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ID番号 : 08967
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 財団法人日本相撲協会事件
争点 : 力士が、財団法人の懲戒処分としての解雇を無効として地位確認、未払賃金等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 財団法人Yとの間で力士所属契約を締結した力士Xが、野球賭博というXの私生活上の非行を理由にYがした懲戒処分としての解雇が無効であるとして、Yに対し、力士の番附階級が大関であることの確認並びに未払賃金、旅費及び日当、交通費の支払等を求め、予備的に、財団法人の寄附行為に定める力士として権利を有することの確認、ないしは、所属契約の終了を前提とした力士養老金及び勤続加算金、預かり懸賞金の支払等を求めた事案である。 東京地裁は、まず解雇の効力について、解雇処分は、Yが定める寄附行為施行細則92条が懲戒事由として規定する、「相撲の本質をわきまえず、協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなした」ことに当たることに基づき、同施行細則93条が規定する懲戒処分としてされたものであり、処分は相当であるとした。他方、Xからの、解雇権放棄の合意及び信義則に反するとの主張、二重処罰の禁止の趣旨に反するとの主張、解雇が平等原則の趣旨に反するとの主張及び解雇が適正手続を欠くとの主張はいずれも当たらないとして、処分は有効であるとした上で、宿泊料及び日当、交通費の支払請求の可否、退職金及び本件懸賞金の支払請求の可否についても、Xが受領を拒否する一方でYは適正に供託しており、履行遅滞にも当たらないとして、Xの請求をすべて棄却した。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
労働基準法2章
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /労働者 /力士
解雇(民事) /解雇事由 /名誉・信用失墜
裁判年月日 : 2013年9月12日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)12298
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2191号11頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐力士〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐名誉・信用失墜〕
 1 争点(2)(本件解雇の効力)について〔中略〕
 (2) 本件処分事由について
 ア 本件処分事由〈1〉について
 上記認定事実によれば、原告は、平成19年に大関に昇進した後、平成21年8月までの約2年間、Gを通じて、元力士であるHが関与する本件野球賭博に参加したことが認められ、その頻度は、プロ野球シーズンの試合の半分程度であり、各回の賭け金は1万円から5万円で、最も多く賭けて10万円であり、Eの賭け金を含めると、各回の賭け金は、20万円から30万円で、最も多くて50万円であったことが認められ、これらの事実によれば、原告が、大関の地位にあるにもかかわらず、平成19年から平成21年9月ころまでの間、元力士との間で、プロ野球等の試合の結果に関し、多数回にわたり、多額の金銭を賭けて賭博を行ったとの本件処分事由〈1〉が認められる。〔中略〕
 イ 本件処分事由〈2〉について
 原告が、平成22年5月27日の被告執行部及び被告理事会による事情聴取において、本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をしたことは当事者間に争いがないところ、上記認定事実によれば、同月20日に発売された週刊新潮5月27日号には、原告が本件野球賭博に関与したこと等に関する詳細な本件記事が掲載されていたこと、被告は、これに対し、原告の虚偽の申告に従い、原告が本件野球賭博に参加していないとのマスコミ対応等をせざるを得なかったこと、原告が、同年6月13日の深夜から同月14日の未明にかけて、C理事長に対し、ようやく本件野球賭博への参加を申告したことにより、被告は、従前の対応を変えることとなり、原告が大関としての品格に問題があると批判的にマスコミ報道されたばかりでなく、被告が対応を変えたことについても、被告の自浄能力に疑問ありとする、被告に批判的なマスコミ報道がされるなどし、平成22年7月場所の開催が危ぶまれるなどの状況に陥ったことが認められ、これらの事実によれば、本件処分事由〈1〉の事実についての週刊誌報道等がなされたため、同年5月27日、被告において事情聴取を行い、同日、理事会において事情聴取を行ったが、原告が、当該事実について虚偽の申告を行ったため、被告の対応を誤らせ、その信用を失墜させたとの本件処分事由〈2〉が認められる。
 ウ 本件処分事由〈3〉について
 上記認定事実によれば、原告が、平成22年3月、D兄から、原告の本件野球賭博関与の口止め料の支払を要求され、大阪市内の路上に呼び出され、これに応じて、Eとともに同所に赴いたところ、D兄及び暴力団関係者と思われる男1名がおり、同人らから8000万円の口止め料の支払を要求をされたことが認められ、原告が、自らに対する野球賭博に関連する恐喝事件の現場において、暴力団関係者と疑われる者と協議を行ったとの本件処分事由〈3〉が認められる。〔中略〕
 エ 以上によれば、本件処分事由はいずれも認められる。
 (3) 本件処分事由の懲戒事由該当性について
 ア 前提事実(2)のとおりの本件所属契約における大関としての待遇に加えて、証拠(甲2、4)によれば、大関は、いわゆる別格の地位とされる横綱を除けば、被告所属の力士の頂点にある存在として、本場所相撲を2場所連続して負け越したときに初めて、その地位から降下するとされ、引退後3年間委員としての待遇を受けることができ、年寄名跡の襲名継承資格や師匠となる資格を与えられるなど、他の力士に比べて、特別な待遇を与えられていることが認められる。
 このように、被告において大関の地位にある力士は、自身の行動が公私を問わず、マスコミ報道を通じて広く報道されることにより、常に社会の注目を浴びる存在であることを踏まえ、日本国固有の国技である相撲道の維持発展と国民の心身の向上への寄与を目的とし、力士、行司等の育成及び力士の技量を審査するための本場所相撲の公開実施等の事業を行う財団法人である被告において、被告全体のことを考えて、他の力士にも増して相撲道を体現するとともに、自らを律して他の力士らの模範となる行動をとることが強く求められているというべきであり、原告もそのことを理解していたと認められる。
 イ そのような観点から、本件処分事由〈1〉についてみると、本件野球賭博に対する暴力団関係者の関与の有無については解明されていないものの、大関の地位にある力士として、自らを律して他の力士らの模範となる行動をとることが強く求められていた原告が、犯罪行為である本件野球賭博に参加したことは、そのことが職務外でされた、職務遂行に直接関係のない私生活上の非行であるとしても、被告の社会的な評価を低下、毀損させる重大な非違行為に当たるものといえる。そして、証拠上認定できる参加期間、頻度、賭け金額等に照らせば、原告が、常習的に本件野球賭博に参加したものと認められる上、原告が、Eを本件野球賭博に参加させ、同人の賭け金や配当金の管理を行っていたことについても、原告の責任を軽減するものではなく、むしろ、Eの本件野球賭博への参加を容易にする行為をしたものとして、看過することができない情状事実であるといえる。〔中略〕
 (4) 本件解雇の相当性について
 ア 上記認定事実によれば、被告理事会は、被告及び特別調査委員会による調査結果に原告の弁明を加味した上で、本件処分事由がいずれもあると認定し、原告に酌むべき事情があるかどうかを含めて討議した結果、原告に対する懲戒処分として解雇(退職金は全額支給するが、功労金は支給しない。)が相当であると議決し、被告は、原告に対し、本件解雇の意思表示をしたことが認められるところ、本件処分事由の非違行為としての重大性に加えて、被告所属の力士の頂点である大関という地位にあった原告の立場、本件処分事由が被告に及ぼした結果及び社会的影響の大きさに照らせば、原告には被告における懲戒処分歴がないこと、その他本件に顕れたすべての事情を考慮しても、被告が、原告に対し、被告寄附行為施行細則(甲2)93条が規定する懲戒処分として本件解雇をしたことは相当であるというべきである。〔中略〕
 (5) 本件解雇が解雇権放棄の合意及び信義則に反するとの原告の主張について〔中略〕
 エ 以上によれば、平成22年6月11日に開催された被告の生活指導講習会において、C理事長が、同月14日までに、本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば、厳重注意にとどめると告げるとともに、別途、同理事長名で、「6月14日(月)までに別紙上申書を協会に提出した者に対しても、厳重注意で済ませます。」などと記載された書面(甲13)を、各師匠に宛てて配布したことによって、原告と被告との間で、原告が、同日までに、本件野球賭博を含む賭博行為へ参加したことを自己申告し、上申書を提出することで、被告において、本件所属契約の解雇権又は解除権を放棄するとの合意が成立したと認めることはできないし、本件解雇が、本件野球賭博に参加したとの申告をすれば、厳重注意にとどめるという利益誘導又は偽計を用いてされたものであるから、禁反言に反し、信義則に反するとの原告の主張も採用することができない。〔中略〕
 (8) 本件解雇が適正手続を欠くとの原告の主張について〔中略〕
 しかし、被告理事会は、被告及び特別調査委員会による調査結果に原告の弁明を加味した上で、本件処分事由がいずれもあると認定し、原告に酌むべき事情があるかどうかを含めて討議した結果、原告に対する懲戒処分として解雇(退職金は全額支給するが、功労金は支給しない。)が相当であると議決し、被告は、原告に対し、本件解雇の意思表示をしたことが認められることは前記説示のとおりであり、原告の上記主張は、原告の弁明に対する考慮の程度に関する不満を述べるにとどまるものというべきであるから、これを採用することはできない。
 (9) 小括
 以上の検討によれば、本件解雇は、原告がした本件処分事由が、被告寄附行為施行細則(甲2)92条が懲戒事由として規定する、「相撲の本質をわきまえず、協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなした」ことに当たることに基づき、同施行細則93条が規定する懲戒処分としてされたものであり、その処分も相当であるから、有効であるというべきである。
 したがって、本件解雇が無効であることを前提とする主位的請求(1)ないし(3)及び予備的請求1は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がない。
 2 争点(3)(宿泊料及び日当、交通費の支払請求の可否)について〔中略〕
 上記認定事実によれば、被告の原告に対する本件宿泊料等の支払債務は、期限の定めのない持参債務(民法484条)であると解される一方で、原告において、振込先の預金口座を指定することを要する債務と認めるのが、当事者の合理的意思に合致するというべきである。そして、被告は、原告が、本件訴訟において、本件宿泊料等の支払請求を追加するより前に、本件宿泊料等を支払う準備を整えて、原告に対し、振込先の預金口座を指定するように求める旨通知するという口頭の提供をしたことにより、本件宿泊料等の支払債務につき履行遅滞を免れるから、同債務に対する遅延損害金の支払義務を負わないというべきである(民法492条、493条ただし書)。
 (3) そして、前提事実(5)に加え、証拠(乙17)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告が、振込先の預金口座を指定せず、本件宿泊料等の受領を拒絶する意思を明らかにしたことから、平成25年6月28日、東京法務局に対し、本件宿泊料等の支払債務の元金9万0070円を弁済供託したことが認められ、これにより、本件宿泊料等の支払債務は消滅したものと認められる。
 (4) 以上によれば、本件宿泊料等及び遅延損害金の支払を求める主位的請求(4)は理由がないというべきである。
 3 争点(4)(本件退職金及び本件懸賞金の支払請求の可否)について〔中略〕
 上記認定事実によれば、被告の原告に対する本件懸賞金の支払債務が存在するとしても、同債務は、被告の原告に対する本件退職金の支払債務と同じく期限の定めのない持参債務であると解される一方で、原告において、振込先の預金口座を指定することを要する債務と認めるのが、当事者の合理的意思に合致することは、本件宿泊料等の支払債務の場合と同様であるというべきである。そして、被告は、原告が、本件訴訟において、本件退職金及び本件懸賞金の支払請求を追加するより前に、本件退職金及び本件懸賞金を支払う準備を整えて、原告に対し、振込先の預金口座を指定するように求める旨通知するという口頭の提供をしたことにより、本件退職金及び本件懸賞金の支払債務につき履行遅滞を免れるから、同債務に対する遅延損害金の支払義務を負わないというべきであることも、本件宿泊料等の支払債務の場合と同様である。