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ID番号 09407
事件名 賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 トールエクスプレスジャパン事件
争点 時間外手当を控除する能率手当の有効性
事案概要 (1)本件は、貨物自動車運送事業等を目的とする被控訴人(原審被告)との間で労働契約を締結し、集荷・配達業務(以下「集配業務」という。)に従事していた控訴人(原審原告)らが、能率手当の計算に当たり、業務結果等により算出される額(賃金対象額)から時間外手当に相当する額を控除しているため、労働基準法37条所定の割増賃金の一部が未払であるなどと主張して、被控訴人に対し、各労働契約に基づき、未払の割増賃金等の支払を求める事案である。
 原審は、原審原告らの請求をいずれも棄却したところ、原審原告らが原判決を不服として本件控訴を提起した。
【注】被控訴人における時間外手当等の計算方法
 ① 時間外手当は、時間外手当A、時間外手当B及び時間外手当Cにより構成され、それぞれ以下の計算式により算出される。
  a 時間外手当A=能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間×(1.25×時間外労働時間+0.25×深夜労働時間+1.35×法定休日労働時間)
  b 時間外手当B=能率手当÷総労働時間×(0.25×60時間までの時間外労働時間+0.5×60時間を超える時間外労働時間+0.25×深夜労働時間+0.35×法定休日労働時間)
  c 時間外手当C=能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間×0.25×60時間を超える時間外労働時間
 ② 能率手当は、賃金対象額(集配業務に係る取扱重量、伝票枚数、軒数及び走行距離等に基づき算出される。)が時間外手当Aの額を上回る場合に支給され、次の計算式により算出される。
    能率手当=賃金対象額-時間外手当A
(2)控訴審判決においても、割増賃金として支払われた各時間外手当については、時間外労働等に対する対価性及び他の賃金との判別性が認められるところ、その支給額についても、それぞれ対象とする通常の労働時間の賃金を基礎として、労働基準法37条等の定める算定方法により算出された額が全額支給されていると認められるとして、控訴人らの請求を棄却した。
参照法条 労働基準法37条
体系項目 賃金 (民事)/ 割増賃金/ (3) 割増賃金の算定方法
裁判年月日 令和3年2月25日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ネ)1077号
裁判結果 控訴棄却
出典 労働判例1239号5頁
労働経済判例速報2448号3頁
労働法律旬報1990号53頁
審級関係 上告、上告受理申立て
評釈論文 峰隆之・労働経済判例速報2448号2頁2021年7月10日
指宿昭一・労働法律旬報1990号6~10頁2021年8月25日
渡辺輝人・労働法律旬報1990号11~23頁2021年8月25日
青山雄一・経営法曹211号20~33頁2022年3月
石田信平・専修法学論集143号267~294頁2021年11月
判決理由 〔賃金 (民事)/ 割増賃金/ (3) 割増賃金の算定方法〕
(1)本件賃金規則は、控訴人らと被控訴人との労働契約の内容となっており、本件賃金規則においては、能率手当を含む基準内賃金が通常の労働時間の賃金に当たる部分、時間外手当A、B及びCが労基法37条の定める割増賃金であり、当該割増賃金は他の賃金と明確に区別して支給されていると認めることができる。
(2)なるほど、時間外手当Aは、時間外労働等の時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である能率手当の算定にあたり賃金対象額から控除される数額としても用いられる(本件計算方法)。
 時間外手当Aと同額が賃金対象額から控除される結果、能率手当の額が減少することとなる。そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、時間外手当Aの額が増え、賃金対象額から控除される金額が大きくなる結果として能率手当が0円となることもある。
(3)労働契約において通常の労働時間の賃金をどのように定めるかに関し労働基準法37条は特に規定しておらず、売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し無効であるとは解されない(前掲最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決参照)。しかし、本件賃金制度における時間外手当A及び能率手当の前記のような仕組みのもとにおいて、時間外手当Aが時間外労働等に対する対価として支払われているものと評価することができるか、本来は出来高払制の賃金として支払うことが予定されている賃金の一部を名目上割増金に置き換えて支払っているにすぎないものではないかという点については、労働契約の定める賃金体系全体における手当の位置付け等にも留意し、諸般の事情を考慮して判断する必要がある(最高裁令和2年判決参照)。
(4)本件賃金制度における能率手当は、出来高払制の賃金に関する賃金制度の設計において「時間的効率向上」を考慮要素とすることとして、賃金対象額が時間外手当Aの額を超える場合にのみ、超過差額を基準として能率手当を支給することにしたものである。
 本件においては、集配すべき荷物の延着や客先の都合等により集配職の労働者に時間外労働等が生じる場合があることを考慮しても、事業所外で行われ、業務遂行に当たり一定の裁量が認められる集配職の業務の効率化を図る趣旨目的で、出来高払制の賃金として能率手当を設けることには合理的理由があり、被控訴人が割増賃金の支払を免れる目的で能率手当を導入したと認めることはできない。
(5)時間外手当Bについては、最高裁令和2年判決の事案とは異なり、能率手当が発生しない場合に時間外手当Bだけが支払われるという事態が発生することはなく、割増賃金として支払われるものの中に通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が含まれ、労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とそれ以外の部分を判別することができないという問題は生じない。したがって、本件賃金制度における賃金体系のもとで、出来高払制の賃金部分である能率手当及び時間外手当Bは、労働基準法令に適合する形で定められており、時間外手当Bは、時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められる。
(6)出来高払制の賃金を定めるに当たり、売上高等の一定割合に相当する金額から労働基準法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする定めが当然に同条の趣旨に反するものと解することができないのは、前掲最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決の判示するとおりであり、時間外労働等が増加しても賃金総額が変わらないという現象自体は、いわゆる固定残業代が有効と認められる場合にも同様に生ずることであるから、それだけで本件賃金制度における能率手当が同条の趣旨を逸脱するものであると評価することはできない。
(7)能率手当が支給される場合においても、時間外労働等があれば、時間外手当B及び時間外労働が60時間を超える場合の時間外手当Cも支給されることからすれば、本件賃金制度において、被控訴人は、労働基準法37条等の定める時間外労働等に対する割増賃金の支払を負担しており、能率手当自体は、集配業務の効率化のための出来高払制の賃金として、対象賃金額を上限として時間外手当Aを含む固定給部分に追加して支給されるという性質を有するものというべきである。