全 情 報

ID番号 : 08951
事件名 : 割増賃金等請求事件
いわゆる事件名 : レガシィほか事件
争点 : コンサルティング会社と税理士法人の双方に雇用された税理士が割増賃金等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 金融、財務、その他の資産の管理及び運用のコンサルティング業務等を目的とする会社Y1と税理士法人Y2双方に雇用されていたXが、Yらに対し時間外労働についての未払割増賃金、付加金等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、税理士業務は労働基準法38条の3所定の専門業務型裁量労働に該当するが、本件のようにY1、Y2の業務が税理士以外の業務も含め渾然一体となって行われている場合に適用することはできないとして時間外労働についての割増賃金請求権を認容し、深夜労働に係る割増賃金についても、専門業務型裁量労働制が適用されない以上、深夜労働についても割増賃金を支払うべき義務があり、また法定休日労働についても労働基準法35条の原則に従うべきとして当該2日間の休日割増しを命じた。 また、XY間には労務の提供のほか賃金の支払について不可分債務とする旨の黙示の合意があったものと認められるとして、Yらは連帯して賃金等を支払うべき義務を負い、Xの割増賃金請求が信義則に違反するとのYらの主張については、信義則違反の事実は見当たらず、たとえそれによりYらが損害を被ったとしても、信義則違反の主張はXへの損害賠償請求権を自働債権としてXの賃金債権を相殺するものにほかならず、賃金全額払の原則(相殺禁止の趣旨を包含する)を定めた労働基準法24条1項本文の趣旨を潜脱するとした(付加金も認容)。
参照法条 : 労働基準法24条
労働基準法37条
労働基準法114条
労働基準法施行規則24条の2の2
民法430条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /労働者 /税理士
労基法の基本原則(民事) /使用者 /複数の使用者
労働時間(民事) /裁量労働 /裁量労働
賃金(民事) /賃金の支払い原則 /全額払・相殺
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2013年9月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)15937
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1086号12頁/労働経済判例速報2194号20頁
審級関係 : 控訴審/東京高平成26.2.27/平成25年(ネ)第5962号/平成25年(ネ)第7081号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐税理士〕
〔労働時間(民事)‐裁量労働‐裁量労働〕
 2 争点1(原告が被告らに対し時間外労働についての割増賃金の支払を請求し得るかどうか)について
 (1) 労働基準法38条の3所定の専門業務型裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として厚生労働省令及び厚生労働大臣告示によって定められた業務を対象とし、その業務の中から、対象となる業務を労使協定によって定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定によりあらかじめ定めた時間働いたものとみなす制度である。労働基準法施行規則24条の2の2、平成14年厚生労働省告示第22号は、「税理士の業務」を専門業務型裁量労働制の対象と定めるが、ここで「税理士の業務」とは、法令に基づいて税理士の業務とされている業務をいい、税理士法2条1項所定の税務代理、税務書類の作成、税務相談がこれに該当すると解するのが相当である。
 (2) ところで、税理士の業務については、税理士法52条により、税理士又は税理士法人(税理士が社員となって設立する。税理士法48条の2及び4)でない者が行うことが制限されており、税理士又は税理士法人以外の者が業として他人の求めに応じて税務代理、税務書類の作成等を行うことは許されない。また、税理士の業務は、公認会計士の業務、弁護士の業務、建築士の業務等と並んで、いずれも専門性の高い国家資格を要する業務であることに基づき、労働基準法38条の3所定の専門業務型裁量労働制の対象とされたものである。これらのことに照らせば、専門業務型裁量労働制の対象となる「税理士の業務」は、税理士自身、すなわち、税理士法3条所定の税理士となる資格を有し、同法18条所定の税理士名簿への登録を受けた者自身を主体とする業務をいうものと解するのが相当である。〔中略〕
 (3) これを本件についてみると、税理士法人である被告法人においては、その税理士以外の従業員が被告法人を労務の提供先として事実上税務書類の作成等の業務を行い、その成果が被告法人を主体とする業務として顕出されるということがあり得る。しかしながら、他方、税理士法人でない被告会社においては、自らが業として他人の求めに応じて税務書類の作成等を行い得るものではない以上、被告会社の従業員が被告会社を労務の提供先として事実上税務書類の作成等の業務を行ったとしても、その業務は、税理士又は税理士法人を労務の提供先とするものとはいえず、また、その成果が税理士又は税理士法人を主体とする業務として顕出されるということも考えられない(なお、仮に、業務の成果が被告会社の従業員である税理士個人を主体とする業務として顕出されることがあったとしても、その労務の提供先が当該税理士個人ではなく被告会社である以上、同様である。)。したがって、少なくとも、被告会社においては、その税理士以外の従業員による事実上の税務書類の作成等の業務について、実質的に「税理士の業務」を行うものと評価して専門型裁量労働制の対象に該当すると解する前提を欠き、税理士以外の従業員に専門型裁量労働制を適用することはできないというべきである。
 そして、前記認定の事実関係の下では、原告は、被告ら双方と労働契約を締結したものの、被告らに対し、そのいずれの業務であり、そのいずれが労務提供先となるのかを格別区別することなく、双方の業務が渾然一体となったものとして、その労務を提供していたものであり、被告らも、原告から、被告らのいずれの業務であり、被告らのいずれが労務提供先となるのかについて格別区別することなく、その労働の提供を受けていたものであると認められる。このような被告会社の業務と被告法人の業務とが渾然一体となって行われている場合に専門業務型裁量労働制を適用することは、専門業務型裁量労働制を本来適用することができない業務に適用する結果となるものであり、労働基準法が特定の業務に限って専門業務型裁量労働制の対象とした趣旨を損なうものといわざるを得ない。したがって、被告らにおける原告の業務については、仮にそれが事実上の税務書類の作成等であったとしても(むしろ、書証(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の業務は、税理士の補助業務にとどまることがうかがわれる。)、被告会社の業務として行われたのか被告法人の業務として行われたのかが明確に特定区分されていない以上、専門業務型裁量労働制を適用することはできないというべきである。
 (4) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告には専門業務型裁量労働制が適用されないものと認められ、被告らは、原告に対し、時間外労働についての割増賃金を支払う義務があるというべきである。
 3 争点2(原告が被告らに対し深夜労働についての割増賃金の支払を請求し得るかどうか)について〔中略〕
 したがって、原告の所属長(C)が原告に対し、深夜に労働することの許可を与えたかどうかにかかわらず、被告らは、原告に対し、深夜労働についての割増賃金を支払うべき義務があるというべきである。
 4 争点3(原告が被告らに対し法定休日労働についての割増賃金の支払を請求し得るかどうか)について〔中略〕
 したがって、平成22年8月8日(日曜日)及び同月22日(日曜日)は、いずれも法定休日であり、上記両日における労働については、法定休日労働として割増賃金が支払われるべきである。
〔労基法の基本原則(民事)‐使用者‐複数の使用者〕
 5 争点4(被告らが原告に対し割増賃金及びこれに対する遅延損害金を連帯して支払う義務を負うかどうか)について
 前判示のとおり、原告は、被告ら双方と労働契約を締結したものの、被告らに対し、そのいずれの業務であり、そのいずれが労務提供先となるのかを格別区別することなく、双方の業務が渾然一体となったものとして、その労務を提供していたものであり、被告らも、原告から、被告らのいずれの業務であり、被告らのいずれが労務提供先となるのかについて格別区別することなく、その労働の提供を受けていたものであると認められる。このような事実関係の下では、原告と被告らの間においては、労務の提供のほか賃金の支払について、これを不可分債務とする旨の黙示の合意があったものと認めるのが相当である。
 したがって、被告らは、原告に対し、賃金及びこれに対する遅延損害金を連帯して支払うべき義務を負うというべきである。
〔賃金(民事)‐賃金の支払い原則‐全額払・相殺〕
 8 争点7(原告の割増賃金請求が信義則に違反するかどうか)について
 被告らは、いくつかの事情を摘示して、原告の割増賃金請求が信義則に違反する旨を主張するが、いずれの事情をもってしても、原告の請求が信義則違反であると評価するに足りない。
 特に、被告らは、原告が背信的意図に基づく機密保持義務違反行為に及んだことを強調するが、仮に、原告に被告ら摘示の事実があり、それにより被告らが損害を被ったとしても、それをもって原告の賃金請求が信義則違反である旨を主張することは、原告に対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を自働債権として原告の賃金債権を相殺するものにほかならず、賃金全額払の原則(相殺禁止の趣旨を包含する。)を定めた労働基準法24条1項本文の趣旨を潜脱するものであることが明らかである。
 したがって、原告の割増賃金請求が信義則に違反するとは認められない。
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 9 争点8(被告らに対し付加金の支払を命じるべきであるかどうか及びその金額いかん)について
 原告は、平成22年1月~同年9月分の割増賃金にかかる付加金について、被告らに対し、平成24年6月4日に本件訴えを提起し、その支払を求めたものである。そして、被告らは、労働基準法の規定に違反して、原告に対する時間外労働等についての割増賃金の支払をしなかったものであるところ、その違反の程度や態様については、専門業務型裁量労働制に係る法令の解釈適用を誤ったことに起因するものであり、必ずしも悪質であるとはいえない。他方、被告らは、本件訴訟に至って以降、賃金全額払の原則を定めた労働基準法24条1項本文の趣旨を潜脱するものであることが明らかな主張を重ねるなどして、原告に対する未払割増賃金の支払をしようとしなかったという事情も存する。これらの諸般の事情を総合考慮すれば、本件においては、被告らに対し、同法114条ただし書所定の期間内の付加金として、20万円の支払を命じるのが相当である。