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ID番号 : 08903
事件名 : 損害賠償等請求事件
いわゆる事件名 : NEXX事件
争点 : 電子機器関連会社から賃金減額、欠勤控除、その後解雇された元従業員が損害賠償等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 電子機器・システム開発、販売関連事業会社Yに賃金を20%減額され、また、一部につき欠勤控除扱いされ、その後普通解雇された元従業員Xが損害賠償、賃金減額分の支払等を求めた事案である。 東京地裁は、まず給与減額の有効性及び消滅時効の成否について、労働契約において、賃金は最も基本的な要素であることから、賃金引下げについて労使間で黙示の合意が成立していたということができるためには、使用者が提示した賃金額引下げの申し入れに対して、ただ労働者が異議を述べなかったというだけでは十分でなく、このような不利益変更を真意に基づき受け入れたと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきであり、約3年間にわたって減額後の給与を受領し続けていたとしても、本件給与減額による不利益変更をその真意に基づき受け入れたとは認められず、黙示の合意が成立していたということもできず、本訴におけるYの消滅時効援用の意思表示は有効であることから、時効が完成していない期間について差額の支給を認めた。一方、Xが事前の申請もなく欠勤し、年休を消化する旨の主張もなかったとしてYの欠勤控除を適法とした。その上で、減額された給与を約3年間にわたって受領し続けた後に、多額の差額給与を一度に請求されるに至り、また、かつて将来に期待して退職を慰留さえしたことのあった従業員から業務改善指示にも従わない姿勢を明らかにされたのであるから、やむを得ず解雇という決断に至ったことも無理からぬことというべきで、X主張の報復的解雇であったということはできず、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労働契約法16条)に該当しない有効なものと判示した。
参照法条 : 労働契約法16条
労働契約法8条
労働契約法6条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
賃金(民事) /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
就業規則(民事) /就業規則の一方的不利益変更 /賃金・賞与
解雇(民事) /解雇事由 /無届欠勤・長期欠勤・事情を明らかにしない欠勤
解雇(民事) /解雇事由 /業務命令違反
裁判年月日 : 2012年2月27日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)46537
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1048号72頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔賃金(民事)‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
〔就業規則(民事)‐就業規則の一方的不利益変更‐賃金・賞与〕
 (1) 本件給与減額の有効性
 労働契約の内容である労働条件の変更については、労使間の合意によって行うことができるところ(労働契約法8条)、一般に、この場合の合意は、明示であると黙示であるとを問わないものとされている。
 しかし、労働契約において、賃金は最も基本的な要素であるから、賃金額引下げという契約要素の変更申入れに対し、労使間で黙示の合意が成立したということができるためには、使用者が提示した賃金額引下げの申入れに対して、ただ労働者が異議を述べなかったというだけでは十分ではなく、このような不利益変更を真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきであり、この意味で、被告側の一方的な意思表示により賃金を改訂することができるものとする本件改訂条項は、労働契約法8条に反し無効というべきである。
 これを本件についてみると、原告が、平成21年6月13日ころ、被告に対し、要求書(〈証拠略〉)により、従前の契約どおり月額60万円の給与の支払を求め、また、過去の不利益変更相当分の給与の追加支払を求めるまでの間、約3年間にわたって本件給与減額後の給与を被告から受領し続けていたことについては、当事者間に争いがない。
 しかし、証拠(〈証拠略〉、原告本人、被告代表者本人)によれば、〈1〉 本件給与減額については、その適用対象者が社長の妻である管理部長以外の正社員2名(原告及びA)のみであり、反対の声を上げることが困難な状況にあったこと、〈2〉 減額幅が20%減と非常に大幅なものであるにもかかわらず、激変緩和措置や代替的な労働条件の改善策は盛り込まれていないこと、〈3〉 平成18年4月25日に実施した本件説明会において、被告が、売上げ・粗利益ともに振るわない現状にあることから、業績変動時の給与支給水準を設けたい旨を抽象的に説明したことは認められるものの、財務諸表等の客観的な資料を示すなどして、原告ら適用対象者に対し、このような大幅減給に対する理解を求めるための具体的な説明を行ったわけではないことが認められる。
 以上によれば、たとえ、約3年間にわたって本件給与減額後の給与を被告から受領し続けていたとしても、原告が、本件給与減額による不利益変更を、その真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。
 よって、本件給与減額につき、原告との間で黙示の合意が成立していたということはできない。
〔解雇(民事)‐解雇事由‐無届欠勤・長期欠勤・事情を明らかにしない欠勤〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐業務命令違反〕〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 3 普通解雇事由の存否及び解雇権濫用論の成否〔中略〕
 (2) 評価
 以上によれば、原告については、〈1〉 欠勤・遅刻・早退等の届出や報告といった、従業員としてごく基本的な事柄に関する被告からの日常的な業務要請・指示・命令を軽視するといった事態が常態化しており、〈2〉 また、業務報告書の提出や内容の充実の指示についても、到底、改善したとはいえないレベルのものにとどまっており(業務報告書の提出懈怠については、原告が指摘するように、一応の改善が見られはするが、内容面も併せて考えると、依然として、適正と思われる被告の要求水準に達していたものとはいい難い。)、〈3〉 さらに、展示会等においても、社長から念押しや注意を受けていたにもかかわらず数々のミスをしており、中には、デモンストレーションが中止や不完全なものに終わってしまうといった重大な結果を惹起させたものも含まれていたところ、外観や静止画だけではその機能をイメージすることが困難な商品を多く扱う被告にとっては、こうしたミスは商機を失う危険を孕むものであり、〈4〉 加えて、ごく少人数の企業において、社内で最も高給取りであったにもかかわらず、幾度となく居眠りをして管理部長からも注意を受ける等、他の従業員の士気にも影響を及ぼしかねないような勤務態度が認められ、しかもそれが改善に至っていなかったことが認められる。
 そして、被告は、当初の給与設定と実際の支給額、その後の支給状況について多少杜撰な面があったとはいえ、また、前記認定のように減額幅が多額に失したとはいえ、減額した給与を約3年間にわたって受領し続けた後に、減額に反対され多額の差額給与を一度に請求されるに至り、また、かつて、将来に期待して退職を慰留さえしたことがあった従業員から、内容面で事細かすぎるきらいはあったとはいえ、業務改善指示にも従わない姿勢を明らかにされたのであるから、やむをえず原告を解雇するという決断に至ったことにも無理からぬ点があるというべきであり、本件が、原告の主張するような報復的解雇であったということはできない(なお、就業規則のない会社における賃金減額の有効性と普通解雇の有効性とは、特に労働者側の合意の要否という点において要件を全く異にする論点であるから、賃金減額が無効と判断されることと、無効と評価すべき賃金減額後の普通解雇が有効と判断されることとは、必ずしも不整合な結論とはいえない。)。
 よって、本件解雇は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労働契約法16条)に該当せず、有効なものと認めることができる。