全 情 報

ID番号 09056
事件名 医師等修学資金返還請求事件
いわゆる事件名 魚沼市事件
争点 医学部中途退学による就学資金返還が賠償予定に該当するか等が問われた事案(労働者敗訴)
事案概要 (1) 原告X(魚沼市)が,魚沼市医師等修学資金貸与条例(以下「本件条例」という。)に基づき,被告Yに対し,大学医学部への修学資金として360万円を貸し付けたが,Yが医学部を中途退学したため貸与を取り消したとして,貸与金の残金353万2313円及びこれに対する催告による期限の翌日である平成26年12月9日から支払済みまで年7.3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め提訴したもの。
(2) 新潟地裁長岡支部は、本件貸与契約は消費貸借であり労働契約ではないこと、また実質的に見ても労基法の禁止する賠償予定に該当しない等として、Xの請求を認容した。
参照法条 労働基準法16条
労働基準法14条
憲法22条
体系項目 労働契約/賠償予定/賠償予定
労働契約(民事)/労働契約の期間/労働契約の期間
裁判年月日 2015年6月18日
裁判所名 新潟地裁長岡支部
裁判形式 判決
事件番号 平成26年(ワ)第211号
裁判結果 認容
出典
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-賠償予定-賠償予定〕
〔労働契約(民事)-労働契約の期間-労働契約の期間〕
 (1)労働基準法16条は、使用者が労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならないと規定する。
 本件で,XとYとの間に認められる法律関係は,修学資金の消費貸借あり、そこに労使の関係は認められないから、上記規定がXY間に当然に適用されるものではない。もっとも、本件条例は,修学資金の被貸与者が大学を卒業した後、2年以内に医師免許を取得し,臨床研修終了後,直ちにXの設置する医療機関で医師の業務に従事し,その従事期間が修学資金の貸与を受けた期間の1.5倍に達したときは修学資金の返還を全額免除する旨定める一方で、そのような条件を1つでも満たさなくなったときは原則として30日以内に修学資金を全額一括で返還しなければならないことを定めるものであり(甲1)、将来の労働契約の成立を前提とし、かつ上記1.5倍の期間に達しないで退職した場合などには全額一括で返還しなければならないとするものであるから、労働契約の不履行につき違約金や損害賠償の予定をすることを禁止した労働基準法16条に実質的に違反しないかが問題となる。
 これを本件についてみると、本件条例による修学資金の貸与は、医師等(医師,助産師,看護師)の免許を取得するのに必要な大学等の修学資金を貸与するものであるところ(甲1,本件条例1条,3条),修学資金の被貸与者がXの設置する医療機関において将来一定期間医師等の業務に従事することにより,それがXにおいて必要な医師等の確保に資することは明らかであるが、他方で,医師等の免許は、一旦取得すれば原則として生涯にわたり用いることができる通用性の非常に高い国家資格であり、Xの設置する医療機関でのみ用いることができるものではない。特に医師免許の場合はYが指摘するとおり少なくとも大学の医学部で6年間の課程を履修することが必要であり、その期間の全部において修学資金の貸与を受けた場合は1.5倍である9年間Xの設置する医療機関に従事しない限り、原則として免除を受けることができないが(甲1,本件条例8条,ただし本件契約において被告が貸与を予定していた期間は5年であるため、その1.5倍は7.5年である。),医師免許はその後も数十年にわたり用いることができるのであるから,これらを総合すると、医師免許の取得に必要な修学資金の貸与は実質においても本来被貸与者が負担すべき費用を将来の使用者が貸与するものであり、それが一定の条件の場合に返還義務が免除されているものにすぎないと解される。 以上によれば,本件契約において免除の条件を満たさなくなったときに返還義務を定めることが実質的に労働基準法16条に違反するということはできない。(中略)
(2)労働基準法14条は、労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年(一定の専門的知識等を有する労働者等にあっては5年)を超える期間について締結してはならないと規定するところ、Yは、本件契約が同条の規定に違反することを主張する。
 XとYの法律関係が消費貸借であり,労働基準法が当然に適用されるものでないことは前示のとおりである。
 その上で,本件条例が貸与を受けた期間の1.5倍の期間Xの設置する医療機関において医師の業務に従事したときに返還を免除するとしていること(6年の貸与を受けた場合9年,被告のように5年の貸与の場合7.5年)が実質的に労働基準法14条に違反するかが問題となるが、本件の修学資金貸与制度が実質的にも被貸与者が負担すべき修学資金を貸与するものであり,本来的に被貸与者に返還義務があることは前示のとおりである。加えて,退職したことなどにより貸与が取り消された場合も市長が特に必要と認めたときは分割払いとすることができるとの定めがあること(甲1,9条ただし書)、また一般に医師免許を取得して医業に従事する者はその報酬を得ることにより高い返済能力を取得することができることからすれば,これらを総合したときに、1.5倍の期間Xの設置する医療機関に従事したときに返済を免除するとの定めをしていることが、実質的にXの設置する医療機関において1.5倍の期間(最長9年間)従事することを事実上強制するものとまでいうことはできず、労働基準法14条に違反するということはできない。(中略)
(3)Yは、本件契約が職業選択の自由を過度に制限するものであるとも主張するが、本件契約の内容は条例という形で明確に定められており、免除という形で修学資金の返還義務を消滅させるためにはその貸与を受けた期間の1.5倍の期間Xの設置する医療機関に従事することが必要であることをYも知った上で本件契約を締結したものと認められること、前示のとおり,このような条件の全額免除条項があるからといって、必ずしも上記1.5倍の期間(最長9年間)Xの設置する医療機関に従事することを事実上強制するとまでいうことはできないこと、返済の猶予や分割払いの制度があることなどに照らすと、職業選択の過度の制限ということもできず、この点のYの主張も採用できない。 
(4)以上によれば、本件条例に基づく本件契約が公序良俗に違反して無効ということはできない。