ID番号 | : | 09076 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会事件 |
争点 | : | 育児短時間勤務制度を利用したことを理由とする昇給減額の違法性が問われた事案(労働者一部勝訴) |
事案概要 | : | (1) 社会福祉法人である被告Yで稼働する原告Xらが、Yにおいて育児短時間勤務制度を利用したことを理由として、昇給が8分の6に減額されて、本来昇給すべき程度の昇給が行われなかったことから、各自、Yに対し、〈1〉このような昇給抑制は法令及び就業規則に違反して無効であるとして、昇給抑制がなければ適用されている号給の労働契約上の地位を有することの確認(請求の趣旨1項ないし3項)、〈2〉労働契約に基づく賃金請求として昇給抑制がなければ支給されるべきであった給与と現に支給された給与の差額及びこれに対する遅延損害金(請求の趣旨4項ないし6項の一部)、〈3〉このような昇給抑制は不法行為に当たりXらは精神的物質的損害を受けたとして、不法行為に基づく慰謝料等の損害賠償金(Xら各自50万円)及びこれに対する遅延損害金(請求の趣旨4項ないし6項の一部)の支払を求め提訴したもの。 (2) 東京地裁は、昇給の減額は違法であるとしながら、地位確認請求及び差額賃金請求を棄却し、損害賠償請求を一部認容した。 |
参照法条 | : | 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律23条の2 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求 |
裁判年月日 | : | 2015年10月2日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成26年(ワ)6956号 |
裁判結果 | : | 一部却下、一部認容、一部棄却(控訴) |
出典 | : | 労働判例1138号57頁 労働経済判例速報2270号3頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 水町勇一郎・ジュリスト1489号4~5頁2016年2月 岸松江・季刊労働者の権利313号84~89頁2016年1月 幡野利通・労働法令通信2411号26~29頁2016年3月8日 小山敬晴・季刊労働法253号204~205頁2016年6月 矢野昌浩・法学セミナー61巻9号163頁2016年9月 |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額‐賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 本件昇給抑制は、本件制度の取得を理由として、労働時間が短いことによる基本給の減給(ノーワークノーペイの原則の適用)のほかに本来与えられるべき昇給の利益を不十分にしか与えないという形態により不利益取扱いをするものであると認められるのであり、しかも、このような取扱いがX主張(前記第2の2(1)イ)の指針によって許容されていると見ることはできないし、そのような不利益な取扱いをすることが同法23条の2に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存することも証拠上うかがわれないところである。かえって、本件昇給抑制については、どのような良好な勤務成績であった者に対しても一律に8分の6を乗じた号俸を適用するものであるところ、そのような一律的な措置を執ることの合理性に乏しいものといわざるを得ないのであり、本件昇給抑制は、労働者に本件制度の利用を躊躇させ、ひいては、育児・介護休業法の趣旨を実質的に失わせるおそれのある重大な同条違反の措置たる実質を持つものであるというべきであるから、本件昇給抑制は、同法23条の2に違反する不利益な取扱いに該当するというべきである。(中略) ここで本件昇給抑制に係る行為ないし本件昇給抑制により形成される号俸数の効力についてみるに、強行規定である同法23条の2の禁 止する不利益取扱いの行為は無効となるのが原則であるが、本来与えられるべき利益を与えないという不作為の形で不利益取扱いをする場合において、併せて不十分な利益を与える部分が併存するとき、この利益を与える部分を含めて当該行為を全部無効とすれば、かえって労働者は不十分な利益すら失ってしまうことになるので、同法23条の2の規定の趣旨を没却するものでない限り、その限度で不利益取扱いには当たらないと解すべきであり、また、不作為の行為の無効ということを観念する実益に乏しいことから、本件昇給抑制に係る行為を無効とは解さない。したがって、XらのYとの労働契約上の号俸数は、平成23年4月1日時点において、少なくとも、X1について83号、X2について66号、X3について82号である。 〔労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕 Xらは、前記のとおり、強行法規に違反する本件昇給抑制によって、本来、Xらに支給されるべきであった給与と現に支給された給与との差額に相当する額の損害を被っているものであるから、この差額相当額の損害については、不法行為に基づいて支払の請求をなし得るところ、Xらが本訴において填補を求めている前記「精神的物質的損害」の「物質的損害」に含められていると解されるから、Xらの請求は、Yに対し、不法行為に基づき、X1については4万6149円、X2については12万0799円、X3については9万6315円及びこれらに対する不法行為の日の後である本件訴状送達日の翌日である平成26年4月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 また、不法行為により財産的な利益を侵害されたことに基づく損害賠償の請求にあっては、通常は、財産的損害が填補され回復することにより精神的苦痛も慰謝され回復するものというべきであるところである。しかし、本件昇給抑制は、前記1(1)において説示したとおり、それがされた年度の号俸が抑制されるだけでなく、翌年度以降も抑制された号俸を前提に昇給するものであるから、Yにおいて本件昇給抑制を受けたXらの号俸数を本件昇給抑制がなければXらが受けるべきであったあるべき号俸数に是正する措置が行われない限り、給料(給与規程5条)、地域手当(同20条)、期末手当(同31条)、勤勉手当(同32条)等といった賃金額についての不利益が退職するまで継続し続けるだけでなく、退職時には、退職金の金額の算定方法のいかんによっては、退職金の金額にも不利益が及ぶ可能性があること、毎年6月及び12月に支給される期末手当、勤勉手当はその都度会長の定める支給率が決定されなければ、その数額を確定することができず(同31条2項、32条2項)、本件昇給抑制に起因する財産的損害についてあらかじめ填補を受け回復することができないことなどに鑑みると、現時点において請求可能な損害額の填補を受けたとしても、本件昇給抑制により被った精神的苦痛が慰謝され回復されるものではないから、前記認定の財産的損害とは別に、慰謝料の支払が認められるべきものといえ、その金額は、Xら各自について10万円と認めるのが相当である。 |