全 情 報

ID番号 : 08950
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 秋本製作所事件
争点 : 工業用プラスチック製品等製作会社の組合分会長が降格処分とその後の普通解雇を争った事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 工業用プラスチック製品、モールド金型製作等を営む会社Yで組合の分会長を務める従業員Xが、降格処分後に普通解雇されたことについて、地位確認、減額後未払賃金・賞与、解雇後未払賃金・賞与等を求めた事案である。 千葉地裁松戸支部は、まず降格処分について、Yから提出を求められたマニュアルの所在について真摯な回答をしなかったことや、重要な業務指示のあった日に有給休暇を取得したことは、責任感に欠ける行為であったとしても、それだけをもってXを降格すべき業務上・組織上の必要性があったとか、その職務・地位にふさわしい能力・適性を有さないということはできないとした。また、この降格は実質的には部長待遇の職位を主任に降格するものであり、役職手当の大幅な減少を伴うものであることを考慮すると、人事権の濫用に当たり無効として未払賃金を認めた。しかし、賞与については、賃金規定で各営業期の実績などの事情を勘案して支給する旨定めており、年2回定額の賞与を支給し続けることを合意したとまでは認められないとして請求を斥けた。次に解雇の有効性については、Yの主張する解雇事由のうち、出勤停止期間中の出勤、工作機械の私的使用、勤務時間中のオークションへの出品、官公庁等への電話などの事実があったとしても、いずれも解雇を相当とする重大なものではなく、解雇は著しく不合理で、社会通念上相当性を欠き、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効として、一部請求を認めた。
参照法条 : 労働基準法24条
労働基準法9章
労働契約法8条
労働契約法16条
体系項目 : 賃金(民事) /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事) /賞与・ボーナス・一時金 /賞与請求権
解雇(民事) /解雇事由 /勤務成績不良・勤務態度
解雇(民事) /解雇事由 /企業秩序・風紀紊乱
裁判年月日 : 2013年3月29日
裁判所名 : 千葉地松戸支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)1427
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1078号48頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 2 争点(1)(本件降格処分の有効性)について
 (1) 原告は、本件雇用契約において、原告の職種を技術部長に限定する旨の合意があったから、被告は本件降格処分を一方的な措置として行えないと主張するが、本件全証拠によってもそのような合意を認めることはできないから、原告の上記主張は採用できない。〔中略〕
 (4) そして、被告は、本件降格処分が人事権の逸脱、濫用に該当しない理由として、原告が技術部に在籍していた頃から本件降格処分までの原告の勤務態度を総合すると、原告が役職者としての適性を欠く者であると判断され、本件降格処分をする必要があった旨主張するので、以下、原告が技術部に在籍していた頃から本件降格処分までの原告の勤務態度を検討し、前記(2)で摘示した諸点に照らして本件降格処分の有効性を検討することとする。〔中略〕
 〈1〉原告が、上記のとおり、被告から提出を求められたマニュアルの所在について真摯な回答をしなかったこと、〈2〉重要な業務の指示のあった日に有給休暇を取得したことに関する点に限り、責任感に欠ける行為があったということができる。〔中略〕
 上記〈1〉、〈2〉のほかに、〈3〉原告が副社長であるEから暴行を受けたことで警察官の出動を要請したこと及び〈4〉無車検の社用車を運転した件で警察署に電話したことを重視して、本件降格処分をしたものと認めるのが相当であるところ、上記〈3〉、〈4〉が降格処分の理由になり得ないことは、明らかであり、そうすると、本件降格処分は、考慮すべきでない事項を考慮して行ったものということもできる。以上の諸点と、本件降格処分が、実質的には、部長待遇の職位を主任に降格するものであり、役職手当の大幅な減少を伴うはずのものであることを併せ考慮すると、本件降格処分は、人事権を濫用してされたものと認めるのが相当である。
 (5) 以上のとおりであるから、本件降格処分は、人事権を濫用したものであって、無効である。
〔賃金(民事)‐賞与・ボーナス・一時金‐賞与請求権〕
 4 争点(3)(賞与の減額の当否)について
 原告は、本件雇用契約において、1年に2回一時金として各75万円を支給する旨の合意があったと主張するが、同主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
 また、仮に上記合意が認められたとしても、賃金規定の9条は、各営業期の実績、その他の事情を勘案して賞与を支給することがある旨定めているのであって、この規定に照らすと、上記合意が、契約当初の賞与を75万円と決定したことを超えて、年2回各75万円の賞与を支給し続けることを合意したものであるとまでは認められない。
 そうすると、原告のこの点についての主張は失当であって、被告に賞与について債務の未履行部分があるとは認められない。
〔解雇(民事)‐解雇事由‐勤務成績不良・勤務態度〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐企業秩序・風紀紊乱〕
 5 争点(4)(本件解雇の有効性)について
 (1) まず、被告の主張に即して、解雇事由の存否について検討する。
 ア 本件解雇事由(ア)(懲戒処分後の就労拒否)について〔中略〕
 以上によれば、本件解雇の解雇事由のうち、本件解雇事由(ア)、(イ)、(エ)、(オ)、(キ)については、それぞれ上記のとおりの就業規則所定の解雇事由に該当するということができる。
 (2) そこで、次に、本件解雇が解雇権の濫用(労働契約法16条)に当たるか否かを検討する。
 ア 本件解雇事由(ア)(懲戒処分後の就労拒否)及び(イ)(出勤停止期間中の出勤等)に係る原告の行為は、いずれも被告の業務上の指示・命令に従わず、会社の秩序を乱すものであって、本件解雇に至る経緯に照らしても、本件解雇の主たる理由になったものということができる。
 しかしながら、本件解雇事由(ア)については、本件解雇の際に原告に示された事実(懲戒処分1及び2を受けた後の就労拒否)自体についてはこれを認めることができないのであり、就業規則所定の解雇事由に該当する行為として認められるのは、懲戒処分2で既に制裁を受けた行為であって、解雇の理由としてこれを重視するのは相当でないというべきである。
 また、本件解雇事由(イ)についても、前記認定のとおり、その中には、原告が、組合として、被告に対して団体交渉を求める旨の申入書を交付する目的で立ち入ったり、工場内でTの指示を確認した上で通常の業務に従事したりしたものも含まれており、その他の行為も被告に重大な損害を与えるような態様ではないのであって、平成21年11月11日に警察官の説得によって退去してからは被告工場内に立ち入ることをしなくなったことも考慮すると、この点についての原告の行為も、直ちに解雇を相当とするほどの重大なものとはいえないというべきである。
 イ 本件解雇事由(エ)(工作機械の私的使用)及び(オ)(オークションへの出品等)については、本件解雇の時点より相当前の行為であるし、本件解雇事由(キ)(官公庁等への電話)も含め、被告の業務を阻害するようなものとは認められず、いずれも解雇に値するほど重大なものと評価できない。
 ウ 以上の点を考慮すると、本件解雇事由として認められる原告の行為は、いずれも解雇を相当とする重大なものではないのであって、これらの事実を総合し、かつ、本件情状事由を考慮しても、原告に対して解雇をもって対処するのは著しく不合理で、社会通念上相当性を欠くといわざるを得ない。したがって、本件解雇は、解雇権を濫用したものである。
 (3) したがって、本件解雇は、不当労働行為に該当するか否かを検討するまでもなく、無効である。