全 情 報

ID番号 : 08922
事件名 : 無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : 東和エンジニアリング事件
争点 : コンピュータシステム会社の有期契約社員が、譴責処分の無効確認と損害賠償を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 音響、映像、情報通信に関するコンピュータシステム会社Yとの間で有期雇用契約を締結していたXが、他の非正規従業員に対し送信したメールがYの信用を損なうなどとの理由で受けた譴責処分の無効確認を求めるとともに、同処分が不法行為に当たるとして損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、まず譴責処分の有効性について、Xは、人事・総務課の職員の発言内容を聞きつけてYの対応に不安を覚え、自分を含めYに勤務する非正規社員が不当に雇止めされないようとの考えの下に、本件発言の事実を他の非正規社員に知らせることで問題意識を喚起、共有し、非正規社員全体の立場が不当に弱められることを防止しようとする意図に出たものであって、それなりに理解できる行動であったというべきとした。他方、人事・総務課の職員の発言としては適切でなかったにもかかわらずそれを棚に上げ、Xのメール送信行為のみをことさらに問題視して、Xを懲戒処分したことは問題といわざるを得ず、就業規則の「会社の信用を損なうような行為をした」場合に該当しないというべきであり、仮にこれに該当するとしても、これを理由にXを懲戒処分に処することは、譴責処分という最も軽い処分であることを考慮に入れたとしても、社会通念上相当と認めることはできないというべきとして、譴責処分の無効を認め、同時に不法行為の成立も認めて慰謝料の支払を命じた。
参照法条 : 労働契約法15条
労働基準法9章
民法709条
民法710条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
懲戒・懲戒解雇 /懲戒権の濫用 /懲戒権の濫用
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2013年1月22日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)10172
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働経済判例速報2179号7頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒権の濫用‐懲戒権の濫用〕
 1 争点1(本件譴責処分の有効性)について〔中略〕
 ア 使用者による懲戒権の行使は、就業規則等に懲戒の根拠規定があることを前提に、当該懲戒権行使が当該労働者の行為の性質及び態様等に照らし、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、懲戒権の濫用に当たるとして無効となる(労働契約法15条)。
 イ そこで、これを本件についてみるに、被告は、本件譴責処分の理由として、原告による本件メールの内容が、非正規社員の弱みにつけこむ会社であるかのような評判を流布するものであって、被告の信用を著しく害するものであると主張する。
 既にみたように、CがDの退職に当たり、雇止めによる契約終了の場合であっても会社都合ではなく自己都合として扱うこともあるという趣旨のことを述べた(本件発言)のは事実であるが、他方で、〈1〉Dと同じく雇止めになったFやGが、会社都合による退職扱いになっていたこと(前記(1)イ(イ)のFとGの発言参照)、〈2〉Dが雇止めに応じるか否かをめぐって被告との間でトラブルになっていた形跡は全く窺われず、CがDに対し恫喝的な発言をする動機がないこと、〈3〉DがCによく相談に乗ってもらっているなどと述べていたこと(前記(1)イ(ウ))に照らすと、Cが従業員に対し雇止めを受け入れさせる意図で恫喝的に本件発言をしたとまで認めることはできない。また、原告は、上記〈1〉の事情についてはFらから、同〈3〉の事情についてはDからそれぞれ直接聞いて認識していたのみならず、Dから、Cの本件発言を第三者に口外することについて了承も得ていなかった。このような状況下で、原告が、他の非正規社員らに対し本件メールを送信したのは、被告の体制を批判することにいささか急であったといわざるを得ず、多分に過剰反応というべきであるし、その内容も、被告による雇止めが不当であることを前提とし、また、本件発言が非正規社員に対する恫喝であることを前提とした記載になっている点も(「パワハラに当たる」と明記している。)、問題がなくはないというべきである。
 しかし、Cに上記のような恫喝的な意図がなかったとしても、契約社員等非正規社員の立場からすれば、人事・総務課の職員からかような発言がなされることにより、会社から雇止めの話があった場合、それを受け入れなければ、失業給付受給に当たり不利益を受けるのではないかと不安に思うのは無理からぬ面もある。実際、Dも、Cの本件発言に対し不安に思うところがあったからこそ、北澤弁護士との法律相談において、そのことを相談したと推認される。このような点で、Cによる本件発言は、人事・総務課職員の発言として適切なものであったとはいえない。
 また、本件メールに記載された本件発言の内容に、大きく客観的事実から外れた点はない。もっとも、Dが自己都合退職にされると困るから契約終了を受け入れたという点は正確ではないものの、同人が自己都合退職として扱われることを不安に思っていたのは真実であることからすれば、上記の点がさほど真実から逸脱した表現ともいい難い。
 さらに、本件メールに関し、これを受け取った非正規社員から苦情や不安を訴える内容の申告もなく(前記(1)ウ(ア))、被告において、これに伴う実質的な被害や混乱等は生じていない。
 以上からすると、原告は、DからCによる本件発言の内容を聞きつけて被告の対応に不安を覚え、自分を含めて被告に勤務する非正規社員が不当に雇止めされないようとの考えの下に、本件発言の事実を他の非正規社員に知らせることで問題意識を喚起、共有し、非正規社員全体の立場が不当に弱められることを防止しようとする意図に出たものであって、それなりに理解できる行動であったというべきである。他方、被告の立場からいえば、上記のとおりCの本件発言が、人事・総務課の職員の発言としては適切でなかったにもかかわらず、その点を棚に上げ、原告の本件メール送信行為のみをことさらに問題視して、原告を懲戒処分に処したものであって、この点は問題といわざるを得ない。
 このような点に照らすと、原告が他の非正規社員らに対し本件メールを送信した行為は、実質的に、就業規則60条(11)の「会社の信用を損なうような行為をした」場合に該当しないというべきであり、仮にこれに該当するとしても、これを理由に原告を懲戒処分に処することは、譴責処分という最も軽い処分であることを考慮に入れたとしても、社会通念上相当と認めることはできないというべきである。〔中略〕
 オ 以上のとおりであるから、本件譴責処分は、無効と認めるのが相当である。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 2 争点2(原告に対する不法行為の成否及び原告の損害)について
 (1) 前記1で説示したとおり、被告は、原告に対し無効な本件譴責処分を行ったもので、これは原告に対する不法行為に当たるというべきであるから、被告は、原告に対し、上記不法行為により生じた損害について賠償する責任を負う。