したこと(当該懲戒の理由とされたものではないこと)が明らかであるから、使用者側が後にこれを懲戒事由として主張することはできないというべきである。 (2) 本件懲戒解雇事由〈1〉については、平成21年7月14日付けの懲戒解雇通知(〈証拠略〉)、同月29日付けの解雇理由通知(〈証拠略〉)及び懲罰委員会議事録(〈証拠略〉)のいずれにも記載がない。本件システムの販売自体は、当時から被告会社も認識していたにもかかわらず除かれていること、懲戒理由とされた他の非違行為とは時期が離れており、密接に関連した同種の非違行為とはいえないこと等からすれば、被告会社が、本件システムの販売(利用許諾)への関与を懲戒解雇事由として主張することは許されないというべきである。 また、本件懲戒解雇事由〈5〉についても、本件懲戒解雇の意思表示にあたって表示したと認めることはできないから(かえって、証拠(〈証拠略〉)によれば、民事訴訟提起ないし刑事告訴に堪えうるだけの証拠が揃っていないとして、あえて懲戒解雇事由として表示しなかったことが認められる。)、被告会社がこれを懲戒解雇事由として主張することも許されない。 (3) しかし、前記の一連の経緯にかんがみれば、原告は、C社が被告会社のSS業務を派遣スタッフごと引き抜く計画であることを承知しており、これを容易にするため積極的に援助していたことが強く推認される。本件造反が被告会社に与えた損害の大きさやその重大性にかんがみれば、本件システムの販売(利用許諾)への関与及び本件造反への加担が強く疑われる行為については、当然、懲戒解雇の相当性を判断するにあたって考慮される情状となる。 (4) そして、前記認定事実のとおり、原告は、被告会社に無断で、半年間にわたって、継続的に競業他社であるC社のシステム構築を支援していたのであり、原告が本件懲戒解雇の直前までグループ会社の取締役であったことも合わせ考えれば、その背信性は著しいといわねばならない。加えて、本件システムの導入及びシステム構築の支援により、被告会社に多大な損害を与えた本件造反を容易にしたこと、被告会社による調査になかなか協力しようとせず、警察に複数回通報して妨害していること等にかんがみれば、原告が転籍間もなく、他に懲戒歴などもないこと等の事情を勘案しても、懲戒の手段として解雇を選択することもやむを得ないというべきである。 (5) したがって、本件懲戒解雇は、本件懲戒解雇事由〈2〉が認められ、手続的な正当性も具備された有効なものというべきであり、その効力は、原告に本件解雇の意思表示が到達した、平成21年7月22日に発生したと認められる。 〔賃金(民事)‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 原告は、平成21年7月分の給与に対応する期間のうち、同年7月1日から同月13日までの13日間(労働日数は9日間)勤務していたことが認められるから、被告会社は、原告に対し、上記期間における労働日数分(9日分)の未払賃金を支払う義務がある。そして、平成21年度の被告会社における年間所定労働日数は242日であり(〈証拠略〉)、原告の月給は、上記のとおり、130万円と認められるから、これを、平成21年度の月平均所定労働日数である20.17日(小数点3位以下四捨五入)で除した、6万4452円(小数点以下四捨五入)が、原告に支払われるべき1日あたりの賃金となる。 したがって、被告会社は、原告に対し、58万0068円(6万4452円×9日)及びこれに対する平成21年7月26日から支払済みに至るまで、商事法定利率年6分の割合による金員を支払う義務がある。原告の請求は、この限りにおいて理由がある。 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕 6 不法行為その1-本件懲戒解雇の違法性(争点(5))について 上記4で判示したとおり、本件懲戒解雇は有効であるから、何ら違法ではなく、不法行為は成立しない。 したがって、原告の請求は理由がない。 7 不法行為その2-不法侵入、監禁等の有無(争点(6))について 本件全証拠を総合しても、被告乙山が原告に暴行をふるった、または被告乙山の指示によりOらが原告を監禁して脅迫したとの事実を認めることはできない。また、前記認定事実にかんがみれば、Oが原告宅に入ったことが不法侵入と評価される理由はなく、被告会社がパソコンを預かったのも、原告が任意にこれを了承したためと認めるのが相当である。 したがって、不法行為は成立せず、この点についても原告の請求は理由がない。 |