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ID番号 09345
事件名 債務確認請求事件(12583号)、求償金反訴請求事件(9176号)
いわゆる事件名 福山通運事件
争点 損害賠償における被用者の使用者に対する逆求償権
事案概要 (1)ア 本訴事件は、被告(福山通運株式会社)に雇用され、被告の業務として自動車を運転していた際に被害者を死亡させる交通事故を発生させ、被害者の相続人の一人に賠償金を支払った原告が、被告に対し、主位的に、上記交通事故によって生じた被害者の損害全額を被告が負担するとの合意が成立したと主張して同合意に基づき、予備的に、被用者の使用者に対するいわゆる逆求償権に基づき、原告が支払った(支払方法は弁済供託である。)賠償金相当額1552万2962円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
 イ 反訴事件は、上記交通事故に関し、被害者の他の相続人に対し、賠償金を支払った被告が、原告に対し、民法715条3項、自動車損害賠償保障法4条に基づき、求償金1300万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
(2)判決は、本訴については、被害者の損害全額を被告が負担するとの合意は認めず、原告の逆求償権を認めるとともに、被告の反訴についてはこれを認めず、原告がその25%を、使用者である被告がその75%を負担するとするのが相当として、原告は自己が負担すべき713万0740円を超える1552万2962円を支払っているから、その差額である839万2222円及びこれに対する遅延損害金を被告が原告に対し支払うよう命じた。
参照法条 民法715条3項
体系項目 労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/(22)労働者の損害賠償義務/
裁判年月日 平成29年9月29日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成27年(ワ)第12583号/平成28年(ワ)第9176号
裁判結果 一部認容、一部棄却(12583号)、棄却(9176号)
出典 最高裁判所民事判例集74巻2号125頁
金融・商事判例1598号18頁
労働判例1224号15頁
交通事故民事裁判例集53巻1号24頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/(22)労働者の損害賠償義務/〕
(1)民法715条3項は、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加えた場合に、当該損害の賠償責任を履行した使用者が被用者に対し求償権を行使することを妨げないと規定する。もっとも、その求償権の行使は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されるというべきである(最高裁昭和51年7月8日第1小法廷判決・民集30巻7号689頁参照)。
 上記のように使用者の被用者に対する求償権を制限すべき根拠は、使用者が自己の業務のために被用者を用いることにより事業活動上の利益を上げている以上、被用者による事業活動の危険も負担すべきであるという報償責任の原理及び使用者が被用者を用いることで新たな危険を創造したり、拡大したりしている以上、被用者による危険の実現について責任を負担すべきであるとの危険責任の原理から、使用者に一定の損害を負担させるべきであるからであると解される。このように、信義則により使用者の被用者に対する求償を制限することは、実質的には、使用者の被用者に対する求償関係において、使用者の負担部分の存在を認めるのと同様となる。
(2)被用者が民法709条に基づき不法行為に基づく損害賠償責任を負い、使用者が同法715条1項但し書きにより免責されず、同項本文に基づく損害賠償責任を負う場合、両者の損害賠償債務は不真正連帯債務であると解される。不真正連帯債務の債務者の一方が自己の負担部分を超えて賠償債務を履行した場合には、その部分について、他方に求償することができると解すべきであるところ、上記(1)で論じたように、使用者責任を負う使用者には、被用者との関係において、報償責任及び危険責任の原理から、実質的な使用者の負担部分の存在を認めることができるというべきである。そうすると、被用者が、このような使用者の負担部分についてまで賠償義務を履行した場合には、使用者に対し求償することができることとなる。
 なお、不法行為責任を負う被用者に対し、被害者が損害賠償請求することを権利濫用等により制限することは困難であると想定されることからすれば、被用者から使用者への逆求償を認めないと、被害者が使用者に対し請求するか、被用者に対し請求するかの偶然の要素により、使用者と被用者との間の損害の公平な分担が阻害されることになり相当ではないというべきである。
 上述したところからすれば、被用者から使用者に対する逆求償をする場合の使用者の負担部分の範囲は、使用者の被用者に対する求償の範囲を信義則に基づき制限する場合に考慮すべき要素と同様の要素を考慮して定めるのが相当である。
(3)本件事故の原因となった原告の過失は軽いものであるとはいえず、職業として自動車を運転する者として、その責任は重いものであると評価できる。他方、本件事故の発生原因として、被告が業務上の配慮を欠いた等の事情は存在しない。もっとも、自動車、特にトラックの運転業務には、高額となり得る対人的な損害の発生に関し常に一定の危険を伴うものであるところ、被告は資力を有する大規模事業者として、任意保険に加入しておらず、本件事故以前に被用者が起こした交通事故に関しては、被害者に対する賠償を行い、それを被用者に求償してこなかったものである。そして、原告は、上記のような一定の危険を伴うトラックの運転業務に従事するに際し、自ら対人賠償保険に加入するなどして当該危険の現実化に対処することは容易ではないと解される。これらを含む各事実を総合考慮すると、損害の公平な分担という見地からは、本件事故により生じた損害については、被用者である原告がその25%を、使用者である被告がその75%を負担するとするのが相当である。