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ID番号 09429
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 三星化学工業事件
争点 膀胱がん発症と安全配慮義務違反
事案概要 (1)本件は、被告(三星化学工業株式会社)の従業員として勤務していた原告ら4名が、被告の経営する工場で稼働していたところ、同工場で使用されていた本件薬品(オルト-トルイジン)に曝露し、その結果、膀胱がんを発症したと主張して、被告に対し、雇用契約上の安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、原告らの請求を認容し、被告の安全配慮義務違反によって生じた原告らの精神的苦痛に対する慰謝料額は、原告4名のうち1人については300万円、その余の原告らについては各250万円と認めるのが相当であるとした。
参照法条 労働契約法5条
体系項目 労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務 / (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任
裁判年月日 令和3年5月11日
裁判所名 福井地
裁判形式 判決
事件番号 平成30年(ワ)47号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 判例時報2506・2507号86頁
労働法律旬報2008号50頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 確定
評釈論文 中筋利朗・民主法律時報575号3~4頁2021年6月
海老原新・民主法律時報575号4~5頁2021年6月
中筋利朗、高橋徹・労働法律旬報2008号20~24頁2022年5月25日
堀谷昌彦・労働法律旬報2008号25~29頁2022年5月25日
判決理由 〔労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務 / (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任〕
(1)被告は、安全配慮義務の前提となる予見可能性について、具体的な疾患及び同疾患発症の具体的因果関係に対する認識が必要であるとして、本件において予見可能性があったというためには本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性の認識が必要であったのであり、被告にはこれがなかった旨主張しているが、生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないと解される。
(2)平成13年当時までに、被告が入手していたSDSには本件薬品の経皮的曝露による健康障害(高濃度曝露の場合死亡の可能性もあること等)についての記載があったこと、被告の福井工場副工場長において同工場に送られてきたSDSには目を通しており、本件薬品の発がん性も認識していたこと、同年以前から、原告らを含む被告従業員の尿中代謝物において本件薬品が含有されている有機溶剤が高濃度で検出されており、このことを被告も認識していたことが認められ、そうとすれば、被告においても本件薬品の経皮的曝露により健康障害が生じ得ることを認識し得たというべきであるから、被告には遅くとも同年当時、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していたものと認めるのが相当である。
(3)平成13年時点で被告には本件薬品の経皮的曝露による健康被害及びヒトへの発がんの予見可能性があった以上、同年以降、被告としては、安全配慮義務の具体的内容として、従業員が本件薬品に経皮的に曝露しないよう、不浸透性作業服等の着用や、身体に本件薬品が付着した場合の措置についての周知を徹底し、これを従業員に遵守させるべき義務があったというべきである。
 しかし、福井工場においては、同年以降も原告らを含む従業員が乾燥工程等に従事する際、半袖Tシャツで作業することがあったこと、本件薬品が作業服ないし身体に付着することがあったことや、その場合でも直ちに着替えたり、洗い流すという運用が徹底されていなかったこと、これらのことを被告において認識していた、あるいはし得たことが認められる。
 このような実態に鑑みれば、被告には安全配慮義務違反があったものと認めるのが相当である。