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ID番号 : 08964
事件名 : 地位確認等請求控訴、附帯控訴事件
いわゆる事件名 :
争点 : 酒気帯び運転、物損、逃走、逮捕後に懲戒解雇された郵便従業員が処分無効を争った事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 郵便事業株式会社Yの従業員Xが、酒気帯び運転により物損事故を起こし、現場から逃走後に逮捕され、就業規則に基づいて懲戒解雇されたことに対し、当該懲戒解雇の無効を主張して雇用契約上の地位確認及び給与等の支払を求めるとともに、予備的に退職金等の支払を求めた事案の控訴審判決である。 第一審の東京地裁は、懲戒解雇を選択したことは相当だとして請求を棄却しつつ、賃金の後払的性質を考慮し、退職金支払請求の一部を認めた。これに対してYが控訴(Xも退職金額につき不服として附帯控訴)。 第二審の東京高裁は、Yにおける退職金は、賃金の後払的な意味合いが強く、非違行為によって減額することができるにすぎず、本件では永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信行為であるとまではいえず、交通事故は物損事故であり、民事的にも解決していることから、Yに現実的な信用上及び営業上の損害が発生したとは言えないとして、退職金の支給を命じた原審判決を維持し控訴を棄却した。また、減額が多すぎるとのXの主張については、酒気帯び運転、物損事故、不申告での立ち去りという一連の行為は、交通法規や社内での警告を無視したものであって、Xは、自動車等により集配業務等を行うことを主たる業務とするYの社員としての適格を欠いており、それまでの永年の勤続の功を相当程度減殺するものというべきとして、これを棄却した。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
労働基準法2章
体系項目 : 賃金(民事) /退職金 /退職金の法的性質
賃金(民事) /退職金 /懲戒等の際の支給制限
解雇(民事) /解雇事由 /逮捕・拘留
裁判年月日 : 2013年7月18日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成25(ネ)2937/平成25(ネ)3561
裁判結果 : 控訴棄却、附帯控訴棄却
出典 : 判例時報2196号129頁
審級関係 : 一審/東京地平成25.3.26/平成23年(ワ)第17764号
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇事由‐逮捕・拘留〕
〔賃金(民事)‐退職金‐退職金の法的性質〕
〔賃金(民事)‐退職金‐懲戒等の際の支給制限〕
 第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する予備的請求は、400万円及びこれに対する平成23年6月16日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものと判断する。その理由は、当審における当事者の補充主張に対する判断を後記2及び3のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第4 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから(ただし、原判決6頁15行目の「同年」を「平成21年」に、22行目から23行目にかけての「無断欠勤したことから戒告処分を受けた。」を「無断欠勤したことから、平成13年2月23日に戒告処分を受けた。」にそれぞれ改める。)、これを引用する。
 2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
 (1) 控訴人は、前記第2の3の(1)~(3)の事情に照らせば、被控訴人は控訴人に対して退職金を請求することができない旨主張する。
 (2) しかし、引用に係る原判決の「第4 当裁判所の判断」中の4(1)に説示のとおり、郵便事業社における退職金は、賃金の後払的な意味合いが強いというべきであるから、懲戒解雇されたことのみを理由として直ちに退職金を支給しないといった措置を採ることは許されず、労働者の行った非違行為によってそれまでの永年の勤続の功が抹消されるといえるような場合には退職金を支給しないことができるものの、それまでの永年の勤続の功が抹消されるとまではいえない場合には、労働者の行った非違行為によってそれまでの永年の勤続の功が減殺される程度に応じて、退職金を減額することができるにすぎないというべきであり、社員就業規則77条1項1号や退職手当規程13条1項もそのような趣旨に解釈するのが相当である。そうすると、社員就業規則77条1項1号や退職手当規程13条1項において退職金の不支給の例外が明示的に定められておらず、また、郵便事業社において過去に懲戒解雇された者に対して退職金が支払われた例がなかったとしても、被控訴人が控訴人に対し退職金を請求することができないとはいえない。
 (3) そして、次の事情に照らすと、本件非違行為が被控訴人のそれまでの永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信行為であるとまではいえない。
 ア 本件非違行為は、一般社会からも強く指弾されるべき反社会的行為であるが、業務外のものであって、本件酒気帯び運転に対しては罰金刑が科されたにすぎず、交通事故は物損事故であり、物損事故の被害者に対しては、被控訴人が加入する共済から39万9943円が支払われ民事責任については解決している(引用に係る原判決の「第4 当裁判所の判断」中の1(1)のウ、オ及びカ)。
 イ 仮に、本件非違行為が複数の新聞やテレビによって報道されることにより、地域の顧客が郵便事業社に対し不信感を抱き、予約していた年賀葉書の購入を断ったり、郵便事業社の従業員に対して批判や皮肉を言ったりしたことがあったとしても、これらのことは一時的なものにすぎないと考えられる上、これらのことにより郵便事業社に現実的な信用上及び営業上の損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。
 ウ 被控訴人の勤務態度に対する評価が、可もなく不可もないという評価よりは若干良くないとしかみることができないことは、引用に係る原判決の「第4 当裁判所の判断」中の2(2)に説示のとおりである。
 (4) したがって、控訴人の上記(1)の主張は、採用することができない。
 3 当審における被控訴人の補充主張に対する判断
 (1) 被控訴人に支給する退職金の金額について
 ア 被控訴人は、前記第2の4(1)イの諸事情からすると、本件において、退職手当の基本額の一部を不支給にすることが是認されるとしても、それは基本給の6箇月分程度の額、すなわち200万円の範囲に限られるというべきである旨主張する。
 しかし、引用に係る原判決の「第4 当裁判所の判断」中の2(3)に説示のとおり、被控訴人の酒気帯び運転、物損事故、不申告での立ち去りという一連の行為(本件非違行為)は、交通法規や社内での警告を無視したものであって、被控訴人は、自動車等により集配業務等を行うことを主たる業務とする郵便事業社の社員としての適格を欠くというべきであることなどからすると、本件非違行為は、被控訴人のそれまでの永年の勤続の功を相当程度減殺するものというべきである。
 したがって、被控訴人の上記主張は、採用することができない。
 イ そして、引用に係る原判決の「第4 当裁判所の判断」中の4(2)に説示のとおり、被控訴人については、勤務態度が不良であったとはいえないこと、処分の対象となった行為が業務外のものであることなどを考慮すると、平成21年3月31日に自己都合退職した場合の退職金額である1320万5310円(引用に係る原判決の「第2 事案の概要」中の1(5))の約3割に当たる400万円を被控訴人の退職金として認めるのが相当である。
 (2) 退職金に係る遅延損害金の起算日について
 被控訴人は、退職手当規程4条2項において、「退職手当は、社員が退職した日から起算して1か月以内に支払う。」と規定されているところ、懲戒解雇も退職に当たるから、被控訴人に対する退職金は、被控訴人が懲戒解雇された平成21年3月31日から1箇月以内に支払われるべきであり、退職金が支払われない場合の遅延損害金の起算日は同年5月1日とすべきである旨主張する(前記第2の4(2))。
 しかし、前記2(2)に説示のとおり、社員就業規則77条1項1号及び退職手当規程13条1項により、懲戒解雇された者のした非違行為がそれまでの永年の勤続の功を抹消するものである場合には退職金を支払わないことができるし、それまでの永年の勤続の功を抹消するほどのものでなくても減殺するものであれば、減殺の程度に応じて退職金の一部を支払わないことができるところ、退職金の支給の要否や減額の程度に争いがある場合には、裁判などによらなければ支払われるべき退職金額が確定しないから、懲戒解雇の日から1箇月以内に退職金が支払われなくても、控訴人に帰責事由があるとはいえない。そうすると、退職手当規程4条2項の「社員が退職した日から起算して1箇月以内」の文言中の「退職」に懲戒解雇による退職は含まれないと解するのが相当である。そして、引用に係る原判決の「第4 当裁判所の判断」中の4(3)に説示のとおり、本件における遅延損害金の起算日は、訴状が控訴人に送達された日から、労基法23条1項に定める7日の期間が経過した翌日である平成23年6月16日とすべきである。
 したがって、被控訴人の上記主張は、採用することができない。