全 情 報

ID番号 09356
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 ワイアクシス事件
争点 コピーライターの労働者性
事案概要 (1) 原告は、平成21年1月から、株式会社である被告の下で稼働し、主にコピーライティング業務等を行っており、平成22年4月から、原告のコピーライティング業務に対して月額43万円の固定報酬を支払う内容の契約が締結された。本件は、原告が、原告と被告との間の契約は雇用契約であり、被告が原告に対してした平成30年6月30日付け解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。)は客観的合理的理由がなく無効である旨主張して、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、雇用契約に基づく賃金支払請求として、未払賃金及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 判決は、原告が労基法9条及び労契法2条1項の労働者に当たるとして、解雇の無効と賃金等の支払いを命じた。
参照法条 労働基準法9条
労働契約法16条
体系項目 労基法の基本原則 (民事)/労働者/(2) 委任・請負と労働契約
裁判年月日 令和2年3月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成30年(ワ)30743号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1239号50頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則 (民事)/労働者/(2) 委任・請負と労働契約〕
(1) 原告が労基法及び労契法上の労働者といえるかを検討する。
 ア 指揮監督下の労働であるかについて
(ア)具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無
原告は、被告においてコピーライティング業務に主に従事したほか、被告が顧客から受注する際の窓口業務も担当していたところ、原告の担当する顧客から依頼があった場合、基本的に全ての業務を断ることなく受注していたと認められる。これらの依頼は被告に対するものであることからすれば、原告が窓口となる場合にこれを拒否する余地はなかったと推認される。
 また、原告以外の社員が窓口となり、原告に対してコピーライティング業務が割り振られた場合、原告は他の業務の状況から物理的に厳しいことや期限を延ばしてもらえればできる旨を伝えることがあったが、基本的には断ることなく依頼を受けていたと認められるところ、本件契約においては業務量を定めることなく月額43万円の固定報酬とされていたことからすれば、原告がこれらの業務の依頼を拒否することは事実上困難であったと推認される。
 以上によれば、本件契約において、原告には具体的な仕事の依頼、指示について諾否の自由はなかったというべきである。
(イ)業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容について
コピーライティング業務自体についてはその業務の性質上、被告代表者や被告の社員から具体的な指示はあまりされていなかったものの、顧客のディレクターの指示には従って業務を進める必要があり、被告においても、原告の業務の進捗状況や進行予定については、毎月2回の定例会議で確認し、原告に対しても他の社員とともに前月の売上げの状況を踏まえた訓示がなされ、少なくとも既存の顧客との関係では売上げを増やすための努力を求められていたと推認されることからすると、これらの業務に対する指示の状況は、コピーライティング業務を委託する場合に通常注文者が行う程度の指示等に留まるものと評価することは困難である。
 被告は、原告のコピーライティング業務について被告代表者が口出しすることはないことから、指揮監督関係はなかった旨主張するが、被告代表者はデザイナーであり、コピーライティングという専門的な業務の性質上、コピーの内容に立ち入った指示が困難であったものであるから、コピーの内容について具体的な指示をあまりしていなかったことが、直ちに指揮監督関係を否定する要素とはいえない。
(ウ)時間的場所的拘束性の有無・程度について
 原告は週5日、基本的に平日は毎日被告事務所に出勤し、他の社員と同様、8時間以上稼働していたこと、被告の勤務時間は基本的には午前10時から午後6時であるが、原告は午前12時頃に出社することが多く、被告においては前日の夜遅くまで勤務した場合には出社が遅くなることを被告代表者も許容しており、他の社員も60分から90分程度の遅刻であれば有給休暇の申請をすることなどは不要であったことからすると、原告は、被告の他の社員とほぼ同様の勤務時間、勤務形態で稼働していたと認められる。
 被告は、原告に対し、出社時間や退社時間について明示的には指示をしていなかったと認められるものの、原告は固定報酬制に移行したことから他の社員と同様に出勤するのは当然だと思っていたものであり、実際に毎日概ね8時間以上稼働していたと認められることに加え、平日はほぼ毎日出社することを前提に定期代を支給されていることや、外部のコピーライターと原告とで仕事の中身自体に違いはないが、原告は窓口業務も担当していたこと、スケジュールアプリケーションに原告の名前が登録されていたこと、少なくとも平成28年1月ないし4月の4か月間及び平成29年の1年間についてはタイムカードの打刻を指示されていたことからすると、このような勤務時間及び勤務形態を、被告においても事実上求めていたことが推認される。また、毎月2回の定例会議については原告が欠席したことはほとんどなく、遅刻も数回しかなかったと認められることからすると、定例会議への出席も求められていたものであると推認される。
 以上によれば、業務に関し、時間的場所的な拘束が相当程度あったというべきである。
(エ)業務提供の代替性の有無について
 原告が基本的に平日は毎日被告事務所に出社して業務を行っており、原告以外の社員が窓口となる場合は原告に対して業務を割り振り、原告が窓口となる場合は原告自身が発注者と連絡を取り合っていることからすると、原告が被告から依頼された業務を、自由に第三者に代替させることは困難であったと推認される。このことは、指揮監督関係を肯定する要素の一つといえる。
イ 報酬の労務対償性について
 原告は、固定報酬制の本件契約に移行する際、コピーライティング業務の業務量を定めることなく、月額43万円の固定報酬とされ、実際に原告が担当した業務の売上額にかかわらず毎月43万円を支払うものとされていた。また、原告は、コピーライティング業務だけでなく、窓口業務を行っており、固定報酬にはこのような業務の対価も含まれていたと解される。
 そして、原告は、基本的に週5日、1日8時間以上被告事務所において上記業務に従事していたことからすると、原告に対する固定報酬は、原告が一定時間労務を提供していることへの対価としての性格を有しているというべきである。
ウ 事業者性の有無その他
(ア)業務用機材等機械・器具の負担関係について
 被告は、原告専用のデスク及びパソコンを設置していたほか、本件契約を締結して以降、原告の被告事務所までの定期代を支給し、その他の交通費や経費についても被告が精算して負担していたのであり、本件証拠上、原告について事業者性を認める要素は窺われない。
(イ)専属性の程度について
 被告において、原告が他の企業の依頼を受けることは禁止していなかったが、基本的に週5日、1日8時間以上被告事務所において稼働していたものであるから、事実上他の企業の依頼を個人として受けることは困難であると推認され、実際にも、原告が被告と本件契約を締結して以降、他の企業の依頼を受けていないことが認められる。そうすると、原告の被告に対する専属性がなかったとはいえない。
(ウ)その他諸般の事情について
 被告は、本件契約を締結後、原告に対し、固定報酬の支払について「給与明細」を発行し、源泉徴収を行い、毎年、源泉徴収票を発行していたこと、平成28年6月20日付で在職証明書を発行したこと、被告が原告に対して固定報酬の支払が遅延することを連絡するに際し、固定報酬を「給料」と呼称していたことが認められるところ、これらは被告が原告を他の社員と同様に労働者として認識していたことを推認させる事情といえる。
(2)以上検討したところによれば、原告の業務については、具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく、原告は、被告からの指示の下、顧客からの指示に従って業務を行っていたほか、月2回の定例会議における業務の進捗状況の確認を受けるなど、被告の業務上の指揮監督に従う関係が認められ、時間的場所的拘束性も相当程度あり、業務提供の代替性があったとはいえないことからすると、被告の指揮監督の下で労働していたものと推認される。これに、原告に支払われる固定報酬の実質は、労務提供の対価の性格を有していると評価できること、原告には事業者性が認められず、専属性がなかったとはいえないこと、被告も原告を労働者として認識していたことが窺われること等を総合して考えれば、原告は、被告との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当であって、原告は、労基法9条及び労契法2条1項の労働者に当たるというべきである。