全 情 報

ID番号 09012
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 国・大田労働基準監督署長(日航インターナショナル羽田)事件
争点 石綿ばく露による肺がんの発症・死亡の業務起因性が争われた事案(原告勝訴)
事案概要 (1) 亡Aの妻である原告(X)が、亡Aの肺がんによる療養及び死亡について、亡Aが、勤務先において石綿ばく露作業に従事したことにより肺がんを発症したものであると主張して、大田労働基準監督署長(Y)に対し、労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付等を請求したところ、Yがこれらをいずれも支給しない旨の処分をしたことから、本件各不支給処分の取消しを求め提訴したもの。
(2) 東京地裁は、石綿ばく露と肺がんの発症との間の業務起因性を認めYの不支給処分を取り消した。
参照法条 労働者災害補償保険法14条
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/職業性の疾病
裁判年月日 2014年1月22日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成23年(行ウ)279号
裁判結果 認容、確定
出典 労働判例1092号83頁
裁判所ウェブサイト掲載判例
審級関係
評釈論文
判決理由 本件の業務起因性に関する法的判断の枠組み
石綿ばく露作業と肺がん発症との因果関係に関する前述の医学的知見(前記第2の3(1))(略)を併せて考慮すれば、石綿ばく露作業に従事した労働者が発症した原発性肺がんについて、業務起因性を肯定するためには、当該労働者において、肺がん発症の相対リスクを2倍以上に高める25本/ml×年の石綿累積ばく露量が存在したことが認められる必要があるものと解するのが相当である。
業務上外認定基準に関する行政通達の位置付け
平成18年認定基準が適用されるべき事例であって、平成18年認定基準によれば業務起因性が肯定されるようなものについては、その後の医学的知見を踏まえて策定された平成24年認定基準に合致しないとしても、そのことの故に業務起因性が否定されるべきものではないというべきである。
平成19年通達に記載されたような場合には、労基署長は、本省照会を経て、「石綿ばく露作業への従事期間が10年以上」といえるか否かを、総合的に判断することとなり、亡Aの石綿ばく露作業従事期間は約6年であるとのYの主張は、そのような趣旨のものとしてとらえることができる。
本件会社における石綿使用状況及び亡Aの業務内容
少なくとも昭和40年ころから昭和43年ころにかけて、マグネシウム合金製のエンジン部品の一部では、エンジン部品全体に帯状の石綿を巻き付け、これをふたの付いた箱状のケースに入れて全体を保温器に入れて加熱した後、これをケースごと取り出し、ケースに在中するエンジン部品の溶接箇所のみ石綿を除去して溶接を行い、再度、全体を加熱して、冷却した後、エンジン部品全体を覆う乾燥した石綿を除去するという作業が行われていた。上記作業では、溶接のためにケースのふたを開けると、乾燥した石綿が噴き出すため、溶接作業員は、舞い上がった石綿を息で吹き飛ばしながら溶接作業を行っていた。
昭和43年ころ、亡Aを含む溶接作業員らは、石綿取扱時や溶接作業時において、石綿粉じんの吸入を防ぐためのマスクをほとんど着用していなかった。
亡Aの石綿ばく露作業への従事期間について
亡Aは、本件会社において、原動機部機械課配属となった昭和34年2月ころから、原動機工場溶接課第1溶接係長(職制)となった昭和48年5月ころまでの約14年間にわたり、羽田の原動機工場における航空機のエンジン部品の修理に係る溶接作業に従事しており、その間、上記溶接作業に際し、断熱材又は保温材として、クリソタイルを主たる原料とする石綿を日常的に使用していたことが認められる。当該作業内容は、平成15年認定基準、平成18年認定基準及び平成24年認定基準における「石綿ばく露作業」(石綿による疾病の発生のおそれのある作業内容)の一つである「耐熱性の石綿製品を用いて行う断熱若しくは保温のための被覆又はその補修作業」に該当するものと認められる。
亡Aにおいては、10年を超える約14年間にわたる石綿ばく露作業への従事期間が認められる。
亡Aの肺内石綿小体及び石綿繊維について
亡Aの肺内には、右肺下葉につき122本、左肺下葉につき469本の石綿小体(乾燥肺重量1グラム当たりの本数)が認められるところ(中略)、その本数は、職業ばく露歴を有しない一般人と同じレベルのばく露量とされる水準にある。これに対し、肺内の角閃石族石綿(アモサイト、クロシドライト、アンソフィライト、トレモライト及びアクチノライト)の繊維数(乾燥肺重量1グラム当たりの本数)は、右肺下葉につき17万本(1μm超)、左肺下葉につき51万本(5μm超)又は102万本(1μm超)であり(中略)、左肺下葉の角閃石族石綿の繊維数が、5μm超及び1μm超のいずれにおいても、ヘルシンキ基準における職業上の石綿ばく露を受けた可能性が高いとされる角閃石族石綿の繊維数(乾燥肺重量1グラム当たり10万本以上(5μm超)又は100万本以上(1μm超)を上回っている。
亡Aの肺がん発症に関するその他の要因の有無について
亡Aの父が肺がんで死亡した点のみをもって、亡Aに肺がんの遺伝的要因があるものと解することはできない。
小括
以上によれば、亡Aにおいては、10年を超える約14年間にわたる石綿ばく露作業への従事期間が認められる上、肺内には、ヘルシンキ基準において職業上の石綿ばく露を受けた可能性が高いとされる基準を超える石綿繊維数(角閃石族石綿)が認められる一方、他に、肺がん発症の原因となり得る要因が存したことは窺われないのであるから、亡Aの肺がんについては、業務に起因するものと認めるのが相当であり、業務起因性を認めなかった本件各不支給処分には違法がある。