全 情 報

ID番号 09453
事件名 残業代等未払賃金請求事件
いわゆる事件名 アルデバラン事件
争点 オンコールの労働時間性
事案概要 (1)本件は、介護保険に基づく居宅介護サービス(訪問看護・認知症対応型共同生活介護・小規模多機能型居宅介護等)等を目的とする被告(株式会社アルデバラン)と雇用契約を締結し、訪問看護ステーションの看護師として勤務していた原告が、緊急看護対応業務のための待機時間は労働時間に該当するなどとして、平成28年8月分から平成30年11月分までの時間外、休日及び深夜の割増賃金等1152万8940円等の支払を求めるともに、労働基準法114条の規定に基づき、付加金の支払等の支払を求める事案である。
(2)判決は、緊急看護対応業務のための待機時間は労働時間に該当するとして、被告に対し不払いの割増賃金及び付加金の支払を命じた。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法37条
体系項目 労働時間 (民事)/ 労働時間の概念/ (6) 手待時間・不活動時間
裁判年月日 令和3年2月18日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成31年(ワ)1279号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1270号32頁
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔労働時間 (民事)/ 労働時間の概念/ (6) 手待時間・不活動時間〕
(1)緊急看護対応業務は、看護ステーションAの訪問看護利用者、介護施設Bの利用者及びホームCの入居者が緊急に看護を要する事態となった場合に、利用者ないし入居者、家族、施設職員等からの呼出しの電話があれば直ちに駆け付け、看護、救急車の手配、医師への連絡等の緊急対応を行うことを内容とするものであり、看護師が呼出しを受ける理由としては、例えば、発熱、ベッドからの転落、認知症患者の徘徊、呼吸の異変等があり、実際に駆け付けることまではしない場合にも、救急車の手配、当面の対応の指示等をするときもあることが認められる。そして、緊急看護対応業務のための待機とは、前記緊急看護対応業務が必要となる場合に備えて、看護ステーションAの従業員が、被告からの指示に基づき、シフトに応じて緊急時呼出用の携帯電話機を常時携帯している状況をいう。このような業務の内容等を踏まえると、No.1の携帯電話機を所持して緊急看護対応業務のための待機中の従業員は、雇用契約に基づく義務として、呼出しの電話があれば、少なくとも、その着信に遅滞なく気付いて応対し、緊急対応の要否及び内容を判断した上で、発信者に対して当面の対応を指示することが要求され、必要があれば更に看護等の業務に就くことも求められていたものと認められる(しかも、被告の主張するところを前提としても、緊急出動(オンコール出勤)をした場合の稼働時間として通常は30分から1時間程度を要するというのである。)のであって、呼出しの電話に対し、直ちに相当の対応をすることを義務付けられていたと評価するのが相当である。なお、被告は、緊急看護対応業務について、2名ずつの当番制を採用し、No.2の携帯電話機を所持する担当者も待機させ、当番でない従業員も緊急出動(オンコール出勤)するなど臨機応変に対応する態勢にあったと主張するものの、あくまでNo.1の携帯電話機を所持する担当者が優先して対応するものと指示されていたことに加えて、平成29年1月16日から平成30年11月15日までの1年10か月の間に、No.2の携帯電話機を所持する担当者が実際の緊急出動(オンコール出勤)に従事した回数は2回、当番以外の従業員がこれに従事した回数は3回にとどまることが認められるから、緊急看護対応業務の態勢についての前記被告の主張を考慮しても、No.1の携帯電話機を所持する担当者が上記対応を義務付けられていたとの評価が直ちに左右されるものではない。
(2)また、No.1の携帯電話機を所持して緊急看護対応業務に従事する従業員の緊急出動(オンコール出勤)の頻度は、被告の主張するところを前提にしても、日数にして9.5日に一度程度、緊急看護対応業務の担当回数にして8回に一度程度(原告について見ると16.4回に一度程度)というのであり、しかも、これらの頻度は、実際に緊急出動を要した回数を集計したものであるところ、上記で説示したとおり、緊急看護対応業務に従事する従業員は、呼出しの電話を受ければ、実際に緊急出動に至らなくとも、相当の対応をすることを義務付けられていたと評価されるものであるから、相当の対応を要する頻度は、上記よりも若干なりとも高かったものと推認される。そうすると、緊急看護対応業務に従事する従業員が相当の対応をする必要が生ずることが皆無に等しいなど、実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存在しないというべきである。
(3)緊急看護対応業務に従事するための待機時間中、待機場所を明示に指定されていたとは認められず、外出自体は許容されていたこと(もっとも、呼出しの電話があれば、緊急看護対応が必要な事態の内容によっては、直ちに駆け付けなければならないことは前記のとおりであるから、外出先の地理的範囲はその限度において自ずと限定されるというべきである。)を考慮しても、上記待機時間は、全体として労働からの解放が保障されていたとはいえず、雇用契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価することができる。したがって、原告は、緊急看護対応業務を担当した日は、その業務に従事した時間はもとより、待機時間も含めて被告の指揮命令下に置かれていたものであり、これは労働基準法上の労働時間に当たるというべきである。