全 情 報

ID番号 : 08924
事件名 : 休業補償給付不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 中央労働基準監督署長事件
争点 : トラックからの荷下ろし作業立会中の事故の傷病につき労災の休業補償、療養補償等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 会社の広報室員Xが、トラックからの荷下ろし作業立会中の事故によって負った傷病につき、労災保険法に基づき、二度にわたる休業補償給付、休業特別支給金及び療養補償給付の支給を求めたところ、Xの傷病は治癒(症状固定)したとして、いずれも不支給とする旨の処分がなされたため、その取消しを求めた事案である。 東京地裁は、事故後の経過を総合すれば、Xの本件事故による「頚椎胸椎腰椎打撲捻挫、腰椎椎間板症」の症状については、急性症状が消退し、慢性症状は持続してもその症状が安定し、医療効果がそれ以上期待し得ない状態、すなわち「治癒」の状態にあったというべきであり、復職の経緯などからすれば、Xが平成20年の復職以前にまったく労務不能の状態にあったとは認め難く、治療経過等を考え合わせれば、これらをもって本件治癒認定の相当性が左右されるものではないとした。また、本件治癒認定以後の時期の症状に一定程度の変動があったとしても、既往症の関与や心理的要因の関与が考えられるところであって、そうだとすれば、その変動を理由として、治癒認定が不当であるとはいえないし、さらに、Xは胸椎椎間板ヘルニア、胸椎椎間板症、頚椎椎間板ヘルニアの存在を指摘するが、Xに胸椎及び頚椎の椎間板の変性が見られるとしても、その発症時期や本件事故との因果関係は定かではないことなどから本件各処分を違法なものとはいえないとして、Xの請求を全て棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法75条
労働基準法76条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /療養補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /休業補償(給付)
裁判年月日 : 2013年1月24日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(行ウ)222/平成22(行ウ)493
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2183号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐休業補償(給付)〕
 (3) 本件治癒認定について
 ア 一般的には、業務上の腰痛については、適切な療養によればほぼ3、4か月以内にその症状が軽快するのが普通であり、特に症状の回復が遅延する場合でも1年程度の療養で消退又は固定するものと考えられていること(前記(2)、なお、本件における休業補償給付等は、本件負傷の内容を「頚椎胸椎腰椎打撲捻挫、腰椎椎間板症」として請求されたものであるところ、本件負傷の内容は、腰痛に限られるものではないが、その内容からして、上記一般論が一応妥当する傷病であると理解できる。)、本件事故態様についてみると、前記1(3)認定のとおりであって、本件パネルが原告の背中に倒れかかったこと、原告がこれを避けようとして腰部をひねったことは認められるが、原告が主張するような事故態様であったとは認め難く、また、原告は、本件事故、通院はしつつも1月18日までは出勤して稼働していたことなどからすれば、本件事故が、本件パネルが原告に対する強い衝撃となって重篤な傷害を与えたという事案であったとは認め難いこと、本件事故後の治療の内容等についてみても、前記認定のとおり、理学療法、消炎鎮痛剤、湿布薬、筋弛緩剤、睡眠導入剤の投与で、鎮痛等の一時的な症状抑制の効果を期待し得るものにとどまり、その症状を永続的に軽減するようなものではなく、診療日数が、1月当たり、平成14年5月までは10日弱程度であったが、その後は、同年8月を除き5日以下で、平成16年10月からは、月1回程度の受診であること、本件事故前後の期間を通じて原告を診察したD’医師は、本件事故前後の症状に関して、本件事故後に再燃増強ありとしているも、新たに他覚的所見を認めず、平成14年7月の転医時点では症状固定と思う旨の意見を述べていること(前記1(5)ア)、転医後原告を診察したO医師は、診療録を作成の上、平成14年12月、平成15年3月、同年9月、平成16年2月にはそれぞれ原告の症状等についての意見を述べている(前記1(5)イ)ところ、これらの経過を踏まえると、平成15年3月以降の治療については、一時的な効果が多少あってもほとんど症状の変化は認められないといえること(前記1(5)オカキ)などを総合すれば、原告の本件事故による「頚椎胸椎腰椎打撲捻挫、腰椎椎間板症」の症状については、遅くとも平成16年12月31日時点では、急性症状が消退し、慢性症状は持続してもその症状が安定し、医療効果がそれ以上期待し得ない状態、すなわち「治癒」の状態にあったというべきであり、本件治癒認定は相当なものである。
 イ 原告は、平成16年12月31日以降の症状改善を主張し、S医師はこの主張に沿う意見を述べ、O医師及びR医師もこの主張に沿う意見を述べる部分があるが、その要旨は、要するに、原告の訴える痛み等の症状につき、湿布、消炎鎮痛剤、筋緊張緩和等の投与を続けることにより、徐々ながら症状の改善傾向があり、症状固定とは言い難いというものと考えられるところ、症状の改善傾向については、その内容も概ね原告の訴えの内容(自覚症状)をそのまま前提としているものであると考えられるところであって、それをそのまま受け取り難いところがあるし、また、そのような傾向があるとしても、直接的な治療効果によるものかは疑問があるし、さらには、その改善傾向は、慢性的症状が継続する中での緩徐な改善といえるのであって、「慢性症状が持続してもその症状が安定している」という範疇をこえるものとは考え難い。また、原告が診療を受けた日数についても、平成16年10月からは月1回程度の受診であるところ、原告の主張によっても、平成17年から平成20年まで、その頻度は大して変わらなかったこと(書証略)が窺える。原告は、投薬等の変更をもって症状の改善と主張するが、もともと原告に対する投薬等は対症療法であり、これをもって原告の症状が改善されたものと認めることは困難である。原告は、通院手段の変更、運動療法の開始、復職後の業務従事をもって症状の改善とも主張するが、通院手段の変更や運動の開始は原告の意思によるもので、整形外科の医師の指示によるものとは認められないし、復職の経緯や、原告が復職後すぐにフルタイムで稼働していること、それ以前に宿泊を伴う旅行をしていることからすれば、原告が平成20年の復職以前がまったく労務不能の状態にあったとは認め難く、前記認定の治療経過等を考え合わせれば、これらをもって本件治癒認定の相当性が左右されるものではない。
 ウ また、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成12年、その前年である平成11年10月頃に発生し、継続中の体調不良を訴え、東京都及び兵庫県で複数の医院を受診したところ、その訴えの中には、平成12年2月1日に腰、腹が痛み、起き上がれなかったという腰痛もあり、東京医科大学病院整形外科でMRI検査を受け、同病院は、腰椎椎間板症と診断したが、原告は、腰椎椎間板ヘルニアと診断されたと認識していたこと、原告は、右腰部痛及び下肢の鈍痛を含む痛みを訴え、少なくとも、平成12年2月29日から同年4月10日までは会社を休み、同年10月25日からは、同月13日に駅で突き飛ばされ、下肢の鈍痛が増悪したとして、平成13年6月頃まで会社を休み、帰郷して腰痛と痔の治療を受けたこと、その間、歩けないとして車椅子を使っていた時期もあったこと、平成13年6月頃の復職後も、引き続き本件事故前まで腰痛につき月に10回程度継続的に理学療法や投薬等を受けていたことが認められる。そうすると、原告は、本件事故前においても、腰部等に相応の痛み等の症状を有していたといえるのであって、これが、原告の症状の増悪、軽減に関与していることも十分に考えられるところである。さらに、原告の主訴については、本件事故以前から、複数の医師から精神面の関与の指摘があり、本件事故後も、原告は、労働基準監督署等とのやりとりを契機に、痛みや硬結感などの症状が悪化した旨を訴えており、平成17年には反応性抑うつ状態との診断を受けていることを考え合わせれば、原告の症状の改善・増悪につき心理的要因が大きく作用していた可能性があることが推認される。これらのことからすれば、本件治癒認定以後の時期における原告の症状に一定程度の変動があったとしても、既往症の関与や心理的要因の関与が考えられるところであって、そうだとすれば、その変動を理由として、本件治癒認定が不当であるとする原告の主張は採用できない。
 エ また、原告は、胸椎椎間板ヘルニア、胸椎椎間板症、頚椎椎間板ヘルニアの存在を指摘するが、原告に胸椎及び頚椎の椎間板の変性が見られるとしても、その発症時期や本件事故との因果関係は、同医師の意見によっても定かではなく、椎間板ヘルニアは、加齢による退行性の変化によっても生じ得る(書証略)し、胸椎椎間板ヘルニアについては、外傷などの誘因が見られない場合がほとんどであるとされる(書証略)ことなどを考え合わせれば、上記傷病が本件事故によって生じたことを前提とする原告の主張は、それ自体採用することができない。
 (4) 以上によれば、本件治癒認定は相当なものである。また、本件において、本件各処分に至る手続について違法があったと認めるに足りる証拠はない。したがって、本件各処分を違法なものということはできない。