全 情 報

ID番号 09432
事件名 各損害賠償請求事件
いわゆる事件名 建設アスベスト訴訟(神奈川)事件
争点
事案概要 (1)原告らは、主に神奈川県内において建設作業に従事し、石綿(アスベスト)粉じんにばく露したことにより、石綿肺、肺がん、中皮腫等の石綿関連疾患にり患したと主張する者又はその承継人である。本件は、原告らが、被告国に対し、建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために被告国が労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに、被告エーアンドエーマテリアル、被告ニチアス、被告エム・エム・ケイ、被告大建工業、被告太平洋セメント及び被告ノザワ(以下、上記6社の被告らを併せて「被告建材メーカーら」という。)に対し、被告建材メーカーらが石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより本件被災者らが上記疾患にり患したと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
(2)一審(横浜地裁)においては、原告らの請求がいずれも棄却された。原告らはこれを不服として、控訴し、控訴審においては、被告国には、安衛法22条、57条及び59条に基づく規制権限の不行使の違法性及び建材メーカー4社の不法行為を認め損害賠償を命じたが、労働者性の認められない一人親方及び個人事業主については国の規制権限の不行使の違法について救済を求めることはできないとされた。
(2)これに対し最高裁判決は、国に対する屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者及び一人親方など労働者以外の者に対する損害賠償責任を認容し、被告建材メーカーらについては民法719条1項後段の類推適用により、石綿関連疾患にり患した本件被災大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うものとした。
参照法条 国家賠償法1条
民法719条
労働契約法5条
体系項目 労基法の基本原則 (民事) /国に対する損害賠償請求
労働契約 (民事) /労働契約上の権利義務(16) /安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任
裁判年月日 令和3年5月17日
裁判所名 最高裁1小
裁判形式 判決
事件番号 平成30年(受)1447号 /平成30年(受)1448号 /平成30年(受)1449号 /平成30年(受)1451号 /平成30年(受)1452号
裁判結果 一部破棄差戻し、一部変更、一部棄却
出典 最高裁判所民事判例集75巻5号1359頁
訟務月報67巻11号1537頁
裁判所時報1768号2頁
判例時報2502号16頁
判例タイムズ1487号106頁
労働判例1252号5頁
労働経済判例速報2455号3頁
労働法律旬報1993号51頁
裁判所ウェブサイト掲載判例
審級関係
評釈論文 小西康之・ジュリスト1560号4~5頁2021年7月
中原茂樹・月刊法学教室492号128頁2021年9月
山城一真・月刊法学教室492号129頁2021年9月
鎌田耕一・季刊労働法274号234~242頁2021年9月
中野琢郎・ジュリスト1562号84~93頁2021年9月
芝田麻里・月刊廃棄物47巻10号72~75頁2021年10月
山崎隆・労働経済判例速報2455号2頁2021年9月20日
下山憲治・法律時報93巻11号58~63頁2021年10月
石橋秀起・法律時報93巻11号64~69頁2021年10月
桑原勇進・月刊法学教室494号65~70頁2021年11月
遠地靖志・民主法律時報575号1~2頁2021年6月
二宮靖・LIBRA21巻11号26~27頁2021年11月
村松昭夫、鎌田幸夫、谷真介・労働法律旬報1993号11~25頁2021年10月10日
下山憲治・季刊労働者の権利343号18~24頁2021年10月
吉村良一・季刊労働者の権利343号25~33頁2021年10月
島村健・論究ジュリスト37号174~181頁2021年11月
大塚直・論究ジュリスト37号182~189頁2021年11月
小畑史子・論究ジュリスト37号190~197頁2021年11月
中野琢郎・法曹時報74巻4号75~189頁2022年4月
山岡航・法学セミナー67巻5号132~133頁2022年5月
石橋秀起・立命館法学399・400号(上)1~27頁2022年3月
瀬川信久・現代消費者法53号72~81頁2021年12月
尾畑亜紀子・経営法曹212号28~36頁2022年6月
大脇成昭・令和3年度重要判例解説(ジュリスト臨時増刊1570)52~53頁2022年4月
林誠司・令和3年度重要判例解説(ジュリスト臨時増刊1570)72~73頁2022年4月
井村真己・令和3年度重要判例解説(ジュリスト臨時増刊1570)190~191頁2022年4月
北村和生・判例評論763号(判例時報2526)116~120頁2022年10月1日
判決理由 〔労基法の基本原則 (民事) /国に対する損害賠償請求〕
(1)労働大臣は、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には、安衛法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに、安衛法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったのであり、同日以降、労働大臣が安衛法に基づく上記の各権限を行使しなかったことは、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、安衛法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。
(2)安衛法57条は、労働者に健康障害を生ずるおそれのある物で政令で定めるものの譲渡等をする者が、その容器又は包装に、名称、人体に及ぼす作用、貯蔵又は取扱い上の注意等を表示しなければならない旨を定めている。同条は、健康障害を生ずるおそれのある物についてこれらを表示することを義務付けることによって、その物を取り扱う者に健康障害が生ずることを防止しようとする趣旨のものと解されるのであって、上記の物を取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあることは、当該者が安衛法2条2号において定義された労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また、安衛法57条は、これを取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあるという物の危険性に着目した規制であり、その物を取り扱うことにより危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると、所定事項の表示を義務付けることにより、その物を取り扱う者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。
以上によれば、昭和50年10月1日以降、労働大臣が上記の規制権限を行使しなかったことは、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち、安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても、安衛法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。
(3)そうすると、規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法である状態は、昭和50年10月1日から平成16年9月30日まで継続し、同年10月1日以降は解消されたものと解するのが相当である。
原審は、これと異なり、前記第1の3(1)ウのとおり、平成7年4月1日以降の規制権限の不行使は国家賠償法1条1項の適用上違法とはならない旨判断し、原告らのうち別紙一覧表1及び別紙一覧表2記載の者らの一部について、損害賠償請求を棄却し又は賠償額を減じたものである。原審のこの判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、平成16年9月30日までの規制権限の不行使の違法をいう限度で理由があり、原判決は破棄を免れない。
〔労働契約 (民事) /労働契約上の権利義務(16) /安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任〕
(4)複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合には、被害者の保護を図るため公益的観点から規定された民法719条1項後段の適用により、因果関係の立証責任が転換され、上記の者らが連帯して損害賠償責任を負うこととなるところ、本件においては、被告エーアンドエーマテリアルらが製造販売した本件ボード三種が上記の本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられているものの、本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部であり、また、被告エーアンドエーマテリアルらが個別に上記の本件被災大工らの中皮腫の発症にどの程度の影響を与えたのかは明らかでないなどの諸事情がある。そこで、本件においては、被害者保護の見地から、上記の同項後段が適用される場合との均衡を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換されると解するのが相当である。もっとも、本件においては、本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情があるから、被告エーアンドエーマテリアルらは、こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。
  以上によれば、被告エーアンドエーマテリアルらは、民法719条1項後段の類推適用により、中皮腫にり患した本件被災大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うと解するのが相当である。