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ID番号 09406
事件名 地位確認等請求本訴、建物明渡等請求反訴控訴、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 みずほ銀行事件
争点 懲戒解雇に伴う退職金の支払
事案概要 (1)第1審被告(みずほ銀行)と期間の定めのない雇用契約を締結した第1審原告が、対外秘である行内通達等を無断で多数持ち出し、出版社等に漏えいしたこと等を理由として懲戒解雇され、被告の退職金規程に基づき退職金の支払を受けられなかったことに関し、被告に対し、本件懲戒解雇により精神的損害を被ったと主張して、不法行為に基づき、5000万円等の支払を求めるとともに、〈1〉主位的に、本件懲戒解雇は無効であると主張して、本件雇用契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、並びに、本件懲戒解雇後の賃金等の支払を求め、〈2〉予備的に、仮に本件懲戒解雇が有効であるとしても、被告が指摘する退職金不支給事由は原告のそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為ではなく、退職金を不支給とすることは許されないと主張して、退職金等の支払を求めた事案である。
(2) 原判決は、懲戒解雇を有効と認めつつ、退職金については7割不支給とする限度で合理性を有するとした。これに対し、第1審原告が敗訴部分(5000万円の慰謝料請求を棄却された部分を除く。)について控訴し、第1審被告が本訴事件の敗訴部分(予備的請求の一部認容部分)について附帯控訴した。
(3)控訴審判決は、第1審原告の控訴を棄却し、第1審被告の請求を認容し、退職金の支払請求を3割の限度で認容した原判決は、この限度で失当であるとして、退職金の全額不支給は違法ではないとした。
参照法条 労働契約法15条
労働基準法24条
体系項目 懲戒・懲戒解雇/3 懲戒権の濫用
裁判年月日 令和3年2月24日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ネ)1044号
裁判結果 控訴棄却、原判決取消
出典 判例時報2508号115頁
労働判例1254号57頁
労働経済判例速報2463号22頁
審級関係 確定
評釈論文 石毛和夫・銀行法務2166巻7号68頁2022年6月
鈴木里士・経営法曹212号81~86頁2022年6月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇/3 懲戒権の濫用〕
(1)本件退職金規程5条1項は、懲戒処分(懲戒解雇に限らず、戒告から懲戒解雇まで軽重7種類の処分がある)を受けた者の退職金は減額又は不支給とすることがある旨を規定しており、懲戒処分を受けた者に対する退職金の支給、不支給については第1審被告の合理的な裁量に委ねている。そして、懲戒処分のうち懲戒解雇の処分を受けた者については、原則として、退職金を不支給とすることができると解される。ただし、懲戒解雇事由の具体的な内容や、労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部又は一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には、全部又は一部を不支給とすることは、裁量権の濫用となり、許されないものというべきである。
(2)金融業・銀行業を営む第1審被告にとって、情報の厳格な管理、顧客等の秘密の保持は、他の業種にも増して重要性が高く、企業の信用を維持する上での最重要事項の一つである。そうすると、第1審原告の行為は、第1審被告の信用を大きく毀損する行為であり、悪質である。また、現実に雑誌やSNSに掲載されて一般人にアクセス可能となった情報は、通常は金融機関(銀行)から外部に漏えいすることはないと一般人が考えるような種類、性質のものであったから、その信用毀損の程度は大きく、反復継続して持ち出し、漏えい行為が実行されたことも併せて考慮すると、悪質性の程度は高い。
そうすると、第1審原告が永年第1審被告に勤続してその業務に通常の貢献をしてきたことを考慮しても、退職金の全部を不支給とすることが、信義誠実の原則に照らして許されないとはいえず、裁量権の濫用には当たらないというべきである。
(3)第1審原告は、退職金は賃金の後払いであるから、不支給とすることは許されないと主張する。しかし、退職金に賃金の後払い的な性格があるとしても、それは退職金の経済的側面における一つの性質を表現したものにすぎない。過去の労働に対する対価であることが、法的に確定しているわけではない。そうすると、悪質な非行により懲戒解雇された労働者について、退職金支払請求権の全部又は一部を消滅させることは、違法ではない。
(4)第1審原告は、退職金全額を不支給とするには、当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であると主張する。しかし、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは、一般的には非常に困難であって、判断基準として不適当である。また、本件について個別に検討を加えると、第1審原告の懲戒事由は、金融業・銀行業の経営の基盤である信用を著しく毀損する行為であって、永年の勤続の功を跡形もなく消し去ってしまうものであることは明確であると判断することが可能である。本件は、例外的に、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することが、困難ではないのである。いずれにせよ、本件における退職金全部不支給が違法であるというには、無理があるというほかはない。