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ID番号 : 08901
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 日本通信事件
争点 : データ通信会社を整理解雇された元社員らが解雇無効として地位確認、未払賃金を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : データ通信サービス、テレコムサービス事業等を業とする会社Yを整理解雇された社内システムの管理担当社者X1ら3名が、解雇無効として、地位確認、未払賃金の支払いを求めた事案である。 東京地裁は、整理解雇の特性等に鑑みて、企業経営上の必要性を理由とする使用者の解雇の自由も、当然労契法16条(解雇権濫用法理)による一定の制約を受けることが予定されているとして、Yの終業規則64条3号が使用者側の都合による経済的理由での解雇を無制約なものとせず、「事業の縮小その他会社の都合によりやむを得ない事由がある場合」に限定したのは、以上の事理を就業規則上に明文化したものであり、整理解雇は当該規定に該当して初めて「客観的に合理的な理由」があるといえ、その効力を判断するに当たってはいわゆる比例原則が妥当し、整理解雇という手段とその目的との間の適合性、必要性及び適切性の観点からの検討が不可欠だとした。その上で、本件整理解雇は、必要性の程度こそかなり高いものの、解雇回避努力義務は十分に尽くされたとはいい難く、また、被解雇者選定の合理性についても非採算部分に所属する従業員という極めて抽象的な整理基準が存在しただけで本件整理解雇の対象者として、退職勧奨に応じなかったX1ら3名を指名した上、各人の個別具体的な事情に配慮することなく、整理解雇を断行したものということができる。また、解雇やむなしとするほどの客観的かつ合理的な理由があるとは認められず、就業規則にいう「事業の縮小その他会社の都合によりやむを得ない事由がある」場合には当たらないとし、労契法16条所定の「客観的に合理的な理由」を欠き無効であるとして、地位確認、未払賃金及び遅延損害金の各支払いを命じた。
参照法条 : 労働契約法16条
体系項目 : 解雇(民事) /整理解雇 /整理解雇の必要性
解雇(民事) /整理解雇 /整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) /解雇権の濫用 /解雇権の濫用
裁判年月日 : 2012年2月29日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)6208/平成23(ワ)6209/平成23(ワ)6210
裁判結果 : 一部認容、一部却下
出典 : 労働判例1048号45頁/労働経済判例速報2141号9頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇権の濫用‐解雇権の濫用〕
〔解雇(民事)‐整理解雇‐整理解雇の必要性〕
 (2) 要素〈1〉=整理解雇の必要性〔中略〕
 ウ 以上によれば、被告は、本件整理解雇を実施する以前において、客観的に期待可能な解雇回避措置を十分に講じたものとはいい難く、その意味で、被告は、本件整理解雇に当たって、解雇回避努力義務を十分に尽くしたものと評価することはできない。
 もっとも被告は、前記第2の4(1)(被告の主張)イに記載のとおり、本件整理解雇における解雇回避措置として役員報酬の削減を考慮する必要はない旨主張するが、ここで問題とされている解雇回避措置としての役員報酬等の削減の要否は、単なる雇用の維持のためだけではなく、雇用契約解消後の当面の生活維持や再就職支援という観点からも論じられるべきものであって、被告のように、雇用の維持という観点からだけ、この役員報酬の削減問題を捉えようとするのは適当ではない。
 また前記認定事実(4)アによると被告は、平成22年(2010年)9月、黒字転換のための弥縫策として役員報酬等のカットを行った経緯があり、そうだとすると、より抜本的なリストラクチュアリングすなわち本件整理解雇手続を開始後、本件退職勧奨を行うに先立って、改めて役員報酬等の削減カットを検討し、これを対象従業員の絞り込みや退職条件の上積みに充てることは、客観的にみる限り、それほど大きな困難を伴うことではなく、むしろリストラクチュアリングの迅速かつ円滑な遂行という観点からみても必要なものであったということができる。
 そもそもD代取社長を筆頭とする被告経営陣らは、想定外の不利な状況に見舞われた経緯があるとはいえ、4決算期にもわたって赤字経営を続けた挙げ句、赤字体質からの脱却に失敗し、今般のリストラクチュアリングと本件解雇整理の断行を余儀なくされる状況を招来したものであって、このような経緯からすると本件整理解雇に先立って、自らの役員報酬等を削減することにより、リストラクチュアリングの対象とされた労働者・従業員との間で一定の「痛み」を分かち合うことは、社会通念上も解雇回避義務の履行として当然に要求される対応であって、この理は被告企業の特性(いわゆるベンチャー企業)いかんに左右されるものではない。被告の上記主張は、このような一企業として当然の事理をなおざりにしたまま、ひたすら本件におけるリストラクチュアリングの必要性とその完遂を追い求めるものであって、これを採用することはできない。
 なお被告は、平成22年(2010年)9月以前にも連結子会社の再編・効率化、社債の償還期限の延長措置、役員報酬等のカットを実施しているが、これは、上記のとおり、より抜本的なリストラクチュアリングすなわち本件整理解雇手続に着手する同年10月以前に行われた、黒字化のための弥縫策にとどまり、本件整理解雇において解雇回避努力義務の対象となる解雇回避措置には当たらないものというべきである。
〔解雇(民事)‐解雇権の濫用‐解雇権の濫用〕
〔解雇(民事)‐整理解雇‐整理解雇の回避努力義務〕
 (4) 要素〈3〉=被解雇者選定の合理性〔中略〕
 イ ここで被解雇者の選定の合理性は、被解雇者を選定するための整理基準の内容と基準の適用の2つの要素から成り立っているが、前記認定事実(4)イ及び(5)によると本件整理解雇においては、非採算分門に所属する従業員という極めて抽象的な整理基準が存在しただけであり、しかも被告は、使用者として、この整理基準を可能な限り具体化・客観化するための努力をした形跡はうかがわれない。
 また、整理基準の適用の合理性に関しても、整理基準それ自体が上記のとおり抽象的で曖昧なものである以上、個別具体的な事情の下において、整理基準を可能な限り合理的に適用し、適切な対象者を選定すべく然るべき努力が払われる必要があるところ、前記認定事実(5)及び(6)によると被告は、本件整理解雇の対象者として、本件退職勧奨に応じなかった原告ら3名を指名した上、その各人の個別具体的な事情に配慮することなく、本件整理解雇を断行したものということができ、被解雇者の選定手続としては余りに性急かつ画一的なものであって、慎重さに欠けるものといわざるを得ない。
 ウ 以上によると被解雇者選定の基準内容とその適用のあり方という観点からみた場合、本件整理解雇の必要性の程度が高く、速やかなリストラクチュアリングの実行が求められていたことを考慮に入れたとしても、本件整理解雇における被解雇者選定の合理性には疑問を挟む余地がある。
 (5) 小括
 以上の次第であるから、本件整理解雇は、その必要性の程度こそかなり高いものということができるものの(要素〈1〉)、解雇回避努力義務は十分に尽くされたものとはいい難く(要素〈2〉)、また、被解雇者選定の合理性についても疑問とする余地があること(要素〈3〉)などを併せ考慮すると、解雇に至るのもやむなしとするほどの客観的かつ合理的な理由があるとは認められず、したがって、本件整理解雇は、就業規則64条3号にいう「事業の縮小その他会社の都合によりやむを得ない事由がある」場合には当たらないものというべきである。
 よって、本件整理解雇は、労契法16条所定の「客観的に合理的な理由」を欠き、解雇権を濫用するものとして無効であることに帰着する。