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ID番号 09439
事件名 未払賃金等本訴請求事件(12146号)、立替金反訴請求事件(7489号)
いわゆる事件名 三誠産業事件
争点 退職までの間の長期年休取得の有効性、許可を受けない残業の労働時間性
事案概要 (1)本訴事件は、平成30年11月16日まで被告(三誠産業株式会社)に雇用され就労していた原告が、被告に対し、〈1〉同年9月26日から同年11月16日まで年次有給休暇を取得したにもかかわらず、被告が同有給休暇に相当する賃金を支払わなかったことから、上記期間の年次有給休暇に相当する賃金等の支払、〈2〉平成28年10月21日から平成30年9月20日までの就労に係る割増賃金等の支払、〈3〉労働基準法114条に基づく付加金等の支払を求めた事案である。
 反訴事件は、原告の使用者である被告が、原告に対し、原告の社会保険料本人負担分を立て替えて納付したとして、立て替えた社会保険料相当額等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、本訴においては、年次有給休暇取得を有効と認めこれに係る賃金及び付加金、割増賃金の一部不足を認め、不足分の支払を被告に命じた。反訴においては、原告に対し社会保険料本人負担分の支払いを命じた。
参照法条 労働基準法37条
労働基準法39条
労働基準法114条
体系項目 年休 (民事)/時季指定権/ (3) 指定の時期
賃金 (民事)/ 割増賃金/ (4) 支払い義務
雑則/附加金
裁判年月日 令和3年6月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ワ)12146号/令和3年(ワ)7489号
裁判結果 一部認容、一部棄却(12146号)、認容(7489号)
出典 D1-Law.com判例体系
審級関係
評釈論文
判決理由 〔年休 (民事)/時季指定権/ (3) 指定の時期〕
(1)原告は、本件有休申請をした平成30年9月25日の時点で、37.5日分の年休を有していたところ、同日、本件有休申請によって、その有する年休の日数の範囲内で、始期を同月26日、終期を同年11月15日と特定して休暇の時季指定をしたものと認められる。
 被告は、原告による本件有休申請は、2週間以上の長期かつ連続した年休の申請であるところ、そのような年休を取得する場合には、被告の就業規則中の規定によれば、「指定する最初の休暇日より2週間前までに届出て、その休暇取得に関し使用者と事前の調整をしなければならない」にもかかわらず、原告は、当該手続を経ていないから、年休の取得は認められない旨主張する。
 しかし、被告の上記規定は、被告に時季変更権を行使するか否かを検討するために要する期間を確保するために設けられた規定であると解されるところ、本件においては、原告の担当業務は、平成30年9月21日以降、B及びCに割り振られ、両人によって処理されていることが認められ、原告が本件有休申請により年休の時季指定をしたことによって、被告の事業の正常な運営が妨げられたとの事実は認められない。また、被告が、原告による年休の時季指定に対して、時季変更権を行使した事実は認められない。そうすると、本件では、原告の時季指定によって、年休が成立したものと認めるのが相当であり、被告の主張は採用することができない。
 本件においては、使用者である被告が適法な時季変更権を行使したとは認められないから、原告は、平成30年9月26日から同年11月15日までの37日間につき、年休を取得し、当該期間内の所定労働日については、就労義務はなかったものと認められる。
〔賃金 (民事)/ 割増賃金/ (4) 支払い義務〕
(2)被告の就業規則第57条には、被告従業員が21時以降に時間外労働をする場合には、事前に所属長(被告代表者)に申し出て許可を得る必要があり、許可なく会社業務を実施した場合には、当該時間は割増賃金を支払わない旨記載されているところ、原告の本件再雇用契約の労働契約書にも、時間外労働は会社の指示又は許可がある時間のみ対象とし、21時以降の業務については、所定の手続により許可を得た時間のみを労働時間とする旨記載されていることが認められ、被告においては、21時以降の時間外労働については、事前に被告代表者の許可を得る運用をとっていたことが認められる。そして、原告以外の被告従業員は、その運用に従って21時以降に時間外労働をする場合には事前に残業許可申請書を被告代表者に提出し同人の許可を得ていたのに対し、原告は、1日を除いては当該許可を得ていなかったにもかかわらず、タイムカードに21時以降打刻をしていたことから、被告は、基本的に21時以降の打刻がある日の翌日朝には、原告のタイムカードに赤字で「残業未承認」というゴム印を押していたことが認められる。また、被告代表者は、少なくとも毎月1回は、原告に対し、21時以降の残業は許可制であるから残業許可申請書を提出するよう注意しており、それでも原告が21時以降の時間外労働について当該申請書を提出しないことから、21時以降の時間外労働については、承認されていない時間については労働時間とならない旨2度にわたって通知したり、被告の部署間会議において、21時以降会社に残ることは禁止する旨伝えたりしている。
 以上の被告における21時以降の時間外労働に関する許可制の厳格な運用及びそれを前提とした被告の原告に対する指導等の状況に照らせば、被告においては、所属長の許可の無い21時以降の時間外労働を明示的に禁止していたといえ、原告は、被告による当該運用を十分に認識した上で、残業許可申請書を提出することなくタイムカードに21時以降の打刻をしていたものと認められる。そして、被告は、原告が残業許可申請書を提出した場合には、当該残業を許可しており、原告の供述を踏まえても、原告が当該申請書を提出しなかった合理的な理由はうかがわれないこと、他に被告が原告に対し21時以降の残業を命じたことを裏付ける証拠はないことも併せて考慮すれば、原告が主張する21時以降の時間外労働は、使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない。
(3)以上を踏まえれば、原告の終業時刻については、原告が残業許可申請書を提出した平成29年10月3日を除き、タイムカード上21時以降の退勤時刻の打刻がある場合には21時と認め、21時以前の時刻の打刻がある場合には、基本的には、その時刻を終業時刻と認めるのが相当であるが、原告のタイムカード上の記載内容や原告のメール内容から、明らかにタイムカードの退勤時刻以降も業務をしていると認められる場合には、それらを踏まえて終業時刻を推認するのが相当である。また、原告が、現場への直行・直帰、打ち忘れ、打ち違い等からタイムカード上退勤時刻の打刻をしていないものについては、原告のタイムカード上の記載内容、原告のメール内容及び弁論の全趣旨を踏まえ、終業時刻を推認するのが相当である。
〔雑則/附加金〕
(4)被告は、原告が年休を申請したことを認識しながら、年休分の賃金を一切支払っておらず、被告の不払いについて被告に酌むべき事情は特段認められないこと、当該未払賃金元本額は75万8542円に及んでおり、原告の受けた不利益は大きいことに加え、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告に対し、年休分の賃金債務と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
 他方で、割増賃金については、前記認定判断のとおり、被告の定額時間外手当や21時以降の時間外労働に関する主張には理由があるといえ、被告が割増賃金の支払を拒み続ける根拠が一定程度あること、割増賃金残元本額は42万5036円であるところ、その大部分が、被告の管理監督者の主張に理由がないことから認められたものであるところ、それに相当する付加金については除斥期間が経過していること、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告に対し、割増賃金に関して、付加金の支払を命じるのは相当ではない。