ID番号 | : | 08996 |
事件名 | : | 三井金属神岡鉱山じん肺損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 三井金属鉱業ほか1社(じん肺)事件 |
争点 | : | 鉱山労働者に発症したじん肺についての安全配慮義務が争われた事案(原告一部勝訴) |
事案概要 | : | (1) 被告(Y)らの所有管理する神岡鉱山において、Yら又はその下請会社との間の雇用契約に基づき稼働していた従業員又はその遺族(作業員本人27名と死亡した作業員5名の遺族(8名)及び成年後見人(1名)計36名)(Xら)が、Yらの安全配慮義務違反によってじん肺に罹患したなどと主張し、損害賠償(包括的一律請求)等を求めて提訴したもの。 なお、Xらは、直近のじん肺法上の管理区分決定において管理2以上の区分に認定されている。 (2) 岐阜地裁は、一部のXを除き、Yの損害賠償責任を認めた。 |
参照法条 | : | 民法166条 民法167条 民法418条 民法719条 じん肺法3条 じん肺法4条 じん肺法7条 じん肺法9条の2 じん肺法12条 じん肺法13条 じん肺法15条 じん肺20条の3 じん肺法21条 じん肺法22条の2 じん肺法23条 鉱山保安法1条 鉱山保安法4条 鉱山保安法30条 労働基準法75条 労働者災害補償保険法7条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任 労働安全衛生法/危険健康障害防止/健康障害防止 労働安全衛生法/危険健康障害防止/注文者・請負人 |
裁判年月日 | : | 2014年6月27日 |
裁判所名 | : | 岐阜地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成21年(ワ)585号/平成22年(ワ)1075号 |
裁判結果 | : | 一部認容 一部棄却 |
出典 | : | 労働判例1106号35頁 裁判所ウェブサイト掲載判例 |
審級関係 | : | 控訴 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 争点1(1)(Yらの従業員であったX等に対するYらの責任の有無)についての当裁判所の判断(なお、この項において、「Yら」とは、昭和61年6月30日までの時期については被告三井金属を、同年7月1日以降の時期については被告神岡鉱業をいう。) 労働契約においては、使用者及び労働者の双方が相手方の利益に配慮して誠実に行動することが要請されており、その要請に基づく付随的義務として、使用者は、労働者の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務、いわゆる安全配慮義務を信義則上負っていると解される。 粉じんを多量に吸入すると健康障害を引き起こすことについては戦前から指摘されており、その後、じん肺法等の法律の整備も進められたこと、内務省労働局は、工場法における業務上の疾病の取扱いにつき、昭和11年にけい酸を含む粉じんを発散させる作業に従事してけい肺に罹患した場合を業務に起因する疾病と取り扱うこととし、被告三井金属においても、昭和23年から昭和29年にかけて、労働組合との間で、けい肺を業務上の疾病として扱い、けい肺対策を講じる旨の交渉をしてきたことが認められ、これらを踏まえると、Yらにおいて、X等がYら及びYらの下請会社において稼働した時代に、X等が粉じん作業に従事することによってじん肺に罹患する危険性があり、この点について予見していた又は予見し得たというべきである。 Yらは、粉じんの発生・飛散の防止及び粉じん吸入の防止についてその時期に応じた必要な措置を講じ、粉じん作業従事者のじん肺罹患やその増悪を防止するべき安全配慮義務を負っていたというべきである。 被告らの安全配慮義務違反の有無について 検討によれば、①作業環境の管理、②作業条件の管理及び③従業員の健康管理のいずれの面においても、Yらは、時代の進展に併せて、一定の粉じん対策を講じてきたことは認められるものの、それぞれ問題点も認められる。 殊に、Yらが講じた様々な対策の実行性を十分に確保するためには、これらを実際に実施する作業員自身において、じん肺のメカニズム、有害性及び危険性を十分に認識し、じん肺の予防措置やじん肺に罹患した場合の適切な処置を自ら主体的に行う意識を十分に高める必要があるのであって、そのための指導・監督を徹底し、体系的な教育を十分に行うことが極めて重要であったというべきである。 本件における以上の事情を総合すると、Yらが各時期に講じたじん肺罹患の為の防止措置は、総体として不十分なものであったといえるから、Yらには、安全配慮義務違反があったと認められる。 争点1(2)(下請会社の従業員であったX等に対するYらの責任の有無)についての当裁判所の判断(なお、この項において、「Yら」とは、昭和61年6月30日までの時期については被告三井金属を、同年7月1日以降の時期については被告神岡鉱業をいう。) 先に検討したように、労働契約においては、使用者及び労働者の双方が相手方の利益に配慮して誠実に行動することが要請されており、その要請に基づく付随的義務として、使用者は、労働者の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務、いわゆる安全配慮義務を負っていると解されるところ、元請会社と下請会社の労働者との間には直接の労働契約はないものの、下請会社の労働者が労務を提供するに当たって、いわゆる社外工として、元請会社の管理する設備、工具等を用い、事実上元請会社の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も元請会社の労働者とほとんど同じであるなど、元請会社と下請会社の労働者とが特別な社会的接触関係に入ったと認められる場合には、労働契約に準ずる法律関係上の債務として、元請会社は下請会社の労働者に対しても、安全配慮義務を負うというべきである。 鉱山保安法は、鉱山労働者に対する危害を防止することなどを目的として制定されたものであり(1条)、鉱業権者は、鉱山における人に対する危害を防止するため粉じんの処理について必要な措置を講ずる義務並びに衛生に関する通気の確保及び災害時における救護のため必要な措置を講ずる義務がある旨規定しているところ(5条。なお、改正前の同法4条。)、上記鉱山における人に下請作業員も含まれるものと解されることから、鉱山保安法及びその委任に基づいて制定された金属鉱山等保安規則に規定された鉱業権者の鉱山労働者に対する保安義務は、下請会社の労働者にも及ぶと解すべきである。 下請作業員は、被告らの採掘計画に組み込まれ、本工と同一内容の作業を、被告らの定めた具体的な作業手順に従って遂行することによって被告らの鉱石採掘業の一環を担っており、その全体的な労働環境については、被告らが主に設定し得る立場にあったといえる。 X等(下請)を含む下請作業員は、Yらが管理する神岡鉱山において、Yらの設備、工具等を用い、事実上Yらの指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も本工とほとんど同じであったといえるから、YらとX等(下請)とは特別な社会的接触関係に入ったと認められる。したがって、Yらは、X等(下請)に対しても、労働契約に準ずる法律関係上の債務として、安全配慮義務を負っていたというべきである。 先に認定したところによれば、YらのX等(下請)を含む下請作業員に対する粉じんの発生・飛散・吸入の防止措置は、前記において検討した本工に対する粉じんの発生・飛散・吸入の防止措置と同様に、じん肺罹患及びその増悪を防止するための対策として不十分であり、特に、防じんマスクの着用を含むじん肺に関する教育及び指導が不十分であったと認められるから、Yらは、X等(下請)に対し、その安全配慮義務を尽くしたものと評価することはできないというべきである。 よって、Yらは、X(下請)に対して、安全配慮義務違反があったといえる。 争点2(損害の発生及び損害額)についての当裁判所の判断 (ほとんどが個々の原告に対する判断であるため、省略) 争点3(被告らが連帯責任を負うか否か)についての当裁判所の判断 民法719条1項後段は、被害者の救済を図るため、複数の加害者につき、それぞれ因果関係以外の点では独立の不法行為の要件が具備されている場合において、被害者に生じた損害が加害者らの行為のいずれか又はこれが競合して発生したことは明らかであるが、現実に発生した損害の一部又は全部がそのいずれによってもたらされたかを特定することができないときには、発生した損害と加害者らの各行為との因果関係の存在を推定する規定であり、この場合には、加害者らの側で自己の行為と発生した損害との間の一部又は全部に因果関係がないことを主張、立証しない限り、その責任の一部又は全部を免れることができないことになる。 本件においては、X等(Yら勤務)に生じた損害がYらの安全配慮義務違反のいずれか又はこれが競合して発生したことは明らかであるものの、現実に発生した損害の一部又は全部がそのいずれによってもたらされたかを特定することができない場合に当たるというべきである。 したがって、民法719条1項後段の類推適用に基づき、先に認定したX等(Yら勤務)の被った損害と、Yらの各安全配慮義務違反との間の因果関係が推定されるものというべきであり、これに対し、Yらは、自らの債務不履行だけでは症状発現の客観的危険性があるとまではいえない事実や、自己の寄与の程度の主張及び立証をしていない。 以上によれば、Yらは、X等(Yら勤務)の被った損害について連帯して賠償する責任を負う。 次にX等(三井金属勤務)については、Y神岡鉱業に安全配慮義務違反の事実はなく、債務不履行行為自体がないため、民法719条1項後段を類推適用する前提を欠く。したがって、Y三井金属のみが損害賠償債務を負うものであり、Y神岡鉱業は損害を賠償する責任を負わない。 争点4(過失相殺の有無)についての当裁判所の判断 1 争点4(1)(喫煙による過失相殺の有無)について 喫煙が肺がん発症の危険性を相当程度高めるものであるという知見が確立しているというべきである。 X等に対しては、少なくとも上記管理区分決定の前提となったじん肺健康診断において医師から禁煙指導がされていると認めるのが相当である。 このような事実関係のもとでは、管理2以上の管理区分決定を受けた後も、比較的長期間にわたって多量に喫煙し、その後、原発性肺がんを発症した者については、その損害を、Yらに全部賠償させるのは公平の見地から相当でなく、賠償額の算定に当たっては、民法418条を類推適用して、当該原告等の喫煙歴を考慮するのが相当であるというべきである一方、喫煙自体は嗜好として許容されていることからして、管理2以上の決定を受ける前に喫煙歴がある、あるいは、決定を受けた後に短期間の喫煙歴があるという事実のみをもって、賠償額を減額するのは相当ではない。 そして、管理区分決定後の喫煙期間及び喫煙量と、肺がん発症との具体的な相関性を認定することはできないものの、上記認定した喫煙に係る知見等を踏まえると、管理2以上の管理区分決定を受けた後も、比較的長期間にわたって多量に喫煙し、その後、原発性肺がんを発症した者については、一律に損害額の1割を減額するのが相当である。 争点4(2)(マスク不着用による過失相殺の有無)について 前記判示のとおり、防じんマスクを着用して作業をすると、打合せ等に支障が出たり、作業中息苦しさを伴うなど、常時着用するには困難な事情があったことが認められる。その上、X等がじん肺罹患防止のために、防じんマスクを常時着用することがとりわけ重要であるということについて十分認識しておらず、その要因として、Yらの定期的・計画的な安全衛生教育の実施や指導の徹底が不十分であったこともあることに照らすと、X等が、上記事情を理由として作業中にやむを得ず防じんマスクを着用しなかったことをもって、損害の減額事由として考慮することは相当でないというべきである。 争点5(消滅時効の成否)について 1 争点5(1)(消滅時効の起算点はいつか)について 雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法167条1項により10年と解され、同消滅時効は、同法166条1項により、損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきである。 じん肺に罹患した事実は、その旨の行政上の決定(管理区分決定)がなければ通常認め難いから、じん肺に罹患したことによる損害は、じん肺の所見がある旨の最初の管理区分決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したものということができる。しかしながら、その後のじん肺の病状進行について現在の医学では確定できないというじん肺の病変の特質に鑑みると、管理2から管理4の各管理区分決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、重い管理区分決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきである。 したがって、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の管理区分決定を受けた時(最重症の管理区分の決定を初めて受けた時)から進行するものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第1667号同6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁)。 本件損害賠償請求権の消滅時効は、①最終の管理区分決定を受けた時(最重症の管理区分の決定を初めて受けた時)、②最終の行政上の決定を受けた後にじん肺法に定める法定合併症(これに類する症状も含む。以下同じ。)に罹患した場合は、法定合併症の行政上の認定を受けた時(労災認定を受けた時又はじん肺管理区分決定通知書において法定合併症の罹患が明らかにされた時のうちいずれか早い時点)、又は、③じん肺を原因として死亡した場合は、死亡時を起算点として進行すると解するのが相当である。 争点5(2)(Yらの消滅時効の援用が権利の濫用に該当するか否か)について Yらは、本件各事件の第1回口頭弁論期日において、消滅時効期間が経過しているX1ら(X1~X4)に対し、上記消滅時効を援用する旨の意思表示をしている(当裁判所に顕著な事実)。 損害賠償請求権の消滅時効の援用が権利の濫用に当たるというには、債権者が訴え提起その他権利行使や時効中断のための措置を講じることを債務者において妨害等し、又は、妨害する結果となる行為に出た場合など、債務者が消滅時効を援用することが社会的に許容された限界を逸脱するものとみられる場合に限られるものと解するのが相当である。 被告らにおいて、原告X1らの損害賠償請求権について消滅時効を援用することが、権利の濫用に当たるということはできない。 以上によれば、原告X1らの損害賠償請求権は、いずれも時効消滅している。 |