ID番号 | : | 08898 |
事件名 | : | 損害賠償・残業代支払請求、仮執行による原状回復請求申立て事件 |
いわゆる事件名 | : | テックジャパン事件 |
争点 | : | 基本給に時間外手当の一定額が含まれる雇用契約で月総時間を超えない場合の残業代等を争った事案(労働者一部勝訴) |
事案概要 | : | 人材派遣会社Yの派遣労働者Xが、基本給を月額で定めた上で月間総労働時間が一定の時間を超える場合に一定額を別途支払うなどの約定のある雇用契約の下において、法定の労働時間を超える時間における労働については月間総労働時間を超えなくても時間外手当を支払うべきとして付加金と合わせて請求した事案の上告審である。 第一審横浜地裁は、損害賠償、時間外手当、付加金とも大筋でXの請求を認めた。Xが控訴、Yも附帯控訴。 第二審東京高裁は、両当事者は合理的な代償措置があることを認識した上で、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する手当の請求権をその自由意思により放棄したものとみることができる、として180時間を超えない月の請求について棄却した。Xが上告。 最高裁第一小法廷は、本件雇用契約において、基本給は月額41万円と合意されていること、時間外労働をしないで1日8時間の勤務をした場合の月間総労働時間は、当該月における勤務すべき日数によって相応に変動し得るものの、おおむね140時間から180時間までの間となることからすれば、通常の月給制による賃金を定めたものと解するのが相当であり、月額41万円の基本給の一部が時間外労働に対する賃金である旨の合意がされたものということはできず、月間180時間以内の月の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したとはいえないことから、Yは基本給とは別に労働基準法(平成20年法律第89号による改正前)37条1項が規定する割増賃金を支払う義務を負うとして、具体額と付加金について改めて審理するよう差し戻した。 |
参照法条 | : | 労働基準法32条 労働基準法114条 労働基準法(平成20年法律第89号による改正前)37条 |
体系項目 | : | 賃金(民事)
/割増賃金
/固定残業給 就業規則(民事) /就業規則の一方的不利益変更 /労働時間・休日 雑則(民事) /付加金 /付加金 |
裁判年月日 | : | 2012年3月8日 |
裁判所名 | : | 最高一小 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成21(受)1186 |
裁判結果 | : | 一部破棄差戻し、一部棄却 |
出典 | : | 労働判例1060号5頁 裁判所時報1551号4頁 判例時報2160号135頁 判例タイムズ1378号80頁 裁判所ウェブサイト掲載判例 |
審級関係 | : | 控訴審/東京高平成21.3.25/平成20年(ネ)第2995号/平成20年(ネ)第3517号/平成20年(ネ)第5306号 一審/横浜地平成20.4.24/平成19年(ワ)第2377号/平成19年(ワ)第2378号 |
評釈論文 | : | 長瀬威志・ビジネス法務12巻7号100~107頁2012年7月 高仲幸雄・労働法令通信2292号26~28頁2012年9月8日 河津博史・銀行法務21.56巻14号59頁2012年12月 |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)‐割増賃金‐固定残業給〕 〔就業規則(民事)‐就業規則の一方的不利益変更‐労働時間・休日〕 (1) 本件雇用契約は、前記2(1)のとおり、基本給を月額41万円とした上で、月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり一定額を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり一定額を減額する旨の約定を内容とするものであるところ、この約定によれば、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても、基本給自体の金額が増額されることはない。 また、上記約定においては、月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの。以下同じ。)37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上、上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は、1週間に40時間を超え又は1日に8時間を超えて労働した時間の合計であり、月間総労働時間が180時間以下となる場合を含め、月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るものである。そうすると、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。 これらによれば、上告人が時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、被上告人は、上告人に対し、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、同項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものと解するのが相当である(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁参照)。 (2) また、労働者による賃金債権の放棄がされたというためには、その旨の意思表示があり、それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるところ(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照)、そもそも本件雇用契約の締結の当時又はその後に上告人が時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないことに加え、上記のとおり、上告人の毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり、上告人がその時間数をあらかじめ予測することが容易ではないことからすれば、原審の確定した事実関係の下では、上告人の自由な意思に基づく時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえず、上告人において月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したということはできない。 (3) 以上によれば、本件雇用契約の下において、上告人が時間外労働をした月につき、被上告人は、上告人に対し、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、本件雇用契約に基づく基本給とは別に、労働基準法37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものというべきである。 (4) なお、本件雇用契約において、基本給は月額41万円と合意されていること、時間外労働をしないで1日8時間の勤務をした場合の月間総労働時間は、当該月における勤務すべき日数によって相応に変動し得るものの、前記2(1)の就業規則の定めにより相応の日数が休日となることを踏まえると、おおむね140時間から180時間までの間となることからすれば、本件雇用契約における賃金の定めは、通常の月給制の定めと異なる趣旨に解すべき特段の事情のない限り、上告人に適用される就業規則における1日の労働時間の定め及び休日の定めに従って1か月勤務することの対価として月額41万円の基本給が支払われるという通常の月給制による賃金を定めたものと解するのが相当であり、月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い、月間総労働時間が140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定も、法定の労働時間に対する賃金を定める趣旨のものと解されるのであって、月額41万円の基本給の一部が時間外労働に対する賃金である旨の合意がされたものということはできない。 5 これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。 さらに、職権により判断するに、原審は、上告人の平成17年6月分の12時間57分の時間外労働に対する時間外手当につき、1時間当たりの単価2562.5円に時間外手当の係数1.25を乗ずるものとしながら、その計算結果を3万3153円としているところ、この計算結果は上記計算方法と合致しないものであり、原審の判断中この部分には判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。 〔賃金(民事)‐割増賃金‐固定残業給〕 〔就業規則(民事)‐就業規則の一方的不利益変更‐労働時間・休日〕 〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕 以上によれば、原判決中、上告人の時間外手当の請求及びこれに係る付加金の請求を棄却すべきものとした部分(上記各請求に係る上告人の控訴を棄却した部分及び被上告人の附帯控訴に基づき第1審判決を変更して上告人の請求を棄却した部分)並びに被上告人の仮執行の原状回復申立てに基づいて上告人に被上告人に対する金員の支払を命じた部分のうち時間外手当の請求に係る部分は、破棄を免れない。そして、前記4(4)の特段の事情の有無、上告人に支払われるべき時間外手当の額、付加金の支払を命ずることの適否及びその額、被上告人の仮執行の原状回復申立てのうち時間外手当の請求に係る部分の適否等について更に審理を尽くさせるため、上記破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととする。なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、これを棄却することとする。 |