全 情 報

ID番号 09002
事件名 地位確認等請求事件(9228号)、立替金請求事件(9649号)
いわゆる事件名 大裕事件
争点 パワーハラスメントによる休業とその後の退職処分の妥当性が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 (1) 第1事件は、原告(X)が、機械の製造販売等を業とする被告会社(Y1)との間で雇用契約を締結し、総務部において就労していたところ、Y1から休職期間の満了により自然退職となった旨の通知を受けたため、上司である被告Y2から違法なパワーハラスメント(以下、パワハラという。)を受けたことにより、適応障害を発症し休職していたと主張して地位の確認等を求め提訴したもの。第2事件は、Y1が、Xに対し、Xの休職期間中に立替えて支払った健康保険料等の支払いを求め提訴したもの。
(2) 大阪地裁、Xの主張を認め、Yの主張は認めなかった。
参照法条 民法709条
民法715条
労働契約法5条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償
休職/休職の終了・満了
休職/休職期間中の賃金(休職と賃金)
裁判年月日 2014年4月11日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(ワ)9228号/平成24年(ワ)9649号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働法律旬報1818号59頁
審級関係
評釈論文 大川一夫・労働法律旬報1818号27~28頁2014年6月25日
判決理由 争点(1)(Y2によるパワハラ行為及びYらの損害賠償責任の有無)について
本件パワハラ行為〈2〉(金庫室の施錠に関する件)について
①Y2は、平成二二年七月頃、Xが営業部の担当者と打合せを行っていた際、突然、Xと同担当者との間に割り込み、同担当者のいる前で、XがAに金庫室の施錠を待ってもらっていたことについて、約一メートルの至近距離で、Xに対し、「金庫室なんかいつまでも開けておいたらあかんに決まってるやろ。防犯上良くないことくらいあほでも小学生でも分かるやろ」と感情的な大声で怒鳴りつけるとともに、Xが金庫室の施錠を待ってもらっていた理由を聞こうともせずに、顔面を真っ赤にしながら、「言い訳はええんじゃ。金庫を一七時にしまう決まりなんやったらきっちり守れや」と感情的な叱責を繰り返したこと、②Xは、突然上記のような激しい叱責を受けたことに恐怖を感じ、呼吸が苦しくなり、手足が震えて、頭が真っ白になるような思いを抱いたこと、③Xは、Y2から金庫室の施錠に関する注意や指導を受けたことはなかったことが認められる。
そこで検討するに、上記のようなY2による感情的な叱責については、その叱責の態様・内容・状況、注意・指導の必要性、XとY2の従前の人間関係、Xに与えた心理的負荷の程度等に照らし、業務上の指導の範囲を著しく逸脱し、Xの人格権を侵害するものであると評価すべきである。
したがって、Y2による上記内容の本件パワハラ行為〈2〉は、Xに対する不法行為を構成するというべきである。
本件パワハラ行為〈4〉(補助金関係書類作成の件)について
Y2は、平成二三年一月二六日、Y1二階の執務室において、補助金関係書類の修正・追加作業の進捗状況を尋ねた際、Xに対し、「いつも言うてるやろ。報・連・相やぞ。そんなん社会人やったら知ってて当たり前やろ。あほでも知ってるわ」、「Xさんは前からやけど仕事が遅い。前任者に比べて時間が四倍五倍掛かってるんや。能力が劣ってんな」と叱責するとともに、Xが、残業しないように作業を進めていた旨述べたのに対し、「そんなんとちゃうやろ」、「Xさんは仕事のスピードが人より遅いんやから今回の修正の仕事については、夜中まで、朝まで掛かってもやってや」、「今回の仕事の意味分かってんのか。Xさんのチェック漏れやミスがあって、つじつまが合わんの提出したら、申請が認められなくなって、何百万円という、もらえるはずの人件費が全部パーになるんや」と高圧的な強い口調で叱責したことが認められる。
そこで検討するに、Xは、平成二一年一二月一日にY1での就労を開始した後、Y2から、高圧的な強い口調での注意や叱責を継続的に受けていただけでなく、平成二二年七月頃には上記内容の本件パワハラ行為〈2〉を受けていたという状況にあったところ、そのような状況下で、上記のようなY2による強い叱責を受けたことについては、その叱責の態様・内容・状況、注意・指導の必要性、XとY2の従前の人間関係、Xに与えた心理的負荷の程度等に照らし、業務上の指導の範囲を著しく逸脱し、Xの人格権を侵害するものであると評価すべきである。
したがって、Y2による上記内容の行為は、Xに対する不法行為を構成するというべきである。
Y1は、雇用契約上の債務又は不法行為法上の注意義務として、Xの生命及び身体等に対する安全配慮義務(労働契約法五条参照)を負っているところ、その安全配慮義務の一内容には、労働者が就労するのに適した職場環境を保つよう配慮する義務も含まれるものと解するべきである。そして、前記認定事実によれば、Y1のB取締役は、Y2のXに対する業務上の指導の態様が不相当であることを認識していたにもかかわらず、Y2に対する注意・指導を行わなかったことが認められるところ、Y1において、Y2に対する適切な注意・指導を行っていれば、本件パワハラ行為〈2〉及び〈4〉の発生を防ぐことは可能であったというべきである。
そうすると、Y1は、Y2に対する適切な注意・指導を行わなかったことによって、Xが就労するのに適した職場環境を保つよう配慮する義務に違反したものというべきである。
以上によれば、Y1は、Xに対し、使用者責任(民法七一五条)、又は安全配慮義務違反を理由とする雇用契約上の債務不履行若しくは不法行為(民法七〇九条)に基づく各損害賠償義務を負うというべきであるところ、Xはこれらを選択的に請求しているから、Xに認められる損害の内容等及び遅延損害金の始期の点でXに最も有利である安全配慮義務違反の不法行為責任を認めることとする。
なお、Y2による不法行為とY1による不法行為との間には、客観的関連共同性が認められるから、Yらの行為は共同不法行為を構成するものということができる。
争点(2)(Xの損害及び因果関係)について
Xは、本件労災請求について、業務起因性が認められないとして本件不支給決定を受けているが、労災保険法に基づく保険給付請求の場合と不法行為に基づく損害賠償請求の場合とでは、そもそも法的な判断枠組みが異なるだけでなく、証拠(証拠略)によれば、本件不支給決定は、前記認定事実とは異なる事実を認定した上でされたものと認められるから本件不支給決定がされたことは、本件パワハラ行為〈2〉及び〈4〉と本件精神障害発症との間に不法行為法上の相当因果関係が認められるという上記判断を直ちに左右するものとはいえない。
前記認定事実によれば、①Xは、平成二三年八月二五日頃には、症状が落ち着いてきたことから、D医師の指示により、自宅療養するようになったが、ほとんど外出することはなかったこと、②H医師は、平成二四年八月一日付けの診断書において、Xが不安抑鬱状態のために平成二三年二月二日から同日まで就労が困難な状態であったと判断していること、③Xは、本件労災請求のための書類作成等を行っていたところ、平成二四年五月頃から、再び息苦しさ、食欲減少及び不眠等の症状が生じるようになったことが認められる。
そうすると、Xは、平成二三年八月二五日頃、通院治療は必要ない状態であったものの、本件精神障害の症状が寛解して就労が可能となっていたとは認め難いというべきであるから、Yらの上記主張(略)は採用することができない。