全 情 報

ID番号 09399
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 サンセイほか事件
争点 使用者個人の損害賠償
事案概要 (1)故Aは、被控訴人会社(株式会社サンセイ)の従業員であり、平成23年当時、被控訴人会社のB支社に勤務していたところ、同年8月6日に脳幹部出血である本件脳出血を発症して同月7日に死亡した。控訴人X1は故Aの妻、控訴人X2及び同X3はその間の子であり、被控訴人Y1、同Y2及び同Y3は、故Aの死亡当時、いずれも被控訴人会社の取締役であった。
 本件は、控訴人らが、故Aが本件脳出血を発症して死亡したのは被控訴人会社から長時間にわたる時間外労働を強いられたことによるものであって、被控訴人会社には債務不履行(安全配慮義務違反)が、被控訴人Y1、同Y2及び同Y3の悪意又は重過失による任務懈怠がそれぞれあったと主張して、被控訴人会社に対しては債務不履行民法(民法415条)を理由とする損害賠償請求権に基づき、被控訴人Y1、同Y2及び同Y3に対しては会社法429条1項に基づき、総損害額(逸失利益3542万7326円、近親者固有の慰謝料を含む慰謝料3300万円、葬儀費用154万円、弁護士費用699万円の合計7695万7326円)から控訴人らの自認する損益相殺をした後の残額(控訴人X1につき2634万9030円、控訴人X2及び同X3につき各1923万9331円)及び遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
(2)原審は、故Aの死亡は被控訴人会社での長時間の時間外労働によるものであったと認定して被控訴人会社の債務不履行責任を肯定する一方、その余の被控訴人らについては、B支社の工場長であり、故Aの直属の上司でもあった被控訴人Y3につき軽過失があったにとどまり、いずれも悪意又は重過失があったとは認められないと判断して会社法429条1項所定の取締役の責任を否定した上、弁護士費用以外の総損害額(逸失利益3180万8509円、慰謝料3000万円、葬儀費用0円の合計6180万円8509円)について、故Aの身体的素因等(高血圧、飲酒)を理由とする過失相殺の類推適用により7割を減じた額を控訴人らが法定相続分割合により相続し、損益相殺(遺族基礎年金及び遺族厚生年金の合計1120万7066円)をした後の残額に弁護士費用を加算した額(控訴人X1につき495万円、控訴人X2及び同X3につき各509万9201円)及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で控訴人らの被控訴人会社に対する請求を一部認容し、控訴人らのその余の請求をいずれも棄却したところ、これを不服とする控訴人らが本件控訴を提起した。
(3)控訴審判決は、原審を一部変更し、被控訴人株式会社サンセイ及び同Y3は、連帯して控訴人X1に対し745万円、同X2及び同X3に対し各805万1063円並びにこれらに対する被控訴人株式会社サンセイは遅延損害金の支払を命じ、その余の請求については、原判決と同じく、理由がないものとして棄却した。
参照法条
体系項目 労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務/ (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任
裁判年月日 令和3年1月21日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ネ)2298号
裁判結果 原判決一部変更、控訴一部棄却
出典 判例時報2505号74頁
労働判例1239号28頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 上告、上告受理申立て
評釈論文 企業法実務研究会/編/浜辺陽一郎・月刊税務事例54巻4号82~87頁2022年4月
判決理由 〔労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務/ (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任〕
(1)被告Y3は、被告会社の取締役として、遅くとも平成23年6月分の残業時間の集計結果の報告を受けた同月23日頃には、被告会社が故Aの生命、健康等を損なう事態を招くことのないように、故Aの業務の負荷を軽減するための是正措置を講じるべき義務があったのに、これを怠ったことにより、故Aの死亡という結果を招いたことについて任務懈怠があり、このことについて少なくとも過失があったことは明らかである。
 そして、被控訴人Y3は、神奈川県内に所在する被控訴人会社の本店から遠く離れた岩手県内に所在するB支社に専務取締役工場長として常駐し、同支社における実質的な代表者というべき地位にあった上、平成23年4月に故Aの所属する営業技術係に配置換えによる1名増員の措置を講じていたのに、故Aの同年6月分の残業時間が80時間を超えていた旨の集計結果の報告を受けたことにより、故Aに過労死のおそれがあることを容易に認識することができ、実際にもかかるおそれがあることを認識していた。それにもかかわらず、被控訴人Y3は、従前行っていた一般的な対応にとどまり、故Aの業務量を適切に調整するための具体的な措置を講ずることはなかったため、故Aの発症前1か月の時間外労働時間(85時間48分)が発症前2か月のそれ(111時間09分)より軽減されたとはいえ、依然として80時間を超えており、故Aに過労死のおそれがある状態を解消することはできなかった。その後も故Aの業務量を適切に調整するための具体的な措置が講ぜられることはなかった上、故Aが間もなくお盆休みに入り長時間の時間外労働から解放されることが予定されていたとはいうものの、むしろ、故Aにとっては、その業務を前倒しで処理しておく必要があったため、平成23年8月分で見ても、過労死をもたらすおそれのある時間外労働が続いている状態に変わりはなかった。
(2)以上のような事情を総合すれば、被控訴人Y3においては、故Aの過労死のおそれを認識しながら、従前の一般的な対応に終始し、故Aの業務量を適切に調整するために実効性のある措置を講じていなかった以上、その職務を行うについて悪意までは認められないとしても過失があり、かつ、その過失の程度は重大なものであったといわざるを得ないから、被控訴人Y3は会社法429条1項所定の取締役の責任を負うというべきである。なお、故Aが高血圧につき「治療中」という虚偽申告をしたことがあるとしても、被控訴人会社の実施に係る健康診断における血圧等の数値に(当然のことながら)全く改善が見られず、故Aの高血圧等の症状が依然として深刻なものであったことを容易に認識し得た以上、上記事情は、過失相殺の類推適用においてしん酌されるのは格別、被控訴人Y3の上記責任を否定する根拠となるものではなく、上記判断を何ら左右しない。