全 情 報

ID番号 09010
事件名 各差額賃金請求事件
いわゆる事件名 熊本信用金庫事件
争点 役職定年制を導入する就業規則変更の効力が争われた事案(原告一部勝訴)
事案概要 (1) 被告熊本信用金庫(Y)との間で労働契約を締結しその後退職した原告ら(Xら)が、Yが導入した役職定年制に伴う就業規則の変更は無効であると主張し、Yに対して、労働契約に基づき、本件役職定年制が適用されなかった場合の給与、賞与及び退職金とXらに実際に支払われた給与等との差額等の支払を求め、さらに原告X6は、不法行為に基づき、実際に支払われた雇用保険手当の基本手当との差額及びこれに対する遅延損害金の支払をそれぞれ求め提訴したもの。
(2) 熊本地裁は、X5とX9の請求を棄却し、これらを除くXらの請求の一部を認容した。
参照法条 労働契約法10条
民法709条
体系項目 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/定年制
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
裁判年月日 2014年1月24日
裁判所名 熊本地
裁判形式 判決
事件番号 平成22年(ワ)1664号/平成23年(ワ)436号/平成23年(ワ)719号/平成23年(ワ)856
裁判結果 一部認容、一部棄却、確定
出典 労働判例1092号62頁
審級関係
評釈論文 矢野昌浩・法学セミナー59巻12号113頁2014年12月
土岐将仁・ジュリスト1478号115~118頁2015年4月
山本志郎・労働法学研究会報66巻6号22~27頁2015年3月15日
木野綾子・経営法曹185号92~102頁2015年6月
判決理由 争点〈1〉(本件就業規則の変更の合理性)について
労働者にとって給与等の額は、その生活設計に直結する重要な労働条件であるところ、上記(略)のとおり本件就業規則の変更による給与等の削減幅は、年10パーセントの割合で削減されるという大幅なものであり、かつYの職員らが定年を迎える時点においては、50パーセントにまで達するものであって、役職定年到達後の労働者らの生活設計を根本的に揺るがしうる不利益性の程度が非常に大きなものである。
Yにおいて破綻の危険が現実的に迫っていたものでもない状況において、本件役職定年制の適用を受けてYにおける勤務を継続する以外の選択肢としての早期希望退職制度を設けることが困難であったとは考えがたく、また、本件全証拠に照らしてもほかに職員の被る経済的な不利益性を実質的に緩和することができる代償措置を導入することが不可能であったことを窺わせる事情があることは認められない。
本件就業規則の変更は、労働者の受ける不利益の程度がその生活設計を根本的に揺るがし得るほど大きなものである一方で、労働条件の変更の必要性の程度が現実にYの破綻等の危険が差し迫っているほど高度なものではなく、代替措置は一応講じられているものの上記の不利益の程度と比較して不十分なものであるということができ、後記認定にかかるYの職員らに対する意見聴取や説明の経緯、多くの職員は本件就業規則の変更に同意していること等のその余の事情を考慮したとしても、合理的なものであるとは認められない。
争点〈2〉(本件就業規則の変更の同意の有無)について
労働条件を労働者に不利益に変更する内容でありかつ合理性がない就業規則の変更であっても、当該就業規則の変更について労働者の個別の同意がある場合には、当該労働者との間では就業規則の変更によって労働条件は有効に変更されると解される。
もっとも、上記同意は、労働者の労働条件が不利益に変更されるという重大な効果を生じさせるものであるから、その同意の有無の認定については慎重な判断を要し、各労働者が当該変更によって生じる不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って、同意をしたことが認められると解するべきである。
労働者の個別の同意の有無の判断については慎重な検討を要する事を考慮してもなお、X6及びX9は、本件各意見書をYに提出することをもって、自由な意思に基づき本件役職定年制の導入に同意したと認めることが相当である。
労働者が当該就業規則の変更によって生じる不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って同意をしたことが認められるのであって、Xらがその内容を理解しながら積極的に反対の意思を表明することなく変更後の給与等を受け取っていたことをもって、本件就業規則の変更について黙示的に同意をしたと認めることはできない。
以上によると、X6及びX9を除くXらが、本件就業規則の変更の導入について、同意をしたことは認められない。