全 情 報

ID番号 09445
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 テトラ・コミュニケーションズ事件
争点 弁明の機会を与えない懲戒処分の効力
事案概要 (1)本件は、被告(株式会社テトラ・コミュニケーションズ)に雇用される労働者であった原告が、令和2年4月20日、被告のアドミニストレーショングループの担当者であるPから、被告の企業年金の確定拠出年金への移行(以下「DC移行」という。)に係る必要書類の提出を求められ、Pに対し、関連資料の送付を求めた上、「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」とのメッセージ(以下「本件メッセージ」という。)を送信した。これに対し、被告代表者は、令和2年4月21日、原告に対し、弁明の機会を付与することなく、メールで、「2020/4/20 アドミニストレーショングループPさんに対する「訴訟」という単語による脅迫および非協力的な態度」が懲戒事由に該当するとして、けん責処分(以下「本件けん責処分」という。)をして同月24日午後6時までに始末書を提出するよう命じたことについて、原告は被告から違法無効な懲戒処分を受けたことによって損害を被ったと主張して、被告に対し、民法709条又は会社法350条に基づく損害賠償として150万円等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、被告が原告に対し弁明の機会を与えずに行ったけん責処分は無効とし、慰謝料10万円等の支払を命じた。
参照法条 民法709条
会社法350条
体系項目 懲戒・懲戒解雇/ 5 懲戒手続
裁判年月日 令和3年9月7日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ワ)17363号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働経済判例速報2464号31頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇/ 5 懲戒手続〕
(1)懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、本件けん責処分は、原告に弁明の機会を付与することなくなされたものである。原告がPに対して本件メッセージを送信したこと自体は動かし難い事実であるし、原告が度々抗議に際して訴訟提起の可能性に言及するなどして被告、その代表者及び従業員に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、これが抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある。しかしながら、それが脅迫に当たるか、DC移行に係る必要書類の提出を拒むなどした原告の態度が、懲戒処分を相当とする程度に業務に非協力的で協調性を欠くものといえるかについては、経緯や背景を含め、本件メッセージの送信についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきものといえる。そうすると、原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきである。
 したがって、本件けん責処分は、懲戒権を濫用したものとして無効と認められる。
(2)懲戒処分は、労働者に経済的な不利益を与え、その名誉・信用を害して精神的苦痛を与え得る措置であるため、これが懲戒権の濫用と評価されるときは、使用者の不法行為(民法709条)が成立し得るが、必ずしも懲戒権の濫用が不法行為の成立に直結するわけではないから、使用者の故意・過失、労働者の不利益や損害の有無等を検討する必要があるところ、被告には原告に弁明の機会を付与せずに本件けん責処分をしたことについて、少なくとも過失が認められる。
 けん責処分は、それ自体で労働者に実質的不利益を課すものではないものの、昇級・一時金・昇格などの考課査定上不利に考慮されることがあり得ること、始末書を提出することについては心理的な負担感も伴うことからすると、違法なけん責処分によって精神的苦痛を被ることは否定し難い。