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ID番号 09449
事件名 未払賃金請求事件
いわゆる事件名 エスツー事件
争点 内定取消の無効と損害賠償
事案概要 (1)本件は、ネパールないしベトナム国籍である原告ら16人のうち、〈1〉原告X1~X15が、それぞれ被告から勤務開始日を平成30年4月2日とする採用内定通知を受け(以下「本件内定」という。)、その後違法にこれを取り消されたとして(以下「本件内定取消し」という。)、解約権留保付き労働契約の債務不履行ないし不法行為に基づき、逸失利益、慰謝料、弁護士費用等の支払をそれぞれ求め、〈2〉原告X16が、被告から採用する旨の話を受けていたのに、被告の信義則に反する行為によりその期待が侵害されたとして、不法行為に基づき、慰謝料、弁護士費用等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、〈1〉については、採用内定取消は権利濫用で無効とし、それぞれ平成30年4月以降6か月分(同年9月末まで又は平成30年9月末までに再就職した者は再就職時点まで)を限度に、給与相当損害金、慰謝料各30万円等の支払、〈2〉については、期待権侵害にかかる慰謝料10万円等の支払を被告に命じた。
参照法条 労働契約法15条
体系項目 労働契約 (民事)/ 採用内定/ (2) 取消し
裁判年月日 令和3年9月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ワ)33301号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1261号70頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔労働契約 (民事)/ 採用内定/ (2) 取消し〕
(1)原告ら(原告X16を除く)は、いずれも、被告から本件内定を受け、これを承諾したことにより、後に別段の意思表示をすることなく、入社予定日に被告に入社することとなったというべきであるから、上記承諾により、上記原告らと被告との間に始期付き解約権留保付きの労働契約(以下「本件労働契約」という。)が成立したと認めるのが相当である。
(2)本件内定通知書には、勤務場所としてB市内所在の秋田IT LABO事業部、入社までの準備としてITエンジニアとしての関連資格の取得を目指すことを求める旨の記載がある。しかしながら、上記記載をもって直ちに本件労働契約において勤務場所及び職種が限定されていたと認めることはできない上、他に、本件内定に関する書面にこれらが限定されている旨の記載は見当たらない。さらに、原告らに示された被告の求人票には、ITエンジニアとは異なるサーバーエンジニアを募集する旨の記載がある上、原告らに適用予定であった就業規則には、勤務場所及び職種を限定せず、被告に配転命令権がある旨の規定があるから、本件労働契約において勤務場所及び職種の限定があったとは認められない。よって、本件労働契約において、勤務場所及び職種の限定は認められない。
(3)本件内定取消しは、被告による留保解約権の行使にほかならないところ、留保解約権の行使は、当該留保の趣旨目的に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となるものと解される。本件労働契約において解約権が留保された趣旨目的は、本件入社承諾書に記載された6つの内定取消事由のほか、本件内定当時に予期しえない事情により入社が困難となった場合に、本件内定を取り消すことができるとしたものと認められる。
 そして、被告は、執行役員Fの退職に伴い、新規事業の見通しが立たなくなるなどして、財務状況が悪化し、本件内定取消し直後の平成30年3月期の決算では、多額の当期純損失を計上して、前年度の資産超過から大幅な債務超過に陥ったことが認められる。しかしながら、前記認定事実によれば、上記のような事態は、そもそも、被告が、入社してそれほど期間の経過していないFに、秋田IT LABOのほぼ全権を委ね、適切なマネジメント体制を構築せず、Fからの事業報告の頻度が減るなど同人の適切な業務遂行を疑うべき事情があったのに、これを放置するなどしたことに由来するものというべきであるから、前記のような事態に陥ったことをもって、人員削減の必要性が直ちに正当化されるものではない。
(4)本件労働契約において勤務場所及び職種の限定は付されていなかったのであるから、自ら前記のような事態を招いた被告としては、原告ら(原告X16を除く)の内定取消しを回避すべく、あらゆる手段を検討すべきであったところ、被告は、Fが退職したわずか2週間後の平成30年2月27日に本件内定取消しを行っており、それ自体拙速である上、その間、上記原告らのうち数名程度であればなお採用する余地があるとしながら、本件内定取消しの時点で未だ多くの原告らとは連絡すら取れていなかったというのであるから、被告において真摯に内定取消しを回避する努力がされたとは認め難い。
 その他、本件記録上現れた事情を総合すれば、本件内定取消しは、解約権を留保した趣旨に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、権利濫用として無効というべきである。
(5)被告は、原告X16に対して、有料職業紹介事業を営む株式会社カケハシスカイソリューションズを通じて経理職で採用する旨の連絡をし、平成30年1月末の段階でも、原告X16に履歴書等の提出を求めるなどしていたことから、原告X16は、その頃までに、被告による面接を経て採用され、同年4月から被告において勤務することができるという法律上保護すべき期待権を有していたと認めるのが相当である。