全 情 報

ID番号 09430
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 学校法人中央学院事件
争点 ハラスメント防止のための業務命令の有効性
事案概要 (1)本件は、被告との間で労働契約を締結し、被告が設置する大学において非常勤講師として勤務していた原告が、講義中に学生に対してハラスメント行為をしたなどとして、平成30年10月17日付けで同月18日から令和2年3月31日まで、同大学において講義をしてはならず、かつ、同大学敷地内に立ち入ってはならない旨の業務命令(本件業務命令)を受けたことから、被告に対し、同業務命令は、契約上の根拠なくされたものであるか又は権限濫用のため無効かつ違法であり、これによって大学教員として学生に教授する利益などを侵害され、精神的苦痛を受けたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料300万円等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、本件業務命令について被告の原告に対する不法行為は成立せず、原告の不法行為に基づく損害賠償請求には理由がないとして、原告の請求を棄却した。
参照法条 民法709条
労働契約法3条
体系項目 労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務/ (4) 業務命令
裁判年月日 令和3年5月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ワ)22959号
裁判結果 棄却
出典 労働経済判例速報2459号3頁
審級関係 棄却
評釈論文 柊木野一紀・労働経済判例速報2459号2頁2021年10月30日
判決理由 〔労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務/ (4) 業務命令〕
(1)原告の学生P1に対する「男性経験はあるのか」と質問した行為(本件ハラスメント行為2)やP1の髪を触った行為(本件不適切行為2)は、P1の意思に反する性的な言動や身体に対する接触行為であり、P1が現に原告の授業に出席できなくなり、原告に遭うのがいやで被告大学への通学も避けたいとの気持ちになったことに照らせば、ハラスメントに該当するというべきである。
(2)実質的には第1回目の講義であり、P1の卒論準備状況等の情報が全くなく、他の学生もいる講義において、P1が原告からの質問にほとんど答えられなかったにもかかわらず、質問を打ち切ることなく継続したことで、P1が後輩の前で質問に答えられず恥ずかしい思いをさせられたと感じたことは十分に了解可能であり、P1の自尊心を傷つけかねない行為といえる。したがって、本件不適切行為1は、講義を担当する教員として不適切な行為であるということができる。
(3)学生P2に対し交際経験を聞いたこと(本件ハラスメント行為3)、これに引き続き交際相手の写真を見せるよう要求したこと(本件ハラスメント行為4及び5)は、大学教員という優越的な立場にある原告から、回答や要求を拒むことができない立場、状況に置かれたP2に対して行われたものであり、講義中における教員と学生との間のやり取りとして許容される限度を超えたものであり、ハラスメントに該当するものといえる。
(4)本件業務命令は、被告大学の管理運営上必要な事項に関する職務上の命令であるのに対し、懲戒処分は、被告大学の校内秩序に違反したことに対する制裁罰であることに加え、懲戒処分の一つである停職の効果は、3か月以内の期間出勤を停止されるのみならず、給与も支払われないというものであり、被告大学の校内秩序維持の側面をも有するものとはいえ、本件業務命令とはその性質及び効果を異にしており、本件業務命令を実質的な懲戒処分とみることはできない。
(5)被告としては、P1及びP2の安全な環境の下での就学を実現するために必要な措置を講ずべきところ、本件業務命令は、被告がそのための措置として発令したものであるから、その必要性等を判断するに当たっては、同命令発令時におけるP1及びP2の安全な就学を実現するという観点からみる必要があり、まず、原告、被告並びにP1及びP2らの当時の具体的状況を検討する。
原告にそのまま授業を担当させ、被告大学への自由な出入りを許容した場合には、P1及びP2は、原告に対する恐怖感や嫌悪感から、原告が担当する授業に出席できないだけでなく、被告大学への登校自体ができなくなる現実的な可能性があり、その場合には、両名の被告大学の卒業が困難となる可能性もあったものであるから、前判示のとおり良好かつ適切な就学環境を提供する義務及び安全配慮義務を負っていた被告としては、被害者と加害者が再度接触しないための措置を講じ、両名が被告大学に通学できない事態を防止し、両名に就学上の不利益が生じないよう配慮する必要性があったものといえる。
 そうすると、本件各行為がハラスメント等に該当する以上、被告において、被害者であるP1及びP2の心情及び在学期間を考慮し、本件業務命令時点において3年生であったP2の卒業予定時期である令和2年3月31日までを終期として、原告の講義及び被告大学への敷地内への立入りを禁止し、これを維持した本件業務命令は、良好な就学環境を実現するために具体的な必要性が存在したというべきである。
 そして、被告は、原告に対し、本件業務命令で指定された期間中、原告が本件労働契約の内容どおりの講義を実施していないにもかかわらず、同契約に定められた講義の対価として本俸を支給していたことに加え、組合活動を行うため本件組合の事務所へ通う場合には被告大学敷地内への立ち入りを例外的に許しており、原告が被る経済的不利益や原告の組合活動への制約に配慮して本件業務命令を発令したことが認められ、このことに前判示に係る発令の必要性を基礎付ける諸事実を併せ考慮すると、本件業務命令に殊更に原告に対して不利益を課する目的があったということはできない。
 さらに、被告は、複数の学生からハラスメントの申立てがあったことを契機として、被告ハラスメント規程に基づき、本件審査会による調査を経て、本件各行為をハラスメント行為又は不適切行為と認めた上で、上記のとおり安全配慮義務の一環として本件業務命令を発令したものであって、本件業務命令に係る経緯やその動機、目的、手続において不当な点も見当たらない。  以上のとおり、本件業務命令には業務上の必要性が認められ、被告が不当な動機、目的に基づいてこれを発令したと認めることはできない。