ID番号 | : | 08966 |
事件名 | : | 療養補償給付不支給処分取消等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 中央労働基準監督署長(Y興業)事件 |
争点 | : | 興業会社マネージャーが専属タレントから受けた暴行及びPTSDにより労災認定を求めた事案(労働者敗訴) |
事案概要 | : | Y興業会社にマネージャーとして勤務していたXが、Xの担当ではないY興業専属タレントAから暴行を受け、頸椎捻挫ないし脳損傷等の傷害を負い、その後PTSDを発症して療養・休業をやむなくされたとして行った労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付請求に対する中央労基署長の不支給処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、まず業務起因性について相当因果関係が存在することが必要であり、またその判断手法として当該発病に対して、業務による危険性がその他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要であるとした上で、本件について、事件の発端はXがAに対して私的に自己紹介しようとしたところ、Aがその態度に不快感を覚えたというものであって、Xのその行為に業務性は認められないこと、また、暴行に至る経過において、XがAの尊敬するB及びCを呼び捨てにしたことがあるが、その発言自体はXの業務との関連性に乏しいことなどからすれば、本件事件による災害の原因が業務にあると評価することは相当ではなく、Xの業務と本件事件による災害及びそれに伴う傷病との間に相当因果関係を認めることはできず、業務起因性はないとしてXの請求を棄却した(なお、「念のため」として、休業と療養についての業務起因性についても検討し、Xが事件後PTSDに罹患したとは認め難いとした。 |
参照法条 | : | 労働基準法75条 労働基準法76条 労働者災害補償保険法7条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /暴行・傷害・殺害 |
裁判年月日 | : | 2013年8月29日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成22(行ウ)409/平成22(行ウ)636 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 労働経済判例速報2190号3頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐暴行・傷害・殺害〕 (3) 本件事件による災害における業務起因性 ア 本件事件については上記(1)のとおり認定できるところ、かかる事実認定を前提にして、本件事件による災害について業務起因性が認められるか否かを検討する。 イ まず、本件事件は、原告がマネジメントを担当するDが番組出演をするのに同行し、X放送に出張していた際に発生したものであり、事業主の支配下にあって、その管理を離れて業務に従事している際の災害として、業務遂行中に発生したものといえる。 ウ しかしながら、本件事件の発端についてみるに、原告は、Y興業の社員(マネージャー)であり、EはY興業の専属タレントであるが、原告はEの担当マネージャーではないことはもちろん、タレントとは異なる文化人マネジメント担当であり、原告の主たる業務上の接触先は、担当文化人やテレビ・ラジオのプロデューサーやディレクターであって(書証略)、原告とEは、同じ会社に所属する社員と専属のタレントということのみで、具体的な業務上のつながりは認められない。 本件事件当日の具体的状況としても、Eは、X放送内で同人の担当マネージャーを待っていたというにすぎず、何ら担当外である原告による声かけを必要とするような事情が生じていたわけではないから、原告がDのマネージャーとしての担当範囲を超えて業務上のつながりがないEに対して何らかの業務上の行為を行うべき必要性は認められない。なお、この点、原告はEに話しかけた動機についてあたかも業務上の必要性があったかのように述べているがかかる供述を採用できないことは上記(2)アのとおりである。 原告は、自らの個人的な過去の経験に基づく懐かしさから、自身が旧知の間柄と思っていたEに話しかけたにすぎず、会話の内容をみると、原告は、これまで業務上のつながりのないEに話しかけるにあたり、自己の職業上の立場を当初明らかにすることもなく、M及びNの名前を出して現在の業務と関係のない過去の話をし、別れ際に自らの職業上の立場を説明したにすぎない。 これらの点からすれば、原告はEに対して、東京広報部文化人マネジメント担当としての業務のために話しかけたものではなく、Eの上司であるMやNとの個人的つながりを持ち出して、私的に自己紹介しようとしたものであるとみるのが相当である。 したがって、本件事件の発端となる原告のEに対する話しかけ行為は、業務とはいえないというべきである。 エ また、原告がEから暴行を受けるに至った経緯についてみても、上記(1)のとおり、原告は、Eに話しかけたものの、同人からはかばかしい反応が得られなかったため、4、5年前からY興業の社員であることを告げてEとの会話を打ち切り、立ち去ろうとしたところ、原告の言動を不審に思っていたEは、原告がY興業の社員であることを知るや、Eが尊敬するM及びNを原告が呼び捨てにしたことなど原告の話し方などに立腹して説教するにおよび、その際の原告の態度にさらに立腹したというものである。確かに、Eが立腹するに至った事情として、Y興業の社員である原告がM及びNを呼び捨てにしたことがあり、同人らは本件事件前後の時期においてY興業の幹部であったことは認められる。しかし、原告は両名を高校生の頃に面識があった人物として名前を出したものであって、原告の発言内容自体は、本来の原告の業務との関連性は乏しいし、Eが立腹した理由の一つが原告がY興業の社員であることであったとしても、原告のEに対する話しかけやこれに続く原告とEとの口論は原告の業務とは関連性がない(もとより、社員がその上司に敬称を付さないことは一般的なことであり、それに対して立腹するというEの考えが理不尽なものであることは当然のことである。しかし、このことは業務性に関する上記判断を左右するものではない。)。 オ まとめ 以上のとおり、本件事件の発端は、原告がEに対して私的に原告自身を自己紹介しようとしたところ、Eがその態度に不快感を覚えたというものであって、その原告の行為について業務性は認められないこと、暴行に至る経過において、原告がM及びNを呼び捨てにしたことがあるが、その発言自体は、原告の業務との関連性に乏しいことなどからすれば、本件事件による災害の原因が業務にあると評価することは相当ではなく、原告の業務と本件事件による災害及びそれに伴う傷病との間に相当因果関係を認めることができないから、業務起因性を認めることはできない。 なお、原告は、Eが過去幾多もの暴力事件を起こし、社内やテレビ局内でも暴行事件を起こしており、本件事件による災害は、Eを専属タレントとして抱えて業務を遂行する過程に内在化されたリスクというべきであり、業務起因性が認められるとも主張している。しかしながら、原告の主張は具体性を欠いているし、Eが起こしたとされる個々の事案の内容も不明であり、その真偽も定かではないし、本件事件に至る原告のEに対する言動が原告の業務と関連しないことからすれば、本件事件による災害がEを専属タレントとして抱えて業務を遂行する過程において内在化されたリスクとして発生したとまで評価することは相当ではない。 (4) 以上のとおり、本件事件による災害については、業務起因性を認めることはできず、争点(2)、(3)を検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないこととなる。 しかしながら、以下において、念のため、争点(2)、(3)についても検討することとする。 3 争点(2)について〔中略〕 エ 以上によれば、原告が本件事件後、PTSDに罹患したとは認め難い。そして、原告の時間外労働の内容及び本件事件後に生じた事情等を考慮しても前記判断は左右されるものではない。 したがって、原告がPTSDに罹患したことを前提として、本件処分〈1〉の違法をいう原告の主張は採用することができない。 4 争点(3)について (1) 療養の要否について〔中略〕 以上からすると、原告の外傷に対する治療は、平成16年11月2日までに終了していると判断されるべきであり、同日以後の療養については、本件事件との因果関係が認められず、同日以降の療養について療養補償給付を求める本件請求〈3〉は支給要件に該当しないというべきである。 (2) 休業の要否について〔中略〕 したがって、平成16年11月2日以降の休業は、本件事件との因果関係が認められず、同日以降の休業について休業補償給付を求める本件請求〈2〉は支給要件に該当しないというべきである。 (3) 以上によれば、本件処分〈2〉及び〈3〉についても違法なものとは認められない。 |