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ID番号 09437
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日和住設ほか事件
争点 退職後の自殺
事案概要 (1)本件は、亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)が被告会社(株式会社日和住設)の退職後に自殺したことにつき、同人の相続人である原告ら(同人の妻と2人の子)が、亡太郎は被告会社での過重な業務のためにうつ病エピソード(以下、単に「うつ病」という。)又は適応障害を発症して自殺したものであると主張して、被告会社及びその代表取締役である被告Yに対し、〈1〉被告会社については主位的に民法709条又は715条、予備的に民法415条に基づき、〈2〉被告Yについては主位的に民法709条、予備的に会社法429条1項に基づき、連帯して、損害賠償金等の支払をそれぞれ求める事案である。
(2)判決は、被告会社及び被告Yは、注意義務を怠ったとして、連帯して、民法709条に基づく損害賠償責任を負うとした。
参照法条 民法709条
民法715条
体系項目 労災補償・労災保険/業務上・外認定/ (12) 自殺
裁判年月日 令和3年6月25日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成28年(ワ)2054号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1253号93頁
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 (1)就業規則上は所定始業時刻が午前8時とされているものの、朝礼が午前7時50分から始まり、参加できない理由のない限り従業員は必ず参加することとされていて、亡太郎はこれに遅刻することなく参加していたことが認められるから、朝礼の開始時刻である午前7時50分を始業時刻と認める。
(2)被告らは、被告会社から作業現場までの移動時間や、作業現場から別の作業現場までの移動時間についても、休憩時間として扱われるべきであると主張する。
 しかし、被告会社においては、現場作業員は通常は1人で現場を回るのであり、その際、被告会社から割り当てられた自動車を自ら運転して移動するものである上(なお、2人で現場を回るときにはいずれか1人が運転していた。)、そもそもこの移動自体、被告会社の指示によるものでもあって、いずれにせよ、移動時間を休憩時間と同視することは困難である。
〔労災補償・労災保険/業務上・外認定/ (12) 自殺〕
(3)亡太郎は、平成24年9月22日から同年12月20日までの3か月間、継続して1か月当たり100時間以上の時間外労働を行っていたものであり、このような長時間労働は、亡太郎に強い心理的負荷を生じさせたというべきである(認定基準においても、3か月にわたり1か月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合には、心理的負荷が「強」となるものとされている。なお、被告らは、亡太郎にはノルマが与えられておらず、現場作業員は毎日の作業内容を決定することができていたと主張するが、A及びIは、繁忙期には仕事の量が多く、「とりあえずこなさないと」という状況になり、「ノルマとか、そういうレベルじゃない」などと発言していたところである。
 加えて、亡太郎は上司であるCやDから手直しの指示や仕事の仕方について指導を受けることがあり、そうした指示は、他の作業員と比べても多く、亡太郎と共に作業をすることがあったAにおいても「ひどすぎる。」と受け止める内容のものであって、上記のような長時間労働を行っていた亡太郎にとって、このような指示や指導を受けるということは、一定程度の心理的負担となるべきものである(認定基準においても、上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた場合には、心理的負荷は「中」となるものとされている。)。
 したがって、亡太郎が従事していた業務は、亡太郎に対し、相当程度の心理的負荷を生じさせるものであったというべきである。
亡太郎は、被告会社での業務によりうつ病を発症し、これにより本件自殺に至ったものであって、被告会社の業務と本件自殺との間には因果関係がある。
(4)被告会社においては、亡太郎の就労当時、労働者に時間外労働をさせるために労働基準法36条所定の協定を締結する必要があることを認識しながら、これをしないまま、106時間の時間外労働が生じることを想定して、当該時間に相当する固定残業代に係る賃金体系を割増時間外手当と職務給に対応する部分の区別のできない形で採用し、労働者を時間外労働に従事させていたのであって、そもそも労働者の労働時間を抑制するための制度を構築していなかったものである。
 そして、被告会社は、亡太郎から日報の提出を受けたものの、個々の日報記載の拘束時間を確認するにとどまり、拘束時間や時間外労働時間について意味を見いだせないとの理由で集計することをせず、亡太郎の業務の過重性を軽減する措置を講じなかったものである。
 したがって、被告会社はその注意義務を怠ったというべきであり、民法709条に基づく損害賠償責任を負う。
(5)被告Yは、被告会社の代表取締役として、被告会社と同様に、亡太郎の労働状況を的確に把握し、これを踏まえて、亡太郎の心身に業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意し、適切な措置を講ずべき義務があったものというべきである。
 しかるに、被告Yは、労働者の労働時間を抑制するための制度を被告会社に構築させず、また、亡太郎から日報の提出を受け、自らこれを確認していたものの、拘束時間や時間外労働時間について集計せず、亡太郎の業務の過重性を軽減する措置を講じなかったものであって、被告会社と同様に、上記注意義務に違反したというべきである。
 したがって、被告Yは上記注意義務を怠ったというべきであり、被告会社と連帯して、民法709条に基づく損害賠償責任を負う。