ID番号 | : | 08917 |
事件名 | : | 退職金請求事件 |
いわゆる事件名 | : | アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件 |
争点 | : | 外資系保険会社の元従業員が退職金支払合意に基づく退職金の支払いを求めた事案(元従業員勝訴) |
事案概要 | : | 外資系保険会社Yの元従業員Xが、退職金支払合意に基づく退職金の支払いを求めた事案である。 東京地裁は、まずXの労働者性について、金融法人本部の本部長と執行役員を兼務していたが、Y社日本支社の「執行役員」は経営者に類する立場とはいえず、その意味でXは労働者性を有すると判断した。その上で、Xの退職前の地位は相当高度ではあったが、長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場にあったとはいえず、また、本件競業避止条項を定めたYの目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず、競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分とはいえないことから、その他の事情を考慮しても、本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから、公序良俗に反するものとして無効であるというべきとし、この競業避止義務を定める合意が無効である以上、同義務を前提とする本件不支給条項も無効であるというべきであるとして、Xの請求を認めた。 |
参照法条 | : | 民法90条 民法709条 不正競争防止法2条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)
/労働契約上の権利義務
/競業避止義務 賃金(民事) /退職金 /競業避止と退職金 |
裁判年月日 | : | 2012年1月13日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成22(ワ)732 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却 |
出典 | : | 労働判例1041号82頁/労働経済判例速報2136号3頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐競業避止義務〕 〔賃金(民事)‐退職金‐競業避止と退職金〕 (4) そうすると、本件競業避止条項が、少なくとも、バンクアシュアランス業務を営む生命保険会社を転職禁止の対象としていたことは、双方の認識において一致している。 そして、原告は、バンクアシュアランス業務を行う保険会社であるマスミューチュアルに転職しているのであるから、それが本件競業避止条項の禁止対象行為に当たることは明らかである。 4 本件競業避止条項を本件転職に適用することは公序良俗に反するか否か〔中略〕 ウ また、顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである。 エ 証人Bの証言によると、むしろ本件においては、競合他社への人材流出自体を防ぐこと自体を目的とする趣旨も窺われるところではあるが、かかる目的であるとすれば単に労働者の転職制限を目的とするものであるから、当然正当ではない。 オ 結局、本件競業避止条項を定めた使用者の目的は、正当な利益の保護を図るものとはいえない。〔中略〕 しかし、保険商品の営業事業はそもそも透明性が高く秘密性に乏しいし、また、役員会においては、被告の経営上に影響が出るような重要事項については、例えば決算情報が3週間は部外秘とされるといった時限性のある秘密情報はあるが(証人D、原告本人)、原告が、それ以上の機密性のある情報に触れる立場にあったものとは認められない。 (3) 競業が禁止される業務の範囲 前記3のとおり、競業が禁止される業務の範囲については、不明確な部分もあるものの、バンクアシュアランス業務を行う生命保険会社への転職が禁止されていることは明確であった。 しかし、原告の被告において得たノウハウは、バンクアシュアランス業務の営業に関するものが主であり(原告本人)、本件競業避止条項がバンクアシュアランス業務の営業にとどまらず、同業務を行う生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社において勤務してきた原告への転職制限として、広範にすぎるものということができる。 (4) 期間、地域の範囲 保険商品については、近時新しい商品が次々と設計され販売されているころであり(公知の事実)、保険業界において、転職禁止期間を2年間とすることは、経験の価値を陳腐化するといえるから(原告本人)、期間の長さとして相当とは言い難いし、また、本件競業避止条項に地域の限定が何ら付されていない点も、適切ではない。 (5) 代償措置の有無 原告の賃金は、相当高額であったものの、本件競業避止条項を定めた前後において、賃金額の差はさほどないのであるから、原告の賃金額をもって、本件競業避止条項の代償措置として十分なものが与えられていたということは困難である。 また、前記認定のとおり、被告においては、金融法人本部の本部長である原告の部下たる者の中に、相当数のより高額な給与の者がいたところ、それらの原告の部下については、特段競業避止義務の定めはないのであるから(証人B)、やはり、原告の代償措置が十分であったということは困難である。〔中略〕 (7) 以上から、原告の退職前の地位は相当高度ではあったが、原告は長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場であるとはいえず、また、本件競業避止条項を定めた被告の目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず、競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分ではないのであり、その他の事情を考慮しても、本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから、公序良俗に反するものとして無効であるというべきである。 そして、上記競業避止義務を定める合意が無効である以上、同義務を前提とする本件不支給条項も無効であるというべきである。 5 なお、前記4(6)の事情によれば、本件退職金には功労報償的要素のほか賃金後払的な要素も相当含まれ、本件転職により被告が受けた損害があるとも認められず、原告の背信性の程度は高くはないというべきであるから、本件転職には、原告の被告における功労を抹消させてしまうほどの不信行為は認められないというべきであり、したがって、仮に本件競業避止条項の有効性を措いても、本件不支給条項は、公序良俗に反し無効である。 6 したがって、原告の退職金請求には理由がある。 7 他方、原告の遅延損害金請求の起算日は、訴状送達日の7日後である平成22年2月4日とすることが相当である(労働基準法23条1項)。 |